"やいたもん"の文学館

大きな人生の転機がありました・・・

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第11話

11月18日、久留美は、久しぶりに病院の外に出た。
浦島太郎というのはこういう事を言うのだろう。
親の車で、久しぶりに通る病院から家までの帰り道、
あったはずの家や店が取り壊されていたり、
新しい家や店が建っていたり。
それは、最近流行のアハ体験で景色が変わったくらいのもので、
浦島太郎というには大袈裟だったかも知れないが、
この街でずっと暮らしてきた久留美にとっては、
自分のいないところで変わってしまった故郷の景色を見るのは初めてで、
ちょっとした衝撃と戸惑いを感じた。
自分がいなくても、世界は変わっていく・・・
そんなさみしさも感じた。
ただ、街からはずれ、家に近付くほど、
何も変わっていない以前のままの景色が残っていた。
そして自宅・・・病院からは、5〜6kmの距離。
この車で10分くらいの距離を帰ってくるのに、
まさか数ヶ月もかかるとは思わなかった。
しかも車椅子。歩けないわけではなかったが、
転んだりすると危ないとの事で、不本意ながら乗せられた。
久留美は、玄関の前で、自分の家を見上げた。

久留美(懐かしい。自分の家なのにね。
   私、まだ13歳だよ・・・そんな事思うの、もっと先の予定だったのに・・・)
 

そんな久留美を綾奈が大声で迎えた。

綾奈「お帰り久留美!!」

今日は、綾奈の誕生日。
それにあわせて久留美は外泊許可を取ったわけで、
今日の主役は綾奈なわけだが、
綾奈にしてみれば、そんな事どうでも良かった。
自分の誕生日なんかより、久留美の一時帰宅の方が何万倍も嬉しかった。
綾奈にしてみれば、今日の主役は久留美だった。

その夜、綾奈の家で、綾奈の家族だけでなく、
久留美の家族も全員が集まって、綾奈の誕生パーティーが行われた。
しかし、主役のはずの綾奈は、
自分の誕生会も輝明もそっちのけで久留美に付きっきり。
パーティーは、結局、形は誕生会、
中身は、久留美の一時帰宅を祝うものとなった。


楽しい時間はあっと言う間に過ぎて、
夜も遅くなると、綾奈は、
久留美と一緒に久しぶりに久留美のベッドで寝る事にした。
久留美は、これに翔矢も誘ったが、翔矢はこれを断った。
昔は、3人で寝る事など、当たり前にしていた事なのに・・・

久留美「あいつ、彼女に義理立てしてるんだよ。」

まあ、いろいろ複雑な事情がある事は確かだ。
そして2人は、部屋の明かりを消してベッドに入った。

久留美「自分のベッドなのに懐かしい・・・
    もしかしたら、もう帰って来れないと思った事もあったから、
    ちょっと感動しちゃってるよ・・・」

 綾奈「私もだよ。でも、私は帰ってくると思ってたよ。
    だって、久留美は、土壇場でいつも強かったもん。」

久留美「でも、良かった。綾奈が13歳になるのを見届けられて。
    自分が13歳まで生きられた事も不思議だったけど、
    とりあえず、今日まで生きてこれて感謝してるよ。」

 綾奈「駄目だよ、そんなんじゃ。これから長い人生が待ってるんだから。」
久留美「本当に・・・待ってるかな・・・」
 綾奈「・・・・」
久留美「私は、今日を生きるので精一杯の身分だから、
    先の人生なんて今は考えられない・・・」


こういう時、久留美を叱ってでも、励ますべきだったかも知れない。
けれども綾奈は、それをしなかった。
久留美の苦しみの全てを分かっているわけではないが、
闘病生活は間近で見てきた。
だからこそ知っていた。
ひたすら励ましたって、時に軽々しくなってしまったり、
時に苦しみに耐えろと言うばかりの無理強いになってしまって、
返って久留美を苦しめる事がある事も。
弱音を吐きたい時は、思いっきり吐かせて、
それを聞いてあげた方が良い時もある。
ただ、空気が重くなって、それを感じた久留美が言った。

久留美「ごめんね、変な空気にしちゃって。」
 綾奈「ううん、大丈夫だよ・・・」
久留美「でもさ・・・綾奈だから言っちゃうけど、
    最近考えるんだ・・・どうしたら13年の人生で満足出来るかなって。」

