"やいたもん"の文学館

大きな人生の転機がありました・・・

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第5話

翔矢と綾奈は、その翌日から気まずい空気になって、
何の用もないのに気軽に話し掛けるといった
昨日まで簡単に出来ていた事が出来なくなっていた。
お互い、そんな風になるつもりはなかったが、
顔を見ると、昨日の事を意識してしまって、
思考回路がショートしてしまうのだ。
けれども、綾奈は、何とか寄りを取り戻したいと思っていた。
なぜならば、5月には大きなイベントがあるからだ。
5月12日、その日は、翔矢と久留美の13歳の誕生日であった。
綾奈は、その日までには何とかしたかった。

ゴールデンウィーク前、久留美の病室を訪れた綾奈は、
輝明に告白され、付き合う事になった事を久留美に報告した。
それを聞いた久留美は、大笑いしていた。

久留美「お兄ちゃんが綾奈に? アッハッハッハ!!」

近日稀に見る大笑いだったが、
なぜ笑いわれたのか、綾奈には分からなかった。
それを久留美に聞いても、

久留美「私も分からないけど、なぁ〜んかおかしくて!」

・・・と、腹が痛い痛いと騒ぎながらしばらく笑い続けた。

久留美「でも、お兄ちゃんなんかでいいの?
    綾奈なら、もっと良い男捕まえられるのに。」

 綾奈「輝君カッコ悪いかな?」
久留美「ブ男じゃないけど、いい男だと思う?」
 綾奈「・・・・」

確かに・・・特別秀でた要素はないけれど・・・
綾奈は、結局、何も答えられなかった。

久留美「でも、綾奈がお兄ちゃんと結婚でもしたら、
    綾奈は、私のお義姉ちゃんになるね。
    そういう意味では歓迎するよ。」

 綾奈「そんな先の事まで考えてないよ・・・」

ただ、綾奈は、翔矢に告白された事だけは言わなかった。
言えなかったと言ったほうが正しいかも知れない。
久留美をあまり心配させたくなかったし、
翔矢の名誉とか、いろいろ考えても言えなかった。

 綾奈「ところで、今度の誕生日の事だけど・・・」
久留美あ、それはもう親と先生に話通してある。
    ここで3人だけで集まって、泊り込みで誕生会が出来るようにね。」


3人・・・とは、もちろん、綾奈、久留美、翔矢の事だ。
綾奈は、この時、翔矢との寄りを戻すべく完全に決意した。

ゴールデンウィークに入って、
綾奈は、久しぶりに翔矢の携帯に電話した。
非通知にされたり、番号見て無視されたらどうしようかと心配したが、
翔矢は、意外と早く電話に出た。

綾奈「あ、翔君?」
翔矢「何だよ?」

そっけない返事だったが、それはいつもの感じであり、
それを聞いた綾奈は、ちょっとだけほっとした。

綾奈「話があるんだけど・・・今度の誕生日の事だけど・・・」
翔矢「誕生日って俺の? ああ、その話だけど・・・」

すると、翔矢から思いがけない答えが返ってきた。

翔矢「今年は、俺、久留美のところには行かないから。
   何か、友達が盛大に祝ってくれるんで。
   だから、久留美の事は綾奈に頼むよ。」

綾奈「え? ちょ、ちょっと・・・」
翔矢「とにかく俺は友達とやるから。じゃ〜ね。」

そう言って、翔矢は、一方的に電話を切った。
綾奈は、慌てて今度はメールを打ったが、
返って来た答えは、今の翔矢の言葉を確認するものだった。

綾奈(私のせいだ・・・私が翔君を傷付けたから・・・)

綾奈は、自分を責めた。
今まで、必ず3人一緒に誕生日を祝ってきたのに、
今年になってそれが出来なくなったのは、自分のせいだ。
綾奈はそう思った。
翔矢を責める事は全く思わなかった。
そして、久留美になんて言えばいいか・・・
それを思うと、綾奈は、悲しくて涙が止まらなかった。

