"やいたもん"の文学館

大きな人生の転機がありました・・・

十三時代〜とさみち〜(完結)

[ リスト | 詳細 ]

少年少女の13歳の物語です
記事検索
検索

全4ページ

[1] [2] [3] [4]

[ 次のページ ]

最終話

久留美が長い闘病生活を終えて帰宅した夜、
綾奈と翔矢は、輝明の時と同じ仏間に安置された久留美と一夜を共にした。
綾奈は、久留美に思い出を語りかけながら、
久留美の写真を何枚も撮り、
静かに眠る久留美とツーショットやスリーショット写真を撮ったりした。
そして、綾奈が久留美にキスをすると、
それに続いて、翔矢も最初で最後のキスを冷たい久留美の口唇にした。
それは、双子の片割れとして、
また幼馴染みという友としての最後のたむけであった。
綾奈は、それを写真に収めた。

綾奈「何か、お別れなのに、お別れっていう気がしないね。」
翔矢「久留美がいるからだろう・・・見えないところにさ。」
綾奈「そうたね。この辺にいて、いろいろ言ってるんだろうね。」
翔矢「でも綾奈。そんな事言って明日泣くなよ。」
綾奈「ううん、思いっきり泣く。泣きたいもん。」
翔矢「何だそれ?」
綾奈「気が済むまで泣いたら・・・私、次の日から、生きていけそうだから。」
翔矢「・・・・」

その時だった。翔矢の心に久留美が語りかけてきたような気がしたのは。
久留美が、まだここにいる内に、しておかなければならない事・・・
翔矢は、久留美に背中を押されたような気がした。

翔矢「綾奈・・・だったら、俺と一緒に生きていかないか?」
綾奈「え・・・」
翔矢「俺・・・お前の事、ずっと守りたい・・・」

それは、2人がずっと待っていた瞬間だった。
今まで言いたくてずっと言えなかった事、
今まで聞きたくて仕方なかった言葉、
今、突然その時が来て、2人は静かに見つめ合った。

綾奈「・・・本当に、私の事守ってくれる?」
翔矢「久留美の前で嘘は言わない・・・
   俺と・・・結婚しよう。」


それは、輝明でさえ綾奈に言えなかった言葉。
それを言った瞬間、翔矢は輝明を超えた・・・
翔矢は、綾奈をそっと抱き寄せた。

綾奈「ずっと、私の傍にいるって約束してね。」
翔矢「・・・ああ。とりあえず、綾奈が死ぬまでは死なないさ。」
綾奈「絶対だからね・・・」

その時、翔矢は、久留美の声が聞こえた気がした。

「クサイ奴・・・」

でも、そう言った久留美の顔は笑っている気がした。
そして・・・その翌日、久留美の通夜が行われ、
さらに翌日、葬儀が行われて、久留美は骨になった・・・


それから・・・月日は流れて半年後。
11月18日、綾奈は14歳の誕生日を迎えた。
その夜は、綾奈の家と翔矢の家の総出で綾奈の誕生日が祝われる事になっていた。
そして、その日の夕方、
綾奈と翔矢は、輝明と久留美が眠る墓所を訪れた。
天気は晴朗、風はさわやか、空は美しく赤く染まっていた。

翔矢「綾奈は、相変わらず、毎日ここに来てるのか?」
綾奈「もちろん。輝君や久留美に撮った写真を見せたり、
   愚痴を聞いてもらったりしてる。」

翔矢「綾奈にも愚痴があるんだ。」
綾奈「うん。翔君が部活で忙しくて、デートに連れてってもらえないとか、
   そのくせ試合の時は弁当作れってうるさくてとか、
   毎日仏壇には手を合わせてねって言ってるのにしないとか。」

翔矢「俺の愚痴ばっかかえ?」
綾奈「うん。」
翔矢「嬉しそうにうなずきやがって。」

翔矢は、墓前に背を向けると、そこから見える景色に見入った。
自分の家の屋根も見える。

翔矢「俺たちって、毎日兄貴や久留美に見られてんだな。」
綾奈「そうだよ。だから、だらしない事してたら、すぐに怒られちゃうんだから。」
翔矢「うらめしや〜ってか?」