 綾奈「・・・どういう意味?」
久留美「私、いつ死んじゃうか分からないから・・・
    どうせ死んじゃうなら、人生に満足して死にたいと思って。
    でも、どうしたら13歳で人生満足出来るかなって・・・」

 綾奈「13歳でなんか・・・人生満足出来ないよ・・・」
久留美「分かってる・・・でも、無理にでも自分を納得させて死にたい。
    死ぬ時泣くのは嫌だから・・・」

 綾奈「ねぇ、久留美・・・もうそんな事言わないでよ・・・」

そう言って、久留美を抱きしめた綾奈は泣き出してしまった。
その瞬間、久留美の目頭も熱くなった。
親友の綾奈にこんな事言っている自分が情けなくて悔しくて・・・
今更ながら、自分の運命を久留美は恨んだ。
だけど、これが現実・・・
久留美は、意を決して言った。

久留美「ねぇ、綾奈。私、綾奈にお願いがあるの・・・」

涙を拭きながら綾奈が「なに?」と聞き返すと、
久留美は、とんでもない事を口にした。

久留美「私とセックスしよ・・・」

綾奈は絶句した。
そして、その言葉を聞いた瞬間、
綾奈の脳裏に、輝明と見たあのビデオの光景がよみがえった。

 綾奈「な、何言ってんの?」
久留美「私がもし生きてたら、もうすぐ経験する事でしょう?
    とりあえず、綾奈に恋人感覚とキスは教えてもらったから、
    あとは、セックスすれば、13歳でも人生満足出来るかなって。」

 綾奈「わ、私たち、女の子同士だよ!?」
久留美「あれ? 綾奈は、やり方知ってるんだ?」
 綾奈「え?」
久留美「誰に教えてもらったのかな? お兄ちゃんかな?」

図星だけに綾奈は何も言えなかった。
久留美は、そんな綾奈を見ていやらしく笑っていたが、
でも、内心は、綾奈が本気でうらやましかった。

久留美(私だって、生きていたい・・・
   でも、死んじゃっても後悔したくない。)


そして久留美は言った。

久留美「ごめんね綾奈。でも、綾奈の裸で、私の裸を抱きしめてくれるだけでいいんだ。
    自分の裸を、好きな人の裸で抱きしめられたら、
    どんなに気持ちいいのかなって、それが知りたいだけだから・・・」

 綾奈「・・・・」
久留美「セックスなんて言っておどかして悪かったけど・・・
    本当にそれだけだから。」


綾奈は、少し押し黙った後、こう言った。

 綾奈「じゃあ、ひとつだけ約束して。」
久留美「なに?」
 綾奈「生きるって約束して。死ぬ前の思い出にするつもりでこういう事したくない。
    私は、久留美に生きて欲しいし、そう信じてるから。
    だから、生きるために・・・久留美が頑張れるなら、する。
    だから、必ず生きるって約束して!」

久留美「・・・うん、分かった。約束する。」

すると綾奈は、ベッドから出て、着ていたパジャマを脱ぎだした。
それを見た久留美も、ベッドの上で上半身だけ起こして、
着ているパジャマを脱ぎだした。
そして、お互い一糸まとわぬ姿になると、
綾奈は、おもむろにベッドに戻り、
布団の中、自分の裸で、久留美の裸を優しく抱きしめた。

久留美「綾奈の肌気持ちいい・・・」
 綾奈「久留美、大丈夫? 寒くない?」
久留美「うん、ぜんぜん。綾奈があっためてくれるし。」
 綾奈「そう。でも、寒かったら言わないと駄目だよ。
    体に障るんだから。」

久留美「綾奈のおっぱい、結構おっきいね。」
 綾奈「もう、そういう事言うなら、もうしないよ。」

そう言いながらも、綾奈は、いとおしくいとおしく
久留美の闘病で傷つき、やせ細った体を抱きしめた。
そして願った。
私の命の半分を久留美にあげてください・・・と。

久留美「私、今日のこの感触、ずっと忘れないからね・・・」

そして2人は、しばらくそのままお互いの体を温めあったのだった。

第10話

輝明は、7月の終わりに部活を引退すると、
受験生として、講習や模擬テストなどで忙しくなって、
休日などでも、なかなか綾奈との時間を作れなくなっていった。
しかしそういう時、綾奈は、決まって久留美に会いに行っていた。
久留美も、綾奈が来てくれる事が一番嬉しかった。
もちろん、家族や友達が来てくれる事も嬉しかったが、
久留美の中での綾奈の存在は、家族や親しい友達を100人以上集めても、
遠く及ばないくらいに大きなものだった。
今の久留美にとって、綾奈は、世界で一番大好きな存在だった。
そう、まだ恋人がいない久留美にとっては・・・