でも、伝えなければならない。

誕生日の前日の11日、綾奈は、電話で久留美に翔矢が当日来ないことを伝えた。
久留美なら、「あいつ勝手な事ばっかり言って・・・」と怒るかと思っていたが、

久留美「そう・・・」

・・・と力なく返事をして黙り込んでしまった。
がっかりさせたのも自分のせい・・・綾奈は、この時も自分を責めた。

そして、誕生日当日。
久留美の病室を小学校時代の同級生が大勢訪れ、
誕生会を始める前から、久留美の病室は、
お祝いの花とプレゼントでいっぱいになっていた。
けれども、久留美の心は晴れなかった。
みんなの前ではいっぱいの笑顔を見せていたが、
その夜、綾奈と2人きりになると、顔を曇らせ無口になった。

久留美「初めてだね。翔矢がいない誕生日って・・・」

綾奈は、一応、翔矢の分もプレゼントを用意した。
メールも改めて打った。
もしかしたら気が変わって来てくれるかも知れないからだ。
けれども、翔矢はやっぱり来なかった。

久留美「うらやましいな、友達と誕生会なんて。
    私も元気だったら、友達を家に泊まらせて、
    みんなに誕生日祝ってもらえるのに・・・」


そう言うと、気丈な久留美が綾奈の前で涙を見せた。

久留美「ごめんね、綾奈。泣くつもりはないんだけど・・・
    でも、何か止まらなくて・・・」


綾奈も泣いた。自分のせいでこんな事になって、
それを久留美に言えなくて・・・
とにかく、久留美に申し訳なくて泣いた。

その時だった。誰かが、久留美の病室をノックした。
久留美が、涙を拭いて返事をすると、入ってきたのは輝明だった。

輝明「あれ? 何で2人して泣いてるの?」

誕生日だから大騒ぎしてるだろうと思いきや、
お通夜みたいに泣いている2人を見て、輝明はきょとんとしてしまった。

久留美「な、何でお兄ちゃんが・・・」
 輝明「妹の誕生日を祝いに来たんじゃん。何か問題でも?」
久留美「問題はないけど・・・」

そして輝明は、泣いている綾奈に近づくと、
まるで父親みたいに、その頭を抱いて頭を撫でて笑った。

輝明「何で泣いてんだよ。誕生日なんだから笑えよ。」

でも、輝明の腕に抱かれて、綾奈の涙は益々止まらなくなった。
それを見た久留美は、何だか2人が微笑ましく見えて、
涙も枯れてしまっていた。

久留美(綾奈が幸せそうでうらやましい・・・)

結局、誕生会は、久留美を祝うというより、
綾奈と輝明の仲の良さを見せ付けるような場になってしまった。
でも、久留美はそれで良かった。
いや、それが何よりのプレゼントになった。
綾奈の幸せそうな顔が、久留美の心を癒したのだ。

 輝明「ところで、何で泣いてたの?」
久留美「私の誕生日だからに決まってるでしょ。
    綾奈は優しいから。」

 輝明「・・・そっか。綾奈は優しいんだな。」
久留美「そこにお兄ちゃんは惚れたんでしょぉ〜?」
 輝明「・・・・」

その翌日、輝明と久留美に元気をもらった綾奈は、
本人のいない翔矢の部屋にプレゼントとバースデイカードを置いた。
バースデイカードには、シンプルにこう書いた。

1日遅れだけど・・・
かけがえのない翔君、お誕生日おめでとう


それが、綾奈の偽らざる本心だった。

第4話

その翌日の事だった。
結局綾奈は、満足に眠る事が出来ず、朝から寝不足でぼうっとしたまま登校したが、
その日の中休み、翔矢が綾奈のところに来て言った。

翔矢「今日の放課後空いてる?」
綾奈「どうして?」
翔矢「いや、一緒に帰ろうかと思って。」
綾奈「部活休みなの?」

翔矢は、小学校の時と同じサッカー部に所属していた。
しかも、県内では実力校として知られる名門サッカー部だったため、
朝練があり、放課後も遅くまで練習があって、
登下校の時間は、綾奈や輝明とは完全にずれていた。

翔矢「いや、今日もみっちり練習あるよ。」
綾奈「あるんだったら帰り遅いじゃない。」
翔矢「だから、練習終わるまで待っててよ。」
綾奈「えっー! 嫌だよ・・・」
翔矢「たまにはいいじゃん。練習する俺の写真でも撮ってくれよ。」
綾奈「試合だったら撮ってあげてもいいけど・・・」
翔矢「練習でもいいじゃん。別に撮りたくなきゃ撮らないで構わないけど、
   とにかく、終わるまで待っててくれよ。」