2人は、大声で笑った。
そのあと、綾奈は、しばらく墓標を見つめていた。
神戸家之墓・・・
神戸輝明 享年15・・・
神戸久留美 享年14・・・

綾奈「ねぇ、翔君。翔君と結婚したら、私もこのお墓に入るんだよね?」
翔矢「え? ま、まぁな。」

神戸綾奈・・・私は、どれくらいまで生きるんだろう。
2人のお祖母ちゃんとか、ひいお祖母ちゃんの年齢まで生きるのかな・・・
そんな事を思って、綾奈は、ちょっと笑ってしまった。

翔矢「俺たちまだ中学生だぜ。墓入る話なんてすんなよ。」
綾奈「だって、輝君と久留美がいるところだもん。楽しみで・・・」
翔矢「楽しみぃ? 勘弁してください。」
綾奈「いいじゃない。だって、ここが私の故郷だもん。」
翔矢「・・・・」
綾奈「私は、翔君に守ってもらって幸せな一生を送る。
   でも、それだけじゃない。死んでも、みんなと一緒の世界が待ってる。
   私には、一生を終えた時に待っててくれる人がいる。
   いつでも帰れる場所がある・・・」


そう言った瞬間、綾奈の頬に熱いものが一筋流れたが、
それを黄昏時の少し冷たい風が乾かした・・・

綾奈「でも・・・」

そう言うと、綾奈は翔矢と向き合った。

綾奈「翔君、浮気したら許さないよ。絶対に私をお嫁さんにしてね。」
翔矢「・・・分かってる。」
綾奈「幸せにしてね。」
翔矢「分かってる・・・」
綾奈「一緒に、人生満足しようね。」
翔矢「ああ・・・」
綾奈「じゃあ、誓いのキス。」

翔矢は、輝明と久留美が見つめる前で、綾奈にキスをした。

綾奈「それじゃ行こうか。私の14歳の誕生日を祝ってもらいに。」

そして2人は、仲良く手をつなぐと、
「また来るね」と言い残して、神戸家の墓所を後にした。


こうして、綾奈の十三時代は終わった。

第17話

輝明の死が久留美に伝えられたのは、
輝明の葬儀の後、だいぶ経ってからだった。
久留美の容態が完全に落ち着くまで、心労になるような事を避けたのだ。
そんな久留美に輝明の死を伝えたのは、綾奈と翔矢だった。
久留美は最初、2人がからかっているのだと思って信じなかったが、
真実だと分かると、久留美は、しばらく言葉を失った後、こうつぶやいた。

久留美「私・・・お兄ちゃんに助けられたんだ・・・」

今にして思えば、本当にそうだったのかも知れない。
久留美の命を守るために輝明が・・・
綾奈が、あの夜撮った輝明の死に顔の写真を久留美に見せると、
しばらく写真を見つめた後、少し口元を緩ませた。

久留美「最後の晴れ舞台なのに、最後まで冴えないな・・・」

久留美らしい毒舌だった。
けれどもその時、久留美は、自分の死に顔を想像して輝明の顔に重ねていた。
そして久留美は、翔矢にこう言ったのだった。

久留美「今度は、翔矢が綾奈を守ってあげる番だよ。」
 翔矢「いきなりなんだよ、それ・・・」
久留美「翔矢も分かってるんでしょ?」

意味深に笑う久留美に、翔矢は何も言えなかった。


新学期が始まって、綾奈は、翔矢が奈津美と別れた事を知った。
何で・・・と聞きたかったが、綾奈は、それを翔矢に聞けなかった。
その話を聞いた時、綾奈は、なぜかホッとしてしまったからだ。
他人の不幸を喜ぶなんて・・・と思いながら、
正直な気持ちを言えば・・・嬉しかった。
翔矢が自分のところに戻ってきてくれたような気がした。
本当に勝手だけれど、また、昔の幼馴染みに戻れるような気がした。

それは、翔矢も同じだった。
そのために、ケジメをつけたのだから・・・

綾奈は放課後、毎日のように輝明の墓に寄り道をしていた。
輝明の墓は、綾奈が輝明から告白を受けた城山の北側にある
お寺の後ろの山肌の高いところにあった。
そこは、見晴らしのいい場所で、
城山と同じように、綾奈たちが住む町を見下ろす事が出来た。
そして、もちろん久留美の見舞いも欠かさなかった。
時間があれば、綾奈は、出来るだけ久留美のところに通い続けた。
けれども、綾奈だけではなかった。
翔矢も、時間がある時は、そんな綾奈に付き添った。