久留美「私も彼氏欲しいな・・・」

それは、夏休みが終わって間もない9月の日曜日の事だった。
いつものように綾奈は、久留美の世話をしに病院に来ていたが、
綾奈と2人きりになった時、久留美は、
ベッドから窓の遠くの景色を見つめて、ぼそっとそう言った。

久留美「綾奈と翔矢には相手がいるのに、私だけ・・・」
 綾奈「久留美が元気になったら、すぐに彼氏なんて出来るよ。」
久留美「まぁね。私がその気になったら、
    ジャニーズ系の中レベルくらいならコロコロ落とす自信はあるけどさ。」


綾奈は、苦笑いしながら、ちょっとだけ安心した。
けれども、久留美の憂鬱は、軽い冗談を言ったくらいでは晴れなかった。

久留美「でも・・・今のままじゃ、男は寄って来ないよね・・・」
 綾奈「・・・・」
久留美「ねぇ、綾奈。綾奈が私の恋人になってよ。」
 綾奈「へ?」

あまりの衝撃的な一言に、綾奈は、思わず声が裏返った。

 綾奈「な、何言ってるの? 私女だよ?」
久留美「いいじゃない、女同士で恋人になったって。」
 綾奈「でも、それってレズとかって言うんじゃないの?」
久留美「あれ? 綾奈そんな言葉知ってるんだ? どこで覚えたの?」
 綾奈「・・・・」
久留美「でも、それでもいいよ。今、一番好きな人を探したら、
    私は、世界で一番綾奈が好きだし。」


すると久留美はベッドに綾奈を誘った。
もっともそれはいつもの事、ベッドに綾奈と久留美が一緒に寝る事はよくある。
綾奈は、誘われるままベッドに入り、
お互い、内向きになって見つめ合った。

 綾奈「でも、女の子同士で恋人って何をすればいいの?」
久留美「普通デートでしょ? 私はキホン(基本)病院を出られないけど、
    病院内とか一緒に歩いたりとか・・・」

 綾奈「それなら、いつもやってるじゃない。」
久留美「あと、キスとか。」
 綾奈「え? 女の子同士で?」
久留美「私とキスするの嫌?」
 綾奈「嫌とかそういう問題じゃなくて・・・」

ありえない。嫌じゃないけど、ありえない。
とにかく綾奈はそう思った。
けれども、久留美のためなら、出来ない事ではなかった・・・

久留美「嫌じゃないならしてみよ。」
 綾奈「ど、どうすんの?」
久留美「どうするのはないでしょ?
    綾奈は経験者じゃない。そしたら綾奈からするのに決まってるでしょ。」

 綾奈「自分からした事なんてないよ・・・」
久留美「あ、綾奈とお兄ちゃんのキスって、そんな感じなんだ?」

久留美が、嬉しそうにいやらしく笑った。
そりゃ、ほっぺにするチュウは自分からした事あるけど、
口付けの時は・・・と、綾奈は弁解したかったが、してもしょうがない。
綾奈は、押し黙って渋い顔をした。

久留美「とにかく、綾奈が経験者なんだから。」

そう言うと、久留美は、自分と綾奈の頭に布団をかけてすっぽり隠した。
もう、なるようになるしかなかった。
意を決した綾奈は、静かに目を閉じ待っている久留美に、
軽くチュ!と口付けをした。
だが、それに久留美は拍子抜けしてしまった。

久留美「駄目だよ綾奈。それじゃなんにもわかんない!」

すると久留美は、綾奈を強引に抱き寄せ、
今度は、自分から綾奈に口付けをした。
しかも、軽く一瞬ではなく、そのまましばらく口唇を離さなかった。
綾奈は、全身が凍りつき戸惑いながらも、
目を閉じ、全てを久留美に任せた。
もう何も考えられない。頭が真っ白なままの時間が長く過ぎたような気がした。
やがて、久留美が口唇を離すと、
力を溜め込むように、ぐぅーっと体を頭から丸めて縮め、
それを一気に開放するように言った。