翔矢は、長年の付き合いで、
綾奈が、とことん頼まれると断れない性格である事を知っていた。
綾奈も、今日は輝明との約束もなく、特に用事はなかったので、
結局、翔矢の部活を最後まで見ていく事にした。

放課後、綾奈は、一旦家に帰ってから、
体操着ではない自前のジャージに着替えて、カメラを持って学校に戻ってきた。
すでにサッカー部の練習は始まっていて、
先輩たちがシュートやドリブルの練習をする周りを
翔矢たち1年生は、何周も走らされていた。

綾奈は、そのグラウンドの隅、芝生のあるところに腰を下ろし、
しばらくぼうっとその光景を眺めていた。

綾奈「そういえば寝不足だった・・・」

今日は、優しい風もあって涼しく、
芝生の上で、心地良い睡魔に襲われそうになった。

綾奈(うちに帰って寝たいな・・・)

やがて、翔矢もシュートやドリブル練習に参加した。
小学校では、バリバリのレギュラーだった事もあって、
その姿は、素人の綾奈が見てもはっきりと分かると、
他の1年生たちと比べて様になっていた。

綾奈(こうして見ると、翔君も結構カッコいいんだよね・・・)

綾奈は、ちょっとだけカメラを構えた。
そして、綾奈は気付かなかったが、そんな姿がサッカー部の先輩の目に留まった。

先輩「あれ、神戸の兄貴の彼女じゃねぇの?」

先輩が翔矢に言った。
昨日の事を知らない翔矢は言った。

翔矢「彼女じゃないっすよ。」
先輩「でも、お前とは幼馴染だよな? 結構可愛いじゃん。」
翔矢「そうっすか? まあ、ブサイクではないとは思いますけど。」

だが、そう言った翔矢の顔は、まんざらでもなかった。
翔矢からも、時々、カメラを構える綾奈の姿が見えた。
撮られていることを意識した翔矢は、今日の練習をいつも以上に張り切っていた。

練習が終わったのは、午後6時だった。
学校には照明設備もあり、昔はもっと遅くまで練習していたらしいが、
最近は、物騒な事件が多いせいか、
学校の方針で、どんなに遅くても6時には終えるように決められていたのだ。
綾奈は、部活が終えたのを確認すると、
校門の方に移動して、そこで翔矢が来るのを待った。
だが、後片付けは翔矢たち1年生の仕事。
先輩たちが先に帰った後、翔矢たちが出てきたのは、
部活が終わってから30分くらい経ってからだった。

翔矢「よ! 綾奈。」
綾奈「遅いよ〜」

すると、翔矢の周りにいたサッカー部の仲間が、
翔矢と綾奈の事を冷やかした。

仲間「あれ、松下(綾奈)って、翔矢の兄貴の彼女だと思ってたけど、
   翔矢と出来てたの?」

綾奈「ち、違うよぉ。私と翔君は、そんな関係じゃないもん。」
仲間「あれれぇ、図星だったかな? じゃ、俺たちは邪魔みたいだから。」
綾奈「違うってば!」

誤解がとけてからかわれたのか、誤解がとけなかったのか、
分からないまま、友達は帰っていった。

翔矢「なあ、綾奈。真っ直ぐ帰るのもつまらないから、ちょっと寄り道していこうぜ。」
綾奈「えーっ、もう7時近くだよ。遅くなったら、お父さんに怒られる・・・」
翔矢「大丈夫だよ、部活だって言えば。寄り道するって言っても、いつもの公園だから。」
綾奈「もー、勝手なんだから・・・」

いつもの公園とは、綾奈たちの家のすぐ近くにある、
ブランコやジャングルジムなどの遊具設備を揃えた、どこにでもある公園だった。
ただ、幼い頃は、よく遊んでいた公園で、
綾奈には、輝明、久留美、翔矢との思い出がたくさんある公園だった。