そんな生活になって1ヶ月。
翔矢と久留美は、14歳の誕生日を迎えた。
今年は、久留美の病室で、久留美、綾奈、翔矢の3人の誕生日だった。

久留美「まさか、14歳になれるとは思わなかった・・・」
 翔矢「生きてれば、年を取るのは当たり前。」
久留美「そうだね・・・よく生きられたなぁ、私も。」
 翔矢「来年も同じセリフ言えよ。」
久留美「どうかな・・・」

その久留美の声は、少し弱々しかった。
久留美は、あの危篤以来、徐々に覇気を失いつつあった。
回復しているはずなのに、食欲は次第に落ち、
体も以前よりかなり痩せてしまっていた。
本当に終わりが近付いているかも知れない・・・
それは、久留美だけでなく、綾奈や翔矢も思う事があった。
そんな最近の久留美の口癖が・・・

久留美「何か、疲れちゃった・・・」
 翔矢「また言ったぁ。それは言っちゃダメって言ってるでしょう。」
久留美「・・・ねぇ、綾奈。もし、私がリタイヤしたら・・・
    リタイヤしたら、綾奈は許してくれる?」

 綾奈「なに・・・それ・・・」
久留美「本当に疲れちゃった・・・あっちにはお兄ちゃんも待ってるし・・・」
 綾奈「ダメ!! 何でそういう事言うの? 今日は誕生日だよ。
    なのに、そんな事言うなんて・・・」


綾奈は、次第に涙声になっていた。
そんな綾奈を見て、久留美は優しく微笑んだ。

久留美「だから大好きだよ。綾奈は、私のために本気で泣いてくれる。
    世界で一番大好きだよ、綾奈。」

 綾奈「私もだよ。だから行かないで・・・」
久留美「私はどこにも行かないよ。もし死んじゃってもずっと綾奈の傍にいる。
    だから、綾奈も、ずっと私の傍にいてね。」


綾奈は、久留美に寄り添った。
すると久留美は、そんな綾奈をうながして、久しぶりに口唇でキスをした。

久留美「私と綾奈って、こういう関係なんだ。」
 翔矢「・・・あっ、そ・・・」
久留美「翔矢にもキスしてあげようか?」
 翔矢「アホか・・・」

ただ翔矢は、その時久留美が見せたおどけた笑顔が、妙に印象に残った。
その誕生会が終わった翌日、綾奈と翔矢が病室で一泊して帰る時、
久留美は、2人を呼び止めて言った。

久留美「綾奈、翔矢の事お願いね。
    翔矢も、ちゃんと綾奈を守ってあげてね。」

 綾奈「久留美・・・」

2人は、ちゃんと返事をせず、
綾奈が「じゃあね」とだけ言って病室を後にした。
それが、2人が久留美の元気な姿を見る最後だった。

その2日後。容態が急変し、再び危篤状態に陥った久留美は、
綾奈と翔矢が病院に駆けつけるのを待たずに、そのまま息を引き取った。
享年14歳。
他人から見れば、僅か14年の一生だったかも知れない。
けれども久留美は、最後の最後で、満面の笑みを浮かべて旅立った。
それが、14年の人生に対する久留美の答えだった。

第16話

綾奈は、翔矢の前で立ち上がると、
翔矢が見ている前にも関わらず、おもむろに服を脱ぎ始めた。

翔矢「な、何やってんだよ!?」

翔矢が、綾奈の腕を抑えて止めようとすると、
綾奈は、真剣な顔で翔矢に言った。

綾奈「お願い、黙って見てて・・・」
翔矢「見ててって・・・輝君との約束だから・・・」

翔矢は、それ以上綾奈を止める事が出来なかった。
そして綾奈は、ゆっくりではあったが躊躇する事なく服を脱ぎ、
やがて一糸まとわぬ姿になった。
翔矢は、思わずその綾奈の裸体に見惚れてしまった。
見ちゃいけないと思いながらも、
金縛りにあったかのように視線を逸らす事も出来なかった。
綾奈の上から下まで露になり、綾奈は、それを隠そうともしなかった。
けれども綾奈は、そんな翔矢の視線をも気にせず、
輝明の足元に立ち、輝明を見つめた。

綾奈(まだ、輝君の気持ちに応えられるよね・・・)