久留美「きっっっっもちいい〜〜〜!!!!」
 
確かに、綾奈も悪い気はしなかった。
むしろ・・・

久留美「これがお兄ちゃんのものかぁ。」
 綾奈「なにそれ?」
久留美「今まで、お兄ちゃんの独り占めだったかと思うと、
    何か、許せなくなるね。」

 綾奈「・・・・」
久留美「ねぇ、綾奈! もう1回しよ!!」
 綾奈「え〜〜〜!!!」

それから久留美は、布団をかぶったまま、
綾奈に何回も何回もキスをした。

久留美「やっぱり、綾奈は私の恋人になってね。
    またキスしようね。」

    
キスを終えた後、久留美は嬉しそうにそう言った。
実際、さっきまであった久留美の憂鬱は、完全に吹き飛んでいた。

綾奈にしてみれば不思議な感覚だった。
輝明、久留美、翔矢の兄弟みんなに好かれ、
輝明と久留美とは、恋人として付き合う事になったのだ。
そして、3人とはキスもした。
みんな違うはずなのに、みんな同じにも思えるキス。
綾奈は、久留美とキスをしている時、
輝明と翔矢とのキスを思い出していた。

綾奈(私も、みんな好きなんだよね・・・)

好きな人に好かれるのは、最高に気持ちいい事。
だから、好きな人する事も全部気持ちよかった。
キスは、一方的に好きなだけではなく、好かれている事の証。
だから、3人とのキスは、そういう意味で
綾奈にとってそれぞれ気持ちいいものだった。
綾奈にとって今日は、それを確認する1日となった。


そんな事があってから、
久留美の病状は、それまで以上に快方に向かっていった。
担当医でさえ驚くほどの回復を見せ、
やがて、外泊許可まで取れるようになっていた。
そこで久留美は、ある重要な日にあわせて外泊許可を取った。
それは、11月18日。綾奈の誕生日だった。

第9話

綾奈が、翔矢に彼女が出来たと知ったのは、夏休みに入ってからだった。
しかも翔矢は、同じ中学校ではなく、別の中学校の女子と付き合っていた。
名前は奈津美。綾奈が全く知らない人だった。
翔矢も、その彼女を家に連れてくる事もなく、
久留美が紹介してと催促しても「そのうちな」とはぐらかしていた。
ただ、別に隠していたわけでもなかった。
綾奈にはあまり見られたくない思いはあったが、
それ以上に、みんなに対して後ろめたい思いがあった・・・

奈津美は、綾奈とは正反対の性格だった。
アクティブ且つ陽気で、誰とでも気軽に話せ、
常に主導権を持っていくようなタイプ。
その辺は、久留美と似ていた。
夏休みを前に、小学校時代から付き合っていた彼氏と別れたばかりで、
新たな出会いを求めていたらしい。
その奈津美の知り合いに、翔矢の友達がいて、
その友達に翔矢が彼女を探していると相談したところ、
紹介されたのが奈津美だった。

奈津美「よろしく。」

付き合う事が決まって笑顔でそう言われた時、
翔矢は、ものすごくバツが悪かった。
綾奈を忘れるため・・・それが動機だったからだ。
奈津美も、とりあえず付き合ってみるといった軽い気持ちだっただろう。
けれども、別に好きな人がいるのに付き合う・・・
こんなに相手を侮辱するふざけた話は無い。

翔矢(最低なまんまだな・・・)

何かを変えるつもりで始めた事なのに、
何も変わってない事を思い知らされ、翔矢は愕然とした。
そして、だからこそ綾奈や久留美になんて紹介出来なかった。
こんな事の巻き添えにしたくなかったのだ。

けれども、そういう時ほど、不幸の神様が自分に降りてくるものだ。
夏休みのある日。その日は部活も休みで、
翔矢は、奈津美と一緒に電車で遠出をしていた。
地元を避けるのは、特に綾奈には見られたくないため。
なのに、その日は、偶然にも綾奈も輝明と一緒にデートに出ていて、
出掛け先で、バッタリと出会ってしまったのである。

 輝明「よぉ、翔矢もデートか?」
奈津美「あ、この人、翔矢君のお兄さん? それと彼女?」

輝明と奈津美が会うのはこれが初めてだったが、
お互いの性格が合ったのか、すぐに親しく話していた。
けれども、翔矢と綾奈はぎこちなく、
互いを意識しすぎで、目すら逸らすような有様だった。

綾奈(この人が、翔君の彼女・・・)

