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●●● 【2012年、5月17日、木曜日。 「廃墟本4」を見て初めてこの物件の存在が判った。しかし、既にもろく崩壊の一途をたどる廃墟物件でもあり探索は気ィ引き締めて望んだ 場所は、岐阜県岐阜市の長良川沿いに位置する。県道94をマラソンの金メダリストの高橋尚子が高校時代を過ごした藍川橋から岐阜市内に向けて走る、長良川沿いの有料道路の「リバーサイドウェイ」も完全無料化になりそこから、藍川橋を越えて、目指す物件へと車を走らせた。だが、県道94は道路工事中に……。 確か、入り口には、巨大キノコの看板が有った様だが、現在は道路工事に伴い撤去去れてしまっていたこの時点で古津苑の価値なし既に岐阜県は路面電車、美濃町線、揖斐線、長良線等が無くなりこれで岐阜は終わったな……と、思い込んでしまったのは、私だけだろうかさて、道路工事関係者に目撃されたが、お構い無しに入って行く。妥協せずに探索を行った。 車を停めて、入る前にヘッドライトや、デジカメ等を支度した
。先ずは、なだらかな山道を登る。かなりの林に覆われている。建物は、進行方向左側に、色々有るようだ……。先ずは、峠の茶屋的な物件があり、それは、後回しにしといて、先ず、先に、山側から攻めて見た。2件、先ず、目についた別荘の様な建物は、2件とも中には侵入出来なかった。何処からも入れないから外部からの撮影するしかない。そして更に山を登ったら今度は、かなり、崩壊進んだ、宴会場を発見した。廃墟本には、襖に龍の絵や、ダルマの集団が描かれた襖が存在するのだが、ここじゃない様だ。宴会場は、燦々たる有り様であり、宴会場の床全体が抜けてしまっており、襖などが散乱する。襖を裏返したりしたのだが、何処にも目指す、集団ダルマの絵、龍の描かれた襖が見つからなかったのである。そして、更にこの、建物は他の廃墟にない危険な場所だらけだとあとになって解った。床が既に腐りなかった事、とにかく危険な箇所が多い物件であった。廊下を歩こうにも床がベコベコで床を突き抜けそうになりながらもやっと外部に出られた。また、しばらく山を登る
と庭園の様な跡がありそれからまた、更に山を登ると森で何か建物が崩壊した跡がある。それ以上何も無いと判断し、山を下る、車の前の茶屋の様な物件に向かった。先ずは、木造の平屋の物件は、本当に茶屋の様でありちょっとした、飲食が出来る様だった……。2階建ての建物は、全てが鍵が掛けられていて入る事が出来なかった。そして、その奥の建物は、さっきの宴会場と続いていたのだ。こっちから、入ればそこは、厨房になって居た。宴会場からは床が腐り切って行けなかったのだ…………。これで構造がわかり、今度は、山へ登った方角から反対側を歩いた、道を真っ直ぐに歩けば、まだまだ現役のホテルの敷地内に入ってしまった。少し行き過ぎ途中に廃墟と思われる、建物が存在し、管理人宅の様な部屋が連なる。部屋は、色々な物がそのまま放置してあった。中には、「ピカデリー」と言う文字が見られた。その、「ピカデリー」と言うのは、岐阜市内に有った映画館の名前である。この、廃墟の主は、「ピカデリー」をも経営していたのか さて、建物は、横長に続
いており、まるで、ショッカーのアジトの様である。建物の奥まで行けば行き止まりになり、行き止まりには、犬か鳥等を飼っていたと思われるゲージや、物置小屋が有った……。そして順番に物件を除きながら歩いた。どうやらこの場所は、この会社の社員寮と察した。社員寮と思われる部屋には、麻雀牌や、2階に通じる狭い階段は丸っきり忍者屋敷か、隠し部屋の様な場所であった。物件を全て隈無く回ったが、問題の襖を遂に発見することはなかった同じ場所に必ずある筈と思った……。この日から、数日後にリベンジで再び探索する事になろうとは、さて、管理人室は、2階もあり2階に上がる階段は狭かった。2階に僅かに残された残留物、2階の部屋の一室は、空かずの間になっていた。ここも鍵が掛かり中を確認出来なかった。2階の部屋からは、現役のホテルに向かう道路が見えていた。一通り見終わり、この日から6日後に再び、リベンジをするのだ。次回は、「ホワイトスラム」と言う廃墟と、遂に「古津楽苑」の謎が全てが解明される、第2章にこう、御期待…………
】 ■▲● 写真の説明…………写真1、 県道94に有った巨大キノコの看板は、既に撤去されていた古津楽苑入り口の案内所の詰所か硝子には「太陽の教団」と言う謎の宗教団体のステッカーが貼られており、確か、三重県の廃墟鉱山でも貼って有った……。オウム真理教の親戚か 写真2、 県道側から車を乗り入れて入った。ゲートが空いているここが、廃墟、古津楽苑の入り口なのだろうか?探索が楽しみであるこれからどんな事が起こるのかかなり、楽しみ…………。 写真3、 別荘風の建物。中には、入る事が出来なかったが、中を覗いてみた。残留物はなかった……。街路灯が風化して自然に割れたのかそれとも、故意に
割られたのか定かでない 写真4、 この、別荘風の建物は、客部屋なのか詳しい資料がない今を持っては解らない…………。3棟ほどあり、客が、庭園を見ながらくつろぐ場所なのか明細は解らない 写真5、 少しボケはしたが、何かしら大宴会場見たいな場所にやって来た。表側はかなりの崩壊途中であった内部をこのあとに探索するも、かなり床が陥没してしまっていて危ない。奥は、まるっきり落とし穴の様に床が腐りその上を歩けば必ず底抜け脱線ゲームである廃墟の素人なら必ず大怪我をしかねない廃墟での百戦錬磨を経験する、私でさえも危険と隣り合わせである 写真6、 水が枯れて
しまった庭園 古津楽苑の庭園は、池になって居たと、察するしかしながら、水が長年の放置で枯れ果てていた恐らく、鯉や金魚、亀等を飼っていたと、勝手な想像をした。庭園を見ながら客は古津楽苑の紅葉、四季彩を楽しんだのが想像出来そうである

