"やいたもん"の文学館

大きな人生の転機がありました・・・

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第16話

綾奈は、翔矢の前で立ち上がると、
翔矢が見ている前にも関わらず、おもむろに服を脱ぎ始めた。

翔矢「な、何やってんだよ!?」

翔矢が、綾奈の腕を抑えて止めようとすると、
綾奈は、真剣な顔で翔矢に言った。

綾奈「お願い、黙って見てて・・・」
翔矢「見ててって・・・輝君との約束だから・・・」

翔矢は、それ以上綾奈を止める事が出来なかった。
そして綾奈は、ゆっくりではあったが躊躇する事なく服を脱ぎ、
やがて一糸まとわぬ姿になった。
翔矢は、思わずその綾奈の裸体に見惚れてしまった。
見ちゃいけないと思いながらも、
金縛りにあったかのように視線を逸らす事も出来なかった。
綾奈の上から下まで露になり、綾奈は、それを隠そうともしなかった。
けれども綾奈は、そんな翔矢の視線をも気にせず、
輝明の足元に立ち、輝明を見つめた。

綾奈(まだ、輝君の気持ちに応えられるよね・・・)

綾奈の心にあったのは、夏休みにした輝明との約束だった。

輝明「もし、俺が高校に合格したら・・・」

そして綾奈は、ゆっくりとひざまずくと、
そのまま輝明の亡骸に添い寝したのである。
それを見た翔矢は愕然となった。

翔矢(これが・・・約束・・・)

もう翔矢には、じっとそれを見守るしか出来なかった。
翔矢には、確かに見えたのだ。
裸になった綾奈を抱きしめる輝明の姿が・・・
そして、翔矢の目頭は熱くなった。
それは、感動でも悲しみでも怒りでもない、
悔しさ・・・いや、敗北の涙であった。
兄貴に負けた・・・翔矢はそう思った。
やっぱり忘れられなかったのだ。綾奈が好きな気持ちは。
他の人を好きになろうとして付き合っても・・・
それでも綾奈が好きだった。
だから翔矢は、もうそれ以上見ていられなかった。
次の瞬間、翔矢は、綾奈を輝明から強引に引き離していた。

翔矢「もうやめろよ!!」

そして翔矢は、生まれたままの姿の綾奈を抱きしめ、その口唇を奪っていた。

翔矢(兄貴は死んだんだ! だから、生きている俺を見てくれ!!)

翔矢は、綾奈から輝明の亡霊が消えるまで、口唇を離そうとはしなかった。
綾奈も、そんな翔矢に抵抗しようともしなかった・・・

しばらくして、口唇を離した翔矢は、綾奈に背中を向けて言った。

翔矢「もう、服着ろよ。風邪引くぞ。」

すると綾奈は、翔矢の言葉に素直に従い服を着た。
翔矢は、綾奈が服を着たのを確認すると、綾奈に向かって言った。

翔矢「なあ、綾奈。兄貴の写真撮ってやれば?」
綾奈「・・・そうだね。輝君に教えてもらったんだもんね。」

綾奈は、輝明の部屋からカメラを持ってきて、
それで輝明の写真を撮った。
そんな綾奈の姿を見つめながら、翔矢はある決意をしていた。


その翌日、輝明の通夜が行われた。
さらに翌日、告別式が行われ、輝明の亡骸は焼かれ、骨になった。
そして綾奈は、自分で持ち続けるため、輝明の骨をひとかけらもらった。

その後、高校の合格発表が行われ、輝明は高校に合格した。
輝明もまた、きちんと約束を果たしたのだった。
そして、中学校では、輝明が出席するはずだった卒業式が行われ、
輝明の友達は、皆、中学校を巣立っていった。
綾奈も、中1時代を終えて進級した。

ただ・・・

進級を前に、翔矢にはケジメをつけなければならない事があった。
それは、奈津美に対するケジメだった。

翔矢「その・・・別れたいんだ・・・」

翔矢は、怒られるかハンパなく愛想を尽かされるかの覚悟だったが、
それを聞いた奈津美は、なぜか笑っていた。

奈津美「やっぱりね。」

それは、翔矢の想定外の反応だった。
奈津美は、さばさばとしていた。

奈津美「分かってたよ。翔矢君には他に好きな人がいるんだなって。」
 翔矢「・・・・」
奈津美「でも、そんな翔矢君に興味があったから・・・」
 翔矢「本当にごめん・・・」
奈津美「謝らなくてもいいよ。結構楽しかったし。
    忘れられないくらい・・・」