綾奈は、奈津美を見た時、ちょっとした劣等感を覚えた。
私なんかより、ぜんぜん綺麗だし、おしゃれだし、明るいし・・・
私なんかより、ずっと翔君の彼女に相応しい・・・
輝明と話す奈津美の姿を見て、そう思ってしまった。

奈津美「じゃあ、また会おうね。」
 輝明「ああ、今度うちに遊びに来いよ。」

話したのは1〜2分くらいだ。
それからお互い、逆方向の道を歩いていった。
翔矢は、この時の不運を恨んだ。

翔矢(よりによって兄貴といる時に・・・
  よりによって奈津美といる時に何で・・・)


翔矢は、絶望しそうになる自分をごまかすので精一杯になった。


そのデートの帰り。電車から降りてしばらく歩き、
誰もいない2人きりの場所に来ると、奈津美が言った。

奈津美「ねぇ、キスしようか。」

それは、翔矢が今まで避けてきた事だった。
キスをすれば、取り返しがつかなくなるような気がしたからだ。
最低の自分が奈津美にバレた時、
キスをしていなければ、自分が最低な人間になり下がるだけで済む。
でも、キスをしたら、それだけでは済まなくなる・・・そんな気がした。
ただ、キスをしなかった理由はそれだけではなかった。

奈津美「私たち、付き合ってるのに、まだした事ないよね。」

そういう機会は、今までにも何度かあった。
でも、キスを意識する度、翔矢の脳裏と口唇には、
綾奈から口唇を奪った時の光景とあの感触がよみがえるのだった。
思えば、まだ付き合ってもいなかったのに、
一方的に綾奈の口唇を奪ったのは最低だった。
けれども・・・あのファーストキスは後悔していなかった。
それどころか、最初が綾奈で良かった・・・
翔矢は、今でもそう思っていた。
だが、奈津美とキスをしてしまったら、
その全てが否定されるような気がして、何か嫌だったのだ。
そして、奈津美とキスをしたら、
意識しなくても、綾奈のキスと比べてしまうだろう。
そういう事をしている自分を想像すると、それも嫌だった。
けれども・・・

奈津美「それとも、私とキスするのは嫌?」
 翔矢「そ、そんな事はないよ・・・」
奈津美「そうだよね。一応好きだから付き合ってるんだもんね。」

・・・そうだ。嫌いなら付き合わない。
それなりに奈津美に対する思いがあったから、ここまで来た。
それは嘘ではなかった。
だけど・・・だからと言って、釈然としない思いは残る。
そうやって翔矢が渋っていると、しびれを切らした奈津美が言った。

奈津美「もう、しょうがないな・・・」
 翔矢「え・・・」

次の瞬間、不意をついて、奈津美から翔矢にキスをした。
翔矢は、その場に立ち尽くし、奈津美が口唇を離すまで何も出来なかった。

奈津美「翔矢君って、結構オクテなんだね。
    でも、そういうところ嫌いじゃないな。」


そう言って奈津美は笑った。
とうとうキスをしてしまった。
だけど・・・ぜんぜん気持ちよくなかった。
それどころか、何か悔しかった。
正体不明の敗北感が、翔矢の全身を襲った。
奈津美に対しての怒りはなかったけれど、
自分に対する怒りがフツフツとわきあがってきた。

翔矢(最低だ俺・・・本当に最低だ!・・・)

奈津美と別れた後、
翔矢は、行き場のない怒りで、
アスファルトを右足で思いっきり踏み付けた。
その瞬間、右足にジン!と痛みが走って、やがて消えた。

翔矢(利き足じゃん・・・俺、サッカー部なのに・・・)

翔矢は、やる事なす事の全てが駄目に思えて、
ものすごく駄目人間な自分をひたすら心の中で責め続けた。

その日は、13年間生きてきた翔矢にとって、
人生で一番の最悪な日となった・・・

第8話

家に帰った輝明と綾奈は、輝明の家の庭で花火を始めた。
浴衣姿で花火にはしゃぐ綾奈。
そんな綾奈に、輝明はまたカメラを構えていた。

綾奈「写真ばっかり撮ってないで、輝君も花火しようよ。」
輝明「そんな事より、キス写真撮ろうよ。」
綾奈「・・・・」

そして輝明と綾奈は、
頬を寄せ合ってアップでパシャ!
綾奈が輝明のホッペにチュでパシャ!
輝明が綾奈のホッペにチュでパシャ!
おでこをくっつけて、見つめ合う2人の横顔をパシャ!
それから最後に口唇を重ねて横顔をパシャ!
・・・と、立て続けに写真を撮った。