綾奈の心にあったのは、夏休みにした輝明との約束だった。

輝明「もし、俺が高校に合格したら・・・」

そして綾奈は、ゆっくりとひざまずくと、
そのまま輝明の亡骸に添い寝したのである。
それを見た翔矢は愕然となった。

翔矢(これが・・・約束・・・)

もう翔矢には、じっとそれを見守るしか出来なかった。
翔矢には、確かに見えたのだ。
裸になった綾奈を抱きしめる輝明の姿が・・・
そして、翔矢の目頭は熱くなった。
それは、感動でも悲しみでも怒りでもない、
悔しさ・・・いや、敗北の涙であった。
兄貴に負けた・・・翔矢はそう思った。
やっぱり忘れられなかったのだ。綾奈が好きな気持ちは。
他の人を好きになろうとして付き合っても・・・
それでも綾奈が好きだった。
だから翔矢は、もうそれ以上見ていられなかった。
次の瞬間、翔矢は、綾奈を輝明から強引に引き離していた。

翔矢「もうやめろよ!!」

そして翔矢は、生まれたままの姿の綾奈を抱きしめ、その口唇を奪っていた。

翔矢(兄貴は死んだんだ! だから、生きている俺を見てくれ!!)

翔矢は、綾奈から輝明の亡霊が消えるまで、口唇を離そうとはしなかった。
綾奈も、そんな翔矢に抵抗しようともしなかった・・・

しばらくして、口唇を離した翔矢は、綾奈に背中を向けて言った。

翔矢「もう、服着ろよ。風邪引くぞ。」

すると綾奈は、翔矢の言葉に素直に従い服を着た。
翔矢は、綾奈が服を着たのを確認すると、綾奈に向かって言った。

翔矢「なあ、綾奈。兄貴の写真撮ってやれば?」
綾奈「・・・そうだね。輝君に教えてもらったんだもんね。」

綾奈は、輝明の部屋からカメラを持ってきて、
それで輝明の写真を撮った。
そんな綾奈の姿を見つめながら、翔矢はある決意をしていた。


その翌日、輝明の通夜が行われた。
さらに翌日、告別式が行われ、輝明の亡骸は焼かれ、骨になった。
そして綾奈は、自分で持ち続けるため、輝明の骨をひとかけらもらった。

その後、高校の合格発表が行われ、輝明は高校に合格した。
輝明もまた、きちんと約束を果たしたのだった。
そして、中学校では、輝明が出席するはずだった卒業式が行われ、
輝明の友達は、皆、中学校を巣立っていった。
綾奈も、中1時代を終えて進級した。

ただ・・・

進級を前に、翔矢にはケジメをつけなければならない事があった。
それは、奈津美に対するケジメだった。

翔矢「その・・・別れたいんだ・・・」

翔矢は、怒られるかハンパなく愛想を尽かされるかの覚悟だったが、
それを聞いた奈津美は、なぜか笑っていた。

奈津美「やっぱりね。」

それは、翔矢の想定外の反応だった。
奈津美は、さばさばとしていた。

奈津美「分かってたよ。翔矢君には他に好きな人がいるんだなって。」
 翔矢「・・・・」
奈津美「でも、そんな翔矢君に興味があったから・・・」
 翔矢「本当にごめん・・・」
奈津美「謝らなくてもいいよ。結構楽しかったし。
    忘れられないくらい・・・」


そして奈津美は言った。

奈津美「じゃあ、最後にお願い聞いて欲しいんだ。」
 翔矢「・・・何?」
奈津美「これさ、悪いんだけど、私がフッたことにしてくれない?
    私って、結構ええかっこしいだから。」

 翔矢「・・・ああ、分かったよ。」
奈津美「ありがと、翔矢君。」

奈津美は、翔矢から離れると、笑顔で翔矢に言った。

奈津美「じゃあ、これでバイバイね。
    でも、街で会ったら、友達として仲良くしてね。
    じゃあね、翔矢君。」


こうして2人は、こじれる事もなく別れた。
ただ、翔矢は、ものすごく罪深い事をしてしまった気がして、
それからしばらく、気持ちが晴れない日が続いた。
けれども、これも全ては、自分の気持ちに素直になるため・・・


