"やいたもん"の文学館

大きな人生の転機がありました・・・

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第9話

綾奈が、翔矢に彼女が出来たと知ったのは、夏休みに入ってからだった。
しかも翔矢は、同じ中学校ではなく、別の中学校の女子と付き合っていた。
名前は奈津美。綾奈が全く知らない人だった。
翔矢も、その彼女を家に連れてくる事もなく、
久留美が紹介してと催促しても「そのうちな」とはぐらかしていた。
ただ、別に隠していたわけでもなかった。
綾奈にはあまり見られたくない思いはあったが、
それ以上に、みんなに対して後ろめたい思いがあった・・・

奈津美は、綾奈とは正反対の性格だった。
アクティブ且つ陽気で、誰とでも気軽に話せ、
常に主導権を持っていくようなタイプ。
その辺は、久留美と似ていた。
夏休みを前に、小学校時代から付き合っていた彼氏と別れたばかりで、
新たな出会いを求めていたらしい。
その奈津美の知り合いに、翔矢の友達がいて、
その友達に翔矢が彼女を探していると相談したところ、
紹介されたのが奈津美だった。

奈津美「よろしく。」

付き合う事が決まって笑顔でそう言われた時、
翔矢は、ものすごくバツが悪かった。
綾奈を忘れるため・・・それが動機だったからだ。
奈津美も、とりあえず付き合ってみるといった軽い気持ちだっただろう。
けれども、別に好きな人がいるのに付き合う・・・
こんなに相手を侮辱するふざけた話は無い。

翔矢(最低なまんまだな・・・)

何かを変えるつもりで始めた事なのに、
何も変わってない事を思い知らされ、翔矢は愕然とした。
そして、だからこそ綾奈や久留美になんて紹介出来なかった。
こんな事の巻き添えにしたくなかったのだ。

けれども、そういう時ほど、不幸の神様が自分に降りてくるものだ。
夏休みのある日。その日は部活も休みで、
翔矢は、奈津美と一緒に電車で遠出をしていた。
地元を避けるのは、特に綾奈には見られたくないため。
なのに、その日は、偶然にも綾奈も輝明と一緒にデートに出ていて、
出掛け先で、バッタリと出会ってしまったのである。

 輝明「よぉ、翔矢もデートか?」
奈津美「あ、この人、翔矢君のお兄さん? それと彼女?」

輝明と奈津美が会うのはこれが初めてだったが、
お互いの性格が合ったのか、すぐに親しく話していた。
けれども、翔矢と綾奈はぎこちなく、
互いを意識しすぎで、目すら逸らすような有様だった。

綾奈(この人が、翔君の彼女・・・)

綾奈は、奈津美を見た時、ちょっとした劣等感を覚えた。
私なんかより、ぜんぜん綺麗だし、おしゃれだし、明るいし・・・
私なんかより、ずっと翔君の彼女に相応しい・・・
輝明と話す奈津美の姿を見て、そう思ってしまった。

奈津美「じゃあ、また会おうね。」
 輝明「ああ、今度うちに遊びに来いよ。」

話したのは1〜2分くらいだ。
それからお互い、逆方向の道を歩いていった。
翔矢は、この時の不運を恨んだ。

翔矢(よりによって兄貴といる時に・・・
  よりによって奈津美といる時に何で・・・)


翔矢は、絶望しそうになる自分をごまかすので精一杯になった。


そのデートの帰り。電車から降りてしばらく歩き、
誰もいない2人きりの場所に来ると、奈津美が言った。

奈津美「ねぇ、キスしようか。」

それは、翔矢が今まで避けてきた事だった。
キスをすれば、取り返しがつかなくなるような気がしたからだ。
最低の自分が奈津美にバレた時、
キスをしていなければ、自分が最低な人間になり下がるだけで済む。
でも、キスをしたら、それだけでは済まなくなる・・・そんな気がした。
ただ、キスをしなかった理由はそれだけではなかった。

奈津美「私たち、付き合ってるのに、まだした事ないよね。」

そういう機会は、今までにも何度かあった。
でも、キスを意識する度、翔矢の脳裏と口唇には、
綾奈から口唇を奪った時の光景とあの感触がよみがえるのだった。
思えば、まだ付き合ってもいなかったのに、
一方的に綾奈の口唇を奪ったのは最低だった。
けれども・・・あのファーストキスは後悔していなかった。
それどころか、最初が綾奈で良かった・・・
翔矢は、今でもそう思っていた。
だが、奈津美とキスをしてしまったら、
その全てが否定されるような気がして、何か嫌だったのだ。
そして、奈津美とキスをしたら、
意識しなくても、綾奈のキスと比べてしまうだろう。
そういう事をしている自分を想像すると、それも嫌だった。
けれども・・・

奈津美「それとも、私とキスするのは嫌?」
 翔矢「そ、そんな事はないよ・・・」
奈津美「そうだよね。一応好きだから付き合ってるんだもんね。」

・・・そうだ。嫌いなら付き合わない。
それなりに奈津美に対する思いがあったから、ここまで来た。
それは嘘ではなかった。
だけど・・・だからと言って、釈然としない思いは残る。
そうやって翔矢が渋っていると、しびれを切らした奈津美が言った。

奈津美「もう、しょうがないな・・・」
 翔矢「え・・・」

次の瞬間、不意をついて、奈津美から翔矢にキスをした。
翔矢は、その場に立ち尽くし、奈津美が口唇を離すまで何も出来なかった。

奈津美「翔矢君って、結構オクテなんだね。
    でも、そういうところ嫌いじゃないな。」


そう言って奈津美は笑った。
とうとうキスをしてしまった。
だけど・・・ぜんぜん気持ちよくなかった。
それどころか、何か悔しかった。
正体不明の敗北感が、翔矢の全身を襲った。
奈津美に対しての怒りはなかったけれど、
自分に対する怒りがフツフツとわきあがってきた。

翔矢(最低だ俺・・・本当に最低だ!・・・)

奈津美と別れた後、
翔矢は、行き場のない怒りで、
アスファルトを右足で思いっきり踏み付けた。
その瞬間、右足にジン!と痛みが走って、やがて消えた。

翔矢(利き足じゃん・・・俺、サッカー部なのに・・・)

翔矢は、やる事なす事の全てが駄目に思えて、
ものすごく駄目人間な自分をひたすら心の中で責め続けた。

その日は、13年間生きてきた翔矢にとって、
人生で一番の最悪な日となった・・・

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