綾奈「何か恥ずかしい・・・」

撮った写真を画像で確認してそう言ったが、
撮っている時は、思った以上に楽しかった。
キスしてる自分なんて、中学生になるまでは考えられなかったけれど、
それを今、当たり前のようにして楽しんでいる。
綾奈は、自分の中で世界観が確実に変わっている事を実感すると共に、
それ以前の自分が、とても幼く思えた。

花火が終わると、2人は風呂に入って着替える事にした。
もちろん、別々に。ただ、綾奈は、輝明の家の風呂を借りた。
先に綾奈が入り、あとから輝明が入った。
綾奈が、汗をさっぱり流すと、
パジャマ代わりのジャージに着替えて輝明の部屋に入った。

綾奈「お風呂空いたよ。」
輝明「分かった。じゃあ、俺も行って来るわ。」

綾奈は、輝明が風呂を終えるまで、輝明の部屋で待つ事にした。
何気なくテレビを見ていたが、気になるのは輝明のベッドだった。

綾奈(一緒に寝るんだよね・・・)

それは、幼馴染みとしては初めての事ではなかったが、
付き合い始めてからは初めての事だ。

綾奈(やっぱり、違うんだろうな・・・)

綾奈がそんな事を考えていた時だった。
テレビのチャンネルは、バラエティ番組に合わせていたが、
そこで、あるお笑い芸人がこう言ったのである。

芸人「健康的な男だったら、エロ本やビデオのひとつふたつ、
   自分の部屋のベッドに隠し持ってますよ!!」


その言葉が、妙に強く綾奈の印象に残った。

綾奈(輝君も・・・まさかね・・・)

そう思いながらも、綾奈は、輝明のベッドの下を覗いていた。
すると・・・「あれ?」と思う影が見えた。
まさかまさかと思いつつも、綾奈は、その影に手を伸ばした。

綾奈「・・・あった・・・」

それは、明らかにエロ本と分かる雑誌が2冊と、
ラベルが何も貼られていないビデオテープが2本だった。
綾奈は、おもむろにその1冊をぺらぺらとめくってみた。
どんな形態であろうと、女の人が裸で写っていればエッチなもの・・・
そんな認識だった綾奈にとって、
雑誌に載っていた女性たちは、ありえない想像を絶する格好をしていた。

綾奈(輝君だって男の子だもん・・・でも・・・)

その時だった。突然、部屋のドアが開いた。
風呂を上がった輝明が部屋に戻ってきたのである。
エロ雑誌を見ている姿で輝明と鉢合わせ。
綾奈は、雑誌に夢中で、輝明が近付いてくる足音に全く気付かなかった。
綾奈は、慌てて雑誌やビデオをしまおうとした。

綾奈「ご、ごめんなさい・・・」

謝るしか出来なかった綾奈だったが、
輝明は、動揺を隠しながら綾奈を通り過ぎ、
いつもの感じでこう言った。

輝明「綾奈、俺の事軽蔑した?」
綾奈「け、軽蔑なんてしないよ・・・」

それは嘘ではなかった。
衝撃が大きかっただけ。綾奈にとっては、ただただそれだけだった。

輝明「綾奈は、そういうの見た事ないの?」
綾奈「うん・・・無い・・・」
輝明「じゃあ、一緒に見ようか?」
綾奈「え?」

すると輝明は、ビデオテープのひとつを取り、
それをデッキにセットした。
綾奈は、戸惑いながらも、輝明のする事をただ見守るしか出来なかった。
そして輝明は、ビデオを再生した。
その映像を見ながら、綾奈は、
事ある毎に息を呑み、うめき声を上げ、体をビクつかせた。
それは、綾奈が初めて見る本物のセックスの映像であった。
輝明は、自分でも「何やってんだろう」と思いながらも、
その映像を見て反応する綾奈の姿を後ろから見守っていた。
もしかしたら、これで綾奈に軽蔑されるかも知れないと思いつつも、
中3の男として抱く思いを、綾奈に理解して欲しいとも願っていた。

約30〜40分程度の映像が終わると、輝明は綾奈に感想を聞いた。
しかし、綾奈は何も答えられなかった。
けれども、映像を見ていて、綾奈には、どうしても聞きたい事があった。
綾奈は、輝明に視線を向けないまま言った。

