"やいたもん"の文学館

大きな人生の転機がありました・・・

泉物語(完結)

[ リスト ]

第17話 弥太郎

イメージ 1

綾が逝くと、久太郎は、
存立が難しくなった慈光寺を廃寺にするように命じた。
惣十郎は存続させようとしたが、
久太郎は、惣十郎の意見も聞かずに勝手に廃寺にしてしまったのである。
しかも、慈光寺にあった岡本家代々の墓は全て廃墓にされ、
墓石などは、一部は周囲の仏堂や神社、墓地の敷地に移され、
一部は容赦なく破棄された。

久太郎「正親公の先代の正重公は、すでに50回忌を終えている。
    菩提は、岡本家先祖代々の霊として奉ればよく、
    個別の墓や菩提はもう必要ない。」


しかし惣十郎は猛反発した。
そこで惣十郎は、慈光寺に代わる寺として曲渕山瑞雲院を建立した。
瑞雲院は、父義通が昔幽閉されていた屋敷を改装したもので、
久太郎、惣十郎、新助が幼少期を過ごした場所であり、
惣十郎が14歳の時に建立した薬師堂もあった。
惣十郎は、時の鏡山寺住職照嶺呑鏡の協力を得て、
久太郎に何の相談もせずに開山した。
これには久太郎が激怒した。
まるで、あてつけのような開山だったからだ。
まずは名前。瑞雲院の名が、慈光寺の慶雲院からもじったものである事は明白であった。
また、その寺の場所は、泉城の北側であり、
久太郎が破棄した岡本家先祖代々の菩提も瑞雲院に移されていたのである。
久太郎は、早速この寺を潰そうとしたが、
だが、惣十郎は、こう反論した。

惣十郎「瑞雲院は、塩谷家の菩提寺である。
    兄上にどうこう言われる筋合いはない。」


実際、瑞雲院では、義通公の菩提も弔われていた。
そして、照嶺呑鏡までも久太郎を諌めると、
久太郎は、渋々ながら怒りの矛を収めるしかなかった。
ただ、遺恨は残した・・・


この翌年の元和3年(1617年)。
その久太郎に、待望の嫡男弥太郎が誕生した。
久太郎は、跡継ぎの誕生を喜び、
目の中に入れても痛くないほど大切に過保護に育てた。
そのせいか、この弥太郎は、わがままな子供に育っていく。
それは、わがままと言う事では先達のはずの久太郎でさえ手を焼くほどで、
多くの家臣や女中、領民たちが弥太郎のわがままに泣かされてきた。
いや、泣かされるだけならまだしも、
刀の稽古と称しては、真剣を振り回して時に家臣や領民の命が奪われる事もあった。
さらに弥太郎は、元服間近になると、
色遊びを覚え、女中や家臣領民の娘をてごめにする事もしばしばあった。
これには久太郎も激怒し、弥太郎を謹慎させるなどして改心させたが、
その改心も、元服をつつがなく終えるために弥太郎がおとなしくしていたまでで、
元服を終え、内蔵助義政を名乗ると、
義政(弥太郎)は、再び久太郎に隠れて色遊びを始めた。

久太郎「あいつは、正親公の生まれ変わりか?
    わしも色遊びはしたが、もう少し節操があった・・・。」


息子も息子なら親も親。
かつて照重を苦しめた自分の色遊びの事は棚に上げるような親の下、
義政は、さらにわがままに育っていった。

全ては、ここから始まっていたと言っても良い・・・


よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事