そして奈津美は言った。

奈津美「じゃあ、最後にお願い聞いて欲しいんだ。」
 翔矢「・・・何?」
奈津美「これさ、悪いんだけど、私がフッたことにしてくれない?
    私って、結構ええかっこしいだから。」

 翔矢「・・・ああ、分かったよ。」
奈津美「ありがと、翔矢君。」

奈津美は、翔矢から離れると、笑顔で翔矢に言った。

奈津美「じゃあ、これでバイバイね。
    でも、街で会ったら、友達として仲良くしてね。
    じゃあね、翔矢君。」


こうして2人は、こじれる事もなく別れた。
ただ、翔矢は、ものすごく罪深い事をしてしまった気がして、
それからしばらく、気持ちが晴れない日が続いた。
けれども、これも全ては、自分の気持ちに素直になるため・・・


こうして翔矢は、綾奈と一緒に中2時代を迎えたのだった。

第15話

輝明は、無言の帰宅をした。
輝明は自宅の仏間に安置され、輝明の突然の訃報を聞いた弔問客が次々と訪れた。
綾奈は、そんな輝明の傍らで正座していた。
これより前、綾奈は、
輝明よりも先に帰宅し、シャワーを浴びて着替えを済ませていた。
その時、自分でも信じられないほど綾奈は気丈だった。
家に帰る事も、シャワーを浴びる事も、着替える事も淡々と出来た。
輝明が死んだというのに・・・
自分の薄情さに綾奈は呆れてしまったが、
輝明から離れたら、輝明が死んだ事が信じられなくなってしまったのだ。
何しろ、一歩外に出たら、そこはいつもと変わらない景色なのだ。
輝明が生きていた時のままと全く変わらない。
帰りの道も、帰ってきた家も、何も変わっていない。
そんな景色を見続けていたら、
輝明が死んだ事を忘れそうになるくらい、それが信じられなくなった。
けれども・・・着替えを終えて輝明の家に行ったら、
そこには確かに輝明の亡骸があった。
でも、本当に死んでしまったのか・・・まだ信じられない。
綾奈は、弔問客になど目もくれず、
白布のかかった輝明の顔をじっと見つめ続けた。

やがて弔問客もいなくなり、時計も午後11時を回ろうとしていた。
しかし、綾奈はそこを動かなかった。
誰が綾奈を呼びに来ても、綾奈は、輝明の傍を離れようとはしなかった。
夕飯も食べず、ただ黙って、じっと輝明の顔を見つめ続けた。
そんな綾奈の姿を見て、輝明の母親も気丈さを取り戻していた。

母親「きっと、輝明がさみしがってるのよ。綾奈ちゃんに傍にいて欲しくて。」

ただ、やはり綾奈に何も食べさせないわけにもいかなかった。
綾奈は、昼も食べていない状態なのだ。
すると、輝明の母親は、
大皿にいっぱいのおにぎりを作り、それを翔矢に持たせた。
翔矢ならば・・・母親は、そう思ったのだ。
翔矢が仏間に入った。

翔矢「綾奈、飯食おうぜ。母さんがおにぎり作ってくれたから。」

しかし、綾奈は見向きもしない。
けれども翔矢は、こう言えば綾奈が振り向くような気がした。

翔矢「兄貴も腹減ってるってさ。」

その時、翔矢は、綾奈が微妙に反応したのを見逃さなかった。

翔矢「兄貴だって、晩飯食ってないんだぜ。」
綾奈「・・・そうだね。輝君もおなか空いたって言ってる。」

綾奈が久しぶりに口を開いた。
翔矢は、綾奈の傍らに大皿を置くと、そこからおにぎりをひとつ取って食べた。

翔矢「ほら、綾奈も食えよ。」
綾奈「私は、輝君が食べ終わってからでいいよ・・・」
翔矢「なに付き合い悪い事言ってんだよ。
   みんなで食べようって時に1人だけ食べない奴がいたら白けるだろうが。
   一緒に食おうぜ。兄貴だって、食えって言ってるだろうが。」