綾奈「ねぇ、輝君・・・」
輝明「・・・なに?」
綾奈「輝君は、ああいう事したいの?」

輝明は、一瞬答えに詰まったが、
ここは嘘をつかず、正直に話そうと口を開いた。

輝明「したい・・・綾奈としたい・・・」
綾奈「・・・今は・・・無理だよ・・・」
輝明「う、うん、分かってる・・・」

ちょっとだけ期待する気持ちもあったが、
綾奈の言葉で、輝明の中にあったある意味のもやもや感は、逆に吹っ切れた。
ただ、輝明は、その時とっさに思った事を口にした。

輝明「なぁ、綾奈。」
綾奈「・・・なに?」
輝明「今は・・・あれだけど、もし、俺が高校に合格したら・・・
   こういう事してもいいか?」

綾奈「・・・・」

綾奈は、表情も変えず何も答えなかったが、
その瞬間、最大級の雷撃が綾奈の全身を貫いていた。
でも・・・これはいつかは経験しなければならない事。
しなければ、子供が出来ない事も知っていた。
ならば、最初は好きな人と・・・
そう思うと、それを拒む理由は見つからなかったし、
恋人として、その期待に応えたいという気持ちもあった。
綾奈は、少し長い沈黙のあと、輝明に言った。

綾奈「・・・分かった。輝君が高校生になったら・・・」
輝明「・・・ありがとう・・・」

これでこの一件は、とりあえず落着した。
綾奈は、重い約束を背負ってしまったと、約束をした後でちょっと後悔した。
でも、後悔したのは、輝明が嫌だったからではない。
輝明が高校生になるのは約1年後。
それでは、ちょっと早すぎるかなと思ったのだ。
そして、そんな約束をした瞬間、
綾奈は、不思議な感覚に襲われていた。
脳裏に母親の顔が浮かんだのだ。
その顔は、悲しそうにも怒っているようにも見えた。
そんな母に、綾奈も後ろめたい思いを抱いていた。

綾奈(ごめんね・・・お母さん・・・)

その夜、綾奈は、輝明のベッドで輝明と一緒に寝た。
綾奈が、輝明に背中を向けると、輝明は、その綾奈の背中を抱きしめて言った。

輝明「俺、綾奈の背中が好きだ。」

そして、2人はそのまま眠りについたのだった。

第7話

夏休みに入り、7月最後の週末には、地元で夏祭りが予定されていた。
花火に神輿に盆踊り、一通り揃った地元では最大の祭りだ。
そして祭りは、親の縛りが強い少年少女たちにとっては、
堂々と夜歩きが出来るイベントでもある。
そんな少年少女たちは、友達や彼氏彼女と約束をして
夜の街へと繰り出していくそんな日。
そんな少年少女の中に、輝明と綾奈の姿もあった。

綾奈は、夏を前に浴衣を新調していた。
それも久留美と一緒に。
久留美は外出出来なかったが、
久留美のいる病室からは、
祭りの最大のイベントである打ち上げ花火がよく見えた。
そこで綾奈は、夕方くらいから輝明と一緒に祭りの夜店を歩き、
祭りといえばこれ!!・・・ってな食料や雑貨を仕入れて、
輝明と一緒に久留美の病室に行き、3人で花火を見る事にしていた。
ただ、今日の最大のイベントはそれだけではなかった。
実は今夜、綾奈の両親と輝明たちの両親が、
近くの温泉地に一泊二日で外泊していたのである。
お隣同士で仲の良い神戸家と松下家では、時々そういう事があったが、
お互いの両親の都合の良い日が今日だったのだ。
だから、輝明は言った。

輝明「今日は、俺んちに泊まりに来いよ。」

綾奈が輝明の家に泊まるのは、昔からよくあった事。
けれども、2人が付き合い始めてからは、これが初めてだった・・・


綾奈が、新調した浴衣姿で初めて輝明の前に現れた時、
輝明は、思わず絶句してしまった。
以前から、綾奈には和装が似合うとは言っていたが、
想像していた以上に、綺麗で可愛らしく見えた。
もちろん、綾奈自身が中学生になって綺麗になったという事もあったが、
綾奈が、恋人として、自分(輝明)に見てもらえるように意識して綺麗にしてきたかと思うと、
ものすごく愛らしく思えたのだ。

