やくにてるの冒険

西川一則、西尾良樹、伊藤裕樹、杉浦伸治、丸山和広全員死にやがれ。

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広島県福山市鞆町鞆ノ浦の鞆ノ浦山荘に続いての廃墟散策を同じ日に行った。5月1日 日曜日である。Sホテルこと、晴醐苑ホテルは、本当に鞆ノ浦山荘からすぐ側に有る。先ずはどこから入るのか迷ったが、喫茶店の方の山道を上がって見たがどうやらホテルが有る方角と掛け離れている。県道沿いから直ぐの工事関係者以外立入禁止の看板が有るバリケードから入るしかないが、扉は、鍵が掛かっているので、仕方なく脇のフェンスを乗り越えての侵入となった…神戸の連れは、車を止めに行き後から来るようだ。フェンスを乗り越えた際に、腕に擦り傷が出来てしまう そのまま、ホテルの有る方角へと歩いた。 道は二手に別れ、左の山道を行く。アスファルト道だ。しばらく歩くと、問題のSホテルが有った。辺りは、木々が伐採され、何だか整理されていた。近く完全に解体、更地になる運命だろうか? ホテル全体を撮影し、ホテルの裏手に回ろうとした時に、このホテルの絵葉書が落ちていた。Sホテルの正式名は、晴醐苑ホテル(
せいごえんホテル)だったのだ…中は、爆破された様に何もかも破壊尽くされ、硝子は、粉々、ホテルを正面から撮影しょうとしたら、さっき訪れた、鞆ノ浦山荘の方をなにげにく見れば、ミニバンが止まっていた。やはり、鞆ノ浦山荘は、管理されているのか 散策が済んだのでバレてはいないと思うのだが、正面を撮影して内部散策を行う。後数時間で日が暮れる。ちゃっちゃと、散策をする。神戸の連れも加わって、サウナ室の様な場所や、山積みになったホテルのマッチ、パンフレットが沢山有った。残留物が結構残る…風呂場の硝子は、粉々、足元に注意して進んだ。まるでダイハードでテロリストが銃で硝子を打ち粉々になった様な風景だ。あと、レトロな丸い形をしたバッテリーカーが有り、TAITOのラベルが貼られていた。黄色、緑色等、4台が確認出来た。う〜ん、欲しかったがもう壊れて錆びてダメな状態だ。 パンフレットの中にもバッテリーカーの写真が載っていた。そして、晴醐苑ホテルの3階建ての一番上、3階から散策す
る。建物のほぼ中央にトイレが有り、布団の山、壊れたガチャガチャスイッチのテレビが、4〜5台有った。落書きは、少ないが、破壊は、多い。2階も同じ様な感じで、また、一番下を散策。昔のパンフレットが有った。そのパンフレットの文字は、レジャーセンター、鞆の浦高台(とものうらこうだい)と描かれている、下の方に、ホテル晴醐苑と書いて有った。パンフレット内部は、ほとんどが、イラスト描きで、まるでこうゆう感じの物を作ります…見たいな感じで描かれていた。パンフレット表紙は、表が日本語、裏側が英語で描かれていた。さて、この晴醐苑ホテルだが、どうやら解体工事中でもう見る事が出来ないかも知れない廃墟物件である…この撮影が最後かも知れない。前の鞆ノ浦山荘よりも、スケールが大きい。このまま廃墟として残って欲しい物だが、土に返るのはそう長くは無いであろうと思った。広島の数有る廃墟がまた、一つ消えようとしている………写真の説明………写真1、廃墟ホテル、晴醐苑ホテルに入る最初の試練は、バリ
ケード越えから始まる、私は、正面向かって左側から侵入、神戸の連れは、右側から侵入。右側からのが、怪我もせずに入れたから帰りは右側からのフェンス越えをした。 写真2、一苦労し、やっとの思いで、晴醐苑ホテルにたどり着く。 写真3、晴醐苑ホテル裏側の全景。丸い穴の空いた梁がオシャレな作りだ。解体作業中で回りがかなり片付けられていた。 写真4、同じく別の角度からの撮影。ホテル裏側だ。 写真5、6、ホテル表側、(県道251から見て…)廃墟ホテルとしていい味を出している。あと、鞆ノ浦の看板も長年の潮風にやられて赤錆びている…もうすぐ解体&更地でこの素晴らしい廃墟は、無くなってしまうのか………

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