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画像だけみると相当山奥にあるんでしょうか? 辿り着くのも大変そうですね。

2013/5/24(金) 午前 6:52 炭鉱母 木馬二 返信する

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炭鉱母木馬二様〉
山奥に見えて全然山奥では有りません…………。
第2幕は、少し山を登ったとこです…………。第2幕こそ、辿り着くのが大変😢でした…………。

2013/5/24(金) 午後 4:17 [ やくにてるの冒険 ] 返信する

はじめまして
検索してここを見つけました。

大昔、学生時代に古津楽苑を
サークルの打ち上げで何度か利用してました。
大人数のサークルだったので
市街地では広い場所がなかったからです

確かマイクロバスで送迎してもらってました。
入り口から宴会場まで傾斜が急だったのと、
赤い橋と
宴会で出たカキフライが美味しかったのが
印象に残ってます。

ちなみに文中に出てくる百万弗という
パチンコ店は長良北町にあって
自分もよく通ってました。

2014/8/20(水) 午前 1:55 [ エスパー ] 返信する

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エスパー様へ〉
ご訪問、コメントありがとうございます。
私は、廃墟本で紹介されるまで、その、存在すら知りませんでしたよ…………。
昔、手力神社そばに有った、ヘルスセンター、岐阜のロマンスリフトなどは、良く、母に連れられて行きましたが…………。あと、古津楽苑は映画館の経営もして居たようですね。

山の舎利殿と、龍の襖絵が特に見事でしたが、夏場は行けませんね…………。

エスパーさんは私よりかなり上とお見受けしました…………。

2014/8/20(水) 午前 8:09 [ やくにてるの冒険 ] 返信する

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