綾奈「うん・・・でも、お腹空いてないから・・・」

梨のつぶての綾奈を見て、翔矢は、ちょっとだけキレた。
やれやれと大きくため息をつくと、翔矢は言った。

翔矢「お前、死にたいのか?」
綾奈「・・・・」
翔矢「そういう顔してるよ。何かどうでもいいって感じのさ。
   だけどお前、久留美が危篤の時、どう思ってた?
   生きろって思わなかったか? 久留美に頑張れって思わなかったか?」

綾奈「・・・・」
翔矢「そのお前が何だよ、その顔はよ。他人に生きろって言っておいて、
   兄貴が死んだくらいで、死にそうです、死にたいですって顔は!?」


兄貴が死んだくらい・・・その言葉に、綾奈が声を荒げた。

綾奈「何その言い方? 輝君が死んだんだよ! それくらいって何よ!?」
翔矢「そうだ、兄貴は死んだよ。綾奈が悲しいのだって分かるよ。
   だけどな、俺にとっては兄貴は全てじゃないし、
   綾奈にとっても、兄貴は全てじゃないだろうが!!」

綾奈「ち、違・・・」

綾奈は、言葉に詰まった。その時、頭によぎったものが詰まらせたのだ。
頭によぎったもの・・・それは、翔矢と久留美だった。
翔矢の言うとおりだった。自分にとって輝明は全てではなかった。
それを認めたくない自分もいた。
恋人とは、お互いが相手に全てを依存する関係・・・
そう思っていた綾奈にとって、輝明が全てではないと認める事は、
輝明との恋人関係の否定、つまり嘘だったと認める事になる。
けれども、久留美や翔矢の事を思うと、
輝明を思うのと同じ時くらい胸が熱くなるのだった。
認めたくないのに・・・綾奈は、それを認めざるを得なかった。

翔矢「綾奈には、まだ久留美がいるし・・・俺もいるだろうが・・・」

その言葉が、綾奈の心に強く響いた。

翔矢「あ、そうだ。綾奈が兄貴に渡した弁当箱、すっごく綺麗に食べられてたぜ。
   米粒ひとつ残ってなかった。よほどうまい弁当だったんだろうな。」


綾奈は、穏やかな顔でまた輝明の顔を見ていた。
すると翔矢は、輝明の顔にかかっていた白布を取った。
真っ白な顔で安らかに眠る輝明の顔が見えた。

翔矢「そんな布越しに見てないで、直接見ればいいじゃん。」
綾奈「・・・・」
翔矢「俺だって信じられないさ。兄貴が死んだなんてさ。
   だから泣く事も出来ない。泣いたら兄貴に馬鹿にされそうだからな。
   でも、兄貴は薄情な奴だって怒ってるだろうな。」

綾奈「ねぇ、翔君・・・」
翔矢「ん?」
綾奈「だったら、一緒に泣こうか?」
翔矢「そんな事言われても急には泣けねぇよ・・・」
綾奈「じゃあ、私が泣くから抱きしめてくれる?」

綾奈は、小首を傾げて翔矢に言った。
不意の綾奈の言葉に、翔矢はきょとんとした。

綾奈「輝君の顔見てたら、ちょっと辛くなってきちゃった。」
翔矢「・・・・」
綾奈「ねぇ、いい?」
翔矢「あ、ああ、いいよ・・・」

すると綾奈は、翔矢の胸の中に顔を埋め静かに泣き始めた。
今まで堪えていたものを少しずつ少しずつ開放するように、
綾奈は、長い時間、静かに泣き続けた。
翔矢は、そんな綾奈の体を優しく抱きしめ、それからしばらくの時間が過ぎた・・・

やがて、綾奈の涙も枯れ果てようとしていた。
綾奈は、輝明と同じぬくもりと匂いのする翔矢の胸の中で、
輝明との思い出を懐古していた。
そして綾奈は、あの約束を思い出した。
それは、夏休みに輝明とした約束・・・
綾奈は、心の中で輝明に語りかけていた。

綾奈(約束を果たせば、15歳の人生でも満足出来る?)

そして綾奈は、翔矢の胸の中から離れた。

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