こうして翔矢は、綾奈と一緒に中2時代を迎えたのだった。

第15話

輝明は、無言の帰宅をした。
輝明は自宅の仏間に安置され、輝明の突然の訃報を聞いた弔問客が次々と訪れた。
綾奈は、そんな輝明の傍らで正座していた。
これより前、綾奈は、
輝明よりも先に帰宅し、シャワーを浴びて着替えを済ませていた。
その時、自分でも信じられないほど綾奈は気丈だった。
家に帰る事も、シャワーを浴びる事も、着替える事も淡々と出来た。
輝明が死んだというのに・・・
自分の薄情さに綾奈は呆れてしまったが、
輝明から離れたら、輝明が死んだ事が信じられなくなってしまったのだ。
何しろ、一歩外に出たら、そこはいつもと変わらない景色なのだ。
輝明が生きていた時のままと全く変わらない。
帰りの道も、帰ってきた家も、何も変わっていない。
そんな景色を見続けていたら、
輝明が死んだ事を忘れそうになるくらい、それが信じられなくなった。
けれども・・・着替えを終えて輝明の家に行ったら、
そこには確かに輝明の亡骸があった。
でも、本当に死んでしまったのか・・・まだ信じられない。
綾奈は、弔問客になど目もくれず、
白布のかかった輝明の顔をじっと見つめ続けた。

やがて弔問客もいなくなり、時計も午後11時を回ろうとしていた。
しかし、綾奈はそこを動かなかった。
誰が綾奈を呼びに来ても、綾奈は、輝明の傍を離れようとはしなかった。
夕飯も食べず、ただ黙って、じっと輝明の顔を見つめ続けた。
そんな綾奈の姿を見て、輝明の母親も気丈さを取り戻していた。

母親「きっと、輝明がさみしがってるのよ。綾奈ちゃんに傍にいて欲しくて。」

ただ、やはり綾奈に何も食べさせないわけにもいかなかった。
綾奈は、昼も食べていない状態なのだ。
すると、輝明の母親は、
大皿にいっぱいのおにぎりを作り、それを翔矢に持たせた。
翔矢ならば・・・母親は、そう思ったのだ。
翔矢が仏間に入った。

翔矢「綾奈、飯食おうぜ。母さんがおにぎり作ってくれたから。」

しかし、綾奈は見向きもしない。
けれども翔矢は、こう言えば綾奈が振り向くような気がした。

翔矢「兄貴も腹減ってるってさ。」

その時、翔矢は、綾奈が微妙に反応したのを見逃さなかった。

翔矢「兄貴だって、晩飯食ってないんだぜ。」
綾奈「・・・そうだね。輝君もおなか空いたって言ってる。」

綾奈が久しぶりに口を開いた。
翔矢は、綾奈の傍らに大皿を置くと、そこからおにぎりをひとつ取って食べた。

翔矢「ほら、綾奈も食えよ。」
綾奈「私は、輝君が食べ終わってからでいいよ・・・」
翔矢「なに付き合い悪い事言ってんだよ。
   みんなで食べようって時に1人だけ食べない奴がいたら白けるだろうが。
   一緒に食おうぜ。兄貴だって、食えって言ってるだろうが。」

綾奈「うん・・・でも、お腹空いてないから・・・」

梨のつぶての綾奈を見て、翔矢は、ちょっとだけキレた。
やれやれと大きくため息をつくと、翔矢は言った。

翔矢「お前、死にたいのか?」
綾奈「・・・・」
翔矢「そういう顔してるよ。何かどうでもいいって感じのさ。
   だけどお前、久留美が危篤の時、どう思ってた?
   生きろって思わなかったか? 久留美に頑張れって思わなかったか?」

綾奈「・・・・」
翔矢「そのお前が何だよ、その顔はよ。他人に生きろって言っておいて、
   兄貴が死んだくらいで、死にそうです、死にたいですって顔は!?」


兄貴が死んだくらい・・・その言葉に、綾奈が声を荒げた。

綾奈「何その言い方? 輝君が死んだんだよ! それくらいって何よ!?」
翔矢「そうだ、兄貴は死んだよ。綾奈が悲しいのだって分かるよ。
   だけどな、俺にとっては兄貴は全てじゃないし、
   綾奈にとっても、兄貴は全てじゃないだろうが!!」

