"やいたもん"の文学館

大きな人生の転機がありました・・・

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第12話 塩谷家改易

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【写真】泉城址



正親は、塩谷家からの独立を果たすと、
天正19年(1591年)2月、新しい居城を求めて泉城に入った。
泉城は、松ヶ嶺城の北東2kmほどのところにある城で、
義通が幽閉されていた城である。
義通は御前原城に移ったが、
正親は、この泉城を新たな居城にしようと考えていた。
松ヶ嶺城は山城で、活用出来る土地が少なく、
堅い城ではあったが、統治という事には不向きであった。
また、松ヶ嶺城の東側面を流れる中川(ちゅうかわ)は、
通称「バカ川」と呼ばれるほど氾濫を起こして城下の人々を困らせていた。
そんな事情から、新たな城、
新たな城下町の建設の必要性に迫られていたのである。
ただ、泉城は、岡本領でも北辺に近く、
また、東端の境界に接する場所に存在した。
なぜ、そんな場所を正親が居城に選んだのか。
それは、出来るだけ川崎城から居城を遠ざけるためだった。
南には塩谷家がいる。
そして、岡本家と塩谷家の対立は、未だに続いていたのだった。

義綱の岡本家に対する恨みは凄まじいものであった。
家臣でありながら主君を裏切り、領地を切り取り、
しかも、塩谷家が氏神と信奉する木幡神社のある木幡村が、
兄義通に奪われてしまったのだ。
義綱にしてみれば、正親は、
許すなんて言葉は微塵も浮かばない、憎んでも憎んでも憎みきれない相手だった。
その対立は、互いの領民関係まで悪化させ、
岡本領と塩谷領の境界では、
互いの家臣や領民同士のつまらないいざこざや争いが毎日のように続いていた。
そして義綱は、いつか岡本家に復讐する事を考えていた。
天正19年(1591年)、小田原の陣の翌年、
秀吉は、関白と太政大臣の内、関白職を姉の子の秀次に譲り、
自らは、太政大臣の敬称である太閤を名乗った。
そして、翌年の天正20年(1592年・12月8日文禄改元)4月14日、
釜山城の戦いを皮切りに朝鮮出兵を開始した。
しかし岡本家は、この時、
豊臣家から新たに関東の領主となった徳川家の旗本になっており、
徳川家が、関東の開発を理由に兵役を免除されたため、
岡本家もまた、泉城の改築と城下町の開発を理由に、この兵役を免除されていた。

義綱は、これを好機と見たのである。
正親は、主君である自分を城に残し、1人で小田原に向かい、
武勲を独り占めにして塩谷家をおとしめた。
今度は、逆に自分が秀吉の下に向かい、正親をおとしめてやろうと企んだのだ。
そこで義綱は、新しい関白である秀次に取り入った。
正親は、秀吉のお気に入りとは言え、秀吉ももう老体。近い将来には死ぬ。
若い権力に取り入っておけば、
秀吉が死んだ時、正親や岡本家を潰す事が出来る。
それが、義綱の企んだ復讐であった。

だが、それはとてつもなく浅はかな考え方だった。
文禄2年(1593年)8月3日、秀吉に男子が誕生すると、
秀吉と秀次の関係は急速に冷え込んでいった。
豊臣家の後継を巡って対立し、
秀吉は、自らの子の家督継承の妨げとなる秀次一派の勢力を次々と一掃していったのである。
このとばっちりを塩谷家も受けた。
義綱が、秀次に取り入っていたばかりに、
文禄4年(1595年)2月8日、
突然秀吉により、塩谷家は改易を命じられたのである。
義綱にしてみれば、青天の霹靂の出来事であった。

義綱(正親を追放したつもりが、秀吉と言う後ろ盾を与えてしまい・・・
   正親を信頼した途端裏切られ・・・
   正親を潰すつもりが、我が家を潰してしまった・・・。)


何もかもが裏目に終わってしまった。
その後、義綱は一族郎党を引き連れ川崎城を退去。
川崎城は廃城となり、義綱は、常陸の佐竹家に仕えた。
その佐竹家には、義綱の従兄弟塩谷朝孝が仕えていた。
だが、従兄弟とは言っても、朝孝は父義孝の仇敵塩谷孝信の子。
川崎城を攻めた事もある義綱にとって憎き敵である。
そんな2人が、同じ家に仕える事になろうとは、
運命とは本当に皮肉なものである。
さらに皮肉といえば、義綱が追放された事により、
野州塩谷家の家督は、計らずも義綱の兄義通が継承する事になった。

結局、義綱は、奪われたくないものの全てを失い、
しかも、その全てを最も奪われたくない相手に奪われて、
塩谷の地を追われる事になったのである・・・

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