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3月11日から僅か1か月たらずで
再び震度6弱の激震に見舞われたおらが町では、
またかよ!っという気持ちだろう。
近隣では11日の大激震で1〜2階の窓ガラスがほとんどやられ
やっと4〜5万ほど修理を終わった矢先に、今度もまた同じ箇所が
やられ、ああ〜またかかるなあ〜と天を仰いでため息がでる。
どうせならもう少し待てばよかった!といっても雨風で寒い!
早急に修理をせざるを得ない事情もあった。
さらに知人の宅では内壁が崩落して、やっと修理を終えた途端!
またざっくりと崩れ落ちる被害もあった。
今度の被害が大きいのは3月11日のヒビ割れなどで崩れやすくなっていたところに
この激震である。そういうところの家屋や塀道路、橋などがさらに傷口を大きくした
という。
我が家も11日ではそれほどでもなかったが、7日の激震でほとんどの棚の物や
茶箪笥のガラスも粉々に飛び散った。
墓もそうだ、隣家の墓石が飛んできてあたり、ふちがかけてしまった。
こうなりゃ〜お盆まで墓は構わず余震が収まってから修理するに、
こしたことはないと皆がそう思っているようだ。
2度の激震で被害が大きいのは公共上下水道と道路、橋のライフラインの被災のようだ。
配水塔のタンクの破損と給配水管の破裂が続出し、断水地域が長期化したことだった。
おらもポリタンクで給水を受けに走った。
今回の被災は昭和22〜23年の大水害の被災以来、初めてローソク暮らしの6日間だった。
でもあのときは数か月はローソクとランプの生活だったから、一週間足らずでは比較の対象には
ならないだろう。ただ、それに加えて新たな心配の種が原発の放射能という衝撃である。
いずれにせよ、至れり尽くせりの利便生活に慣れきった人々の生活に衝撃を与えたのは
間違いない。水、ガス、灯油、ガソリン、食料ともに節約に目覚めさせる今回の激震だった。
下は岩手日々新聞の記事です・。
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宮城県沖地震
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東日本大震災に続く
宮城県沖地震M7・4。震度6弱の地震により
7日深夜11時33分頃、大激震により9日朝まで
停電と断水になっていました。
断水については、今なお、高台の我が家は
断水状態のままです。
そんなわけで、今やっと記事を再開しました。
中断中、ご心配のコメントをいただきまして
大変申し訳ございません。
不便ながらも、なんとか暮らしておりますので
ご報告をいたします。
下はおらの部屋と近隣の状態です。
3月11日と比べると4月7日のは時間は短かったのですが、
上下動の揺れは半端ではなく、ついに2階の茶ダンスのガラスが
砕け散