輝明「可愛いよ・・・」

輝明が、本気でテレながら言うと、
綾奈は「うん」と言って、はにかんで見せた。
その笑顔がまた、すごく可愛かった。

それから2人は、夕暮れの内から
神輿も盆踊りも始まっていない
歩行者天国と化した街の通りを歩きながら夜店を見て回った。
まだ人通りもまばらで、祭りはこれからという雰囲気。
輝明は、綾奈と手をつないで、祭りの前の雰囲気を楽しみたかったが、
久留美を待たせたくなかった綾奈は、
手をつなぎながらも、その手で輝明を引っ張るようにしてお好み焼きや綿飴などを買い、
そのまま病院に直行した。

病室では、久留美が浴衣に着替えて2人を迎えた。
綾奈は、買ってきたものを広げ、久留美と椅子を並べて窓際に陣取り、
部屋を真っ暗にして、夜空に光の花が咲くその瞬間を待った。
綾奈と久留美を前にしては、輝明もおまけみたいなものだ。
綾奈も花火が始まるまでは、輝明にいろいろ気を使っていたが、
花火が始まると、久留美と一緒に盛り上がって輝明はほとんどそっちのけ。
花火を楽しむ2人の間に、輝明が入り込む余地はほとんど無かった。
ただ、輝明は、こうなる事は分かっていた。
だから、カメラを持参していた。
今は、綾奈と久留美の2人の思い出を撮るために・・・

 輝明「おい、綾奈、久留美。こっち。」
久留美「イェ〜イ!」

パシャ! 満面の笑みを並べる2人。
すると綾奈が言った。

 綾奈「じゃあ、今度は私が輝君と久留美を撮ってあげるよ。」
久留美「何言ってんの? 今度は、綾奈とお兄ちゃんを私が撮る番だよ。」
 綾奈「ううん。今度は、輝君と久留美だよ。
    どうせ、そういうツーショットを滅多に撮ろうとしないんだから。」

久留美「・・・・」

そして今度は、輝明と久留美を並べて、綾奈が写真を撮った。
確かに、この2人で写真を撮るのは珍しい。
だから、輝明と久留美は、一緒に並んでカメラを構えられて
かなり気恥ずかしかった。
ただ、お互いが抱えていた思いは複雑だった。

久留美(お兄ちゃんとこんな風に写真を撮るの・・・これが最期になるかもね・・・) 

久留美は、いつだって自分の命の終わりを意識していた。
いつ死んでもおかしくない。もしかしたら今夜かも知れない。
もし、自分が死んだら、今日撮った写真を見て、輝明はどう思うだろうか?

久留美(お兄ちゃんも泣くのかな・・・想像出来ないけど・・・)

写真を撮られながら、久留美はそんな事まで考えていた。
ただ、輝明だって、兄として妹を思う不安をいつも抱えていた。

輝明(来年もこうやって花火が見られるかな・・・)

久留美が生まれた時から、当たり前のように傍にいた妹。
時に、うざったくなる時もあったくらい当たり前の存在だった久留美。
その久留美が、いつか消えてしまうかも知れないと思うと信じられなかった。
けれども、そういう未来があってもおかしくない現在(いま)。
そして、そうなった時、自分がどうなってしまうのか想像出来なかった。

輝明(泣くかな・・・格好悪いと思って泣けない薄情な兄貴になるのかな・・・)

でも、久留美の笑顔を見ると、心に余裕も出来るのだった。
どうせ考えてもしょうがないか・・・と。

そして、綾奈からカメラを受け取った輝明は、
再び、ファインダー越しに綾奈の笑顔を見た。
その瞬間、輝明のもうひとつの人格が現れ、
今夜の事を強く意識した。
綾奈と2人きりの夜。
段取りみたいなものは考えていた。
付き合い始めてまだ3ヶ月程度。そして、2人はまだ中学生。
恋人と言っても、相応に過ごそうとは思っていた。
けれども・・・
成り行き次第では、どうなるか分からない。
キスはしたい。一緒のベッドで寝るくらいの事はしたい。
だけど、そこまで行ってしまったら・・・
でも、そんな事をすれば綾奈が・・・
しかし・・・

輝明は、期待と不安の葛藤に駆られながら、
今夜、自分がどうなってしまうのか・・・全く自信を持てずにいた。

やがて花火が終わり、9時の病院の消灯時間を迎えて、
輝明と綾奈は、その帰り道がどんな未来の暗示となるかも分からないまま
そのすぐやってくる未来に向かって、一緒に帰途についたのだった。


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