綾奈「ち、違・・・」

綾奈は、言葉に詰まった。その時、頭によぎったものが詰まらせたのだ。
頭によぎったもの・・・それは、翔矢と久留美だった。
翔矢の言うとおりだった。自分にとって輝明は全てではなかった。
それを認めたくない自分もいた。
恋人とは、お互いが相手に全てを依存する関係・・・
そう思っていた綾奈にとって、輝明が全てではないと認める事は、
輝明との恋人関係の否定、つまり嘘だったと認める事になる。
けれども、久留美や翔矢の事を思うと、
輝明を思うのと同じ時くらい胸が熱くなるのだった。
認めたくないのに・・・綾奈は、それを認めざるを得なかった。

翔矢「綾奈には、まだ久留美がいるし・・・俺もいるだろうが・・・」

その言葉が、綾奈の心に強く響いた。

翔矢「あ、そうだ。綾奈が兄貴に渡した弁当箱、すっごく綺麗に食べられてたぜ。
   米粒ひとつ残ってなかった。よほどうまい弁当だったんだろうな。」


綾奈は、穏やかな顔でまた輝明の顔を見ていた。
すると翔矢は、輝明の顔にかかっていた白布を取った。
真っ白な顔で安らかに眠る輝明の顔が見えた。

翔矢「そんな布越しに見てないで、直接見ればいいじゃん。」
綾奈「・・・・」
翔矢「俺だって信じられないさ。兄貴が死んだなんてさ。
   だから泣く事も出来ない。泣いたら兄貴に馬鹿にされそうだからな。
   でも、兄貴は薄情な奴だって怒ってるだろうな。」

綾奈「ねぇ、翔君・・・」
翔矢「ん?」
綾奈「だったら、一緒に泣こうか?」
翔矢「そんな事言われても急には泣けねぇよ・・・」
綾奈「じゃあ、私が泣くから抱きしめてくれる?」

綾奈は、小首を傾げて翔矢に言った。
不意の綾奈の言葉に、翔矢はきょとんとした。

綾奈「輝君の顔見てたら、ちょっと辛くなってきちゃった。」
翔矢「・・・・」
綾奈「ねぇ、いい?」
翔矢「あ、ああ、いいよ・・・」

すると綾奈は、翔矢の胸の中に顔を埋め静かに泣き始めた。
今まで堪えていたものを少しずつ少しずつ開放するように、
綾奈は、長い時間、静かに泣き続けた。
翔矢は、そんな綾奈の体を優しく抱きしめ、それからしばらくの時間が過ぎた・・・

やがて、綾奈の涙も枯れ果てようとしていた。
綾奈は、輝明と同じぬくもりと匂いのする翔矢の胸の中で、
輝明との思い出を懐古していた。
そして綾奈は、あの約束を思い出した。
それは、夏休みに輝明とした約束・・・
綾奈は、心の中で輝明に語りかけていた。

綾奈(約束を果たせば、15歳の人生でも満足出来る?)

そして綾奈は、翔矢の胸の中から離れた。

第14話

今日の輝明は絶好調だった。
試験勉強でのヤマがドンピシャで的中し、
これまで経験した事が無いくらいにスラスラと問題が解けていた。

輝明(俺ってこんなに天才だったっけ?)

今日の輝明は、図に乗ってもこけなかった。
順調なのが怖くなるくらい、全てがうまく行っていたのだ。

輝明(これなら、いい報告が出来そうだ。)

輝明は、3教科目くらいには、
もう帰った後の事を考えられるくらい余裕だった。
綾奈にも、ぜんぜん顔向けが出来る。
けれども・・・人は幸せな時ほど忘れるものだ。
幸せは、時に誰かの不幸を代償にすることもある事を。
その輝明の幸運も、あるいは例外ではなかったのかも知れない・・・


翔矢と綾奈が病院にかけつけた時、
久留美はすでに集中治療室に移され、面会謝絶の状態になっていた。
本当に、医者も想定していなかった急な容態悪化だったという。
何の前触れもなく、突然苦しみだし、そして運ばれたという事だ。
久留美の母親だけが病院に来ていて、父親は今こっちに向かっていると言う。
しかし、輝明は大切な受験の最中なので、
電話もメールも一切連絡をしていなかった。
綾奈は、必死に祈った。

綾奈(神様、どうか久留美を助けてください。助けて・・・
  久留美、絶対諦めちゃ駄目だよ!)