翔矢「少し遊んでいこう。」
綾奈「あれだけ激しい練習したのに疲れてないの?」
翔矢「疲れってけど、遊びの体力はまた別だ。」

ただ、ジャングルジムや滑り台は、
もう翔矢や綾奈にとっては、小さいものになっていた。
幼い頃は、綾奈は、ジャングルジムが高くて怖かったのに・・・

綾奈「懐かしいけど、もう昔みたいには遊べないね。」
翔矢「そうだな。遊べるのは、ブランコくらいかな?」

2人は、ブランコに乗っていた。
綾奈は、最初はゆっくり揺れていたが、
翔矢が立ち漕ぎを始めると、それを見て綾奈もブランコに立った。

翔矢「昔は、よく遊んだな。」
綾奈「そうだね、私と翔君と久留美の3人で。今は2人だけど・・・」
翔矢「早く久留美も退院出来るといいな。」
綾奈「翔君がそんな事言うの珍しいね。」
翔矢「綾奈がさみしそうに言うから、言っただけだよ。」
綾奈「・・・・」

やがて、翔矢がブランコを降りた。
帰るのかと思い、綾奈もブランコを降りた。
しかし、それは突然やってきた。
綾奈がブランコを降りると、いきなり翔矢がその背中を抱きしめてきた。
突然の事に、綾奈は昨日と全く同じに頭が真っ白になったが、
綾奈が抵抗しようとすると、翔矢は、さらに強く抱きしめて言った。

翔矢「俺、綾奈が好きなんだ。」
綾奈「え・・・」
翔矢「今日、そのつもりでここに来た。」

綾奈は、まさかと思った。
翔矢に告白された事自体もそうだが、
昨日、輝明に告白されたばかりなのに、
今日は、弟の翔矢に告白されたのだ。
ありえない・・・それが綾奈の素直な気持ちだった。
けれども、翔矢の気持ちには応えられなかった。
だって、昨日輝明と付き合う事を決めたばかりなのだ。
応えられるわけがない。
しかし、どうそれを伝えればいいか、
綾奈には、全く分からなかった。

ただ・・・

それとは別に綾奈は、妙な感覚に襲われていた。
部活を終えたばかりの翔矢の汗臭い体。
けれども、ぜんぜん嫌な感じはしなかった。
翔矢が一生懸命練習して出た汗だと知っていたからだ。
そして・・・

綾奈(兄弟だからかな・・・輝君と同じ感じがする・・・)

綾奈は、いつしか翔矢と輝明をだぶらせて、
輝明に抱きしめられているような感覚になっていたのだ。
さらに綾奈は、翔矢の体が鍛えられてたくましくなっている事に気付いた。

綾奈(少し前までは背の高さも同じだったのに、いつの間にか大きくなって、
  久留美が入院するまでは、喧嘩も久留美の方が強かったのに・・・
  やっぱり男の子だなぁ。本気になったら、元気な久留美でも勝てないだろうな・・・)


そう思うと、今告白された事も忘れて、綾奈は、何だか嬉しい気持ちにもなっていた。
けれども、やっぱり正直に言わなければならない。
綾奈は、背中を翔矢に抱きしめられたまま言った。

綾奈「駄目だよ・・・私、好きな人がいる。」
翔矢「知ってる。兄貴だろう? 
   だから告白したんだ。綾奈が兄貴に告白する前に。」

綾奈「・・・もう遅いよ。」
翔矢「え?」
綾奈「昨日、輝君に告白された。」
翔矢「うそ?」

その瞬間、綾奈を抱きしめる力が緩んだ。
それを感じて、綾奈は翔矢の腕をおもむろにほどこうとしたが、
翔矢は、再び強く抱きしめて言った。

翔矢「だったら、俺は兄貴に勝ってやる!」

すると翔矢は、強引に綾奈を振り向かせ、いきなり、その口唇を奪った。
その瞬間、綾奈の全身を電気が貫き、
全身から力が抜け、腰砕けになるように、綾奈はブランコにへたり込んだ。
そして翔矢は、口唇を離した後、
何も言わずに綾奈の前を去っていった。

綾奈「そんなの・・・勝手だよ・・・」

綾奈の目には、自分でも正体の分からない涙が溢れ、
しばらく、そこを動く事が出来なかった・・・

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