しかし、そんな綾奈によぎるのは、
昨日見た悪夢と久留美のあの言葉だった。

「どうしたら13歳で人生満足出来るかな」

全ては、今日の暗示だったのか・・・そう思うと、絶望的にもなりかけた。
けれども綾奈は、気を持ち直し強く祈った。

綾奈(13歳でなんか人生満足出来ない。
  満足したいなら生きて! 私と一緒に生きていこう!!)


それから長い時間が過ぎた。
やがて、父親も合流し、何時間も過ぎたが、
集中治療室からは、何度も医師や看護師が慌しく出入りを繰り返すだけで、
何が起きているのかも全く分からない。
ただ、それが続いている限りは、久留美は死んでいないという事。
むしろ、それが終わってしまう事の方が怖かった。
助かればいいけれど、もし、駄目だったら・・・
綾奈は、待つだけの苦しさのあまり、
それが永遠に続いていてくれればいいなんて事さえ思ってしまった。

しかし・・・

いつしか、それは終わっていた。
医師や看護師の出入りがほとんどなくなり、
久留美がいるはずの集中治療室は静かになっていた。
綾奈がふと時計を見ると、午後6時。
一般病棟では夕食の時間。そんな匂いも微かに漂っていた。
そして、久留美の担当医が、ようやく集中治療室を出てきた。

担当医「・・・峠は、越えました。」

その一言を聞いた母親は、泣いて父親に抱きつき、
綾奈は、あまりもの脱力感に腰砕けになったところを翔矢に支えられた。
当分安静が必要ではあるものの、命の危機は去ったとの事だった。
綾奈は、早速、自分の家族に
久留美の無事を連絡しようと携帯電話を取った。
すると、久留美を心配する友達からのメールがいっぱい入っていた。
それは翔矢も同じだった。
それを見た綾奈は、嬉しくて目頭が熱くなった。

綾奈(みんなのおかげだね。やっぱり死んじゃ駄目だよ。)

その時だった。ふと気付いた翔矢が言った。

翔矢「あれ? 誰か兄貴に連絡した?」
父親「そういえばしてないな。母さんは?」
母親「してない。」
翔矢「おいおい。今頃、家に帰っても誰もいないから怒ってるぞ。」

翔矢が言うと、綾奈も一緒になってみんなで大笑いした。
ところが・・・そんな安堵感に満ち溢れた久留美の両親に、
いつも見慣れた看護師さんが、息を切らしながら慌てて駆け寄ってきた。
そして、その看護師が発した言葉に誰もが愕然とした。

翔矢と綾奈はすぐに駆けていた。向かったのは病院の救急治療室。
そこにいたのは輝明だった。
今から少し前、輝明が事故に遭い病院に運ばれてきたのだという。
受験を終えて帰る途中の事だった。
そういえば、久留美を待っていた時、遠くに救急車のサイレンが聞こえていた。
しかし、病院ではそれは毎日のようにある事。
当たり前にある背景音のようなものだ。
そう思って聞き流していたが、それがまさか輝明を運ぶものだったとは。
綾奈は、気が動転しながら、とにかく輝明の無事を祈った。

けれども・・・今度は長くなかった。

輝明は、もう事故現場で心肺停止状態だったという。
救急車の中では蘇生措置が施されたが回復せず、
病院に運ばれた時には、もう絶望的な状態だったそうだ。
つまりは、即死だったらしい・・・
家族に「ご臨終」の言葉が告げられると、
父親は、輝明のベッドにの傍に呆然と立ち尽くし、
母親は、悲鳴を上げるように泣きわめいた。
翔矢は、ベッドに近付く事さえ出来なかった。
綾奈が近付くと、そこには、血まみれの輝明が横たわっていた。
それは、確かに、他の誰でもない輝明だった。
輝明は、目を閉じ、口を半開きにさせたままピクリとも動かない。
綾奈にとって、それは、わけの分からない光景だった。
けれども、ひとつだけ確かな事があった。
それは、そこで輝明が死んでいる事・・・

綾奈「何で・・・」

その言葉を口にした瞬間、綾奈の目には涙が溢れた。
そして・・・綾奈の悲痛な叫び声が病院に響き渡っていた・・・

全4ページ

[1] [2] [3] [4]

[ 次のページ ]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!
お肉、魚介、お米、おせちまで
おすすめ特産品がランキングで選べる
ふるさと納税サイト『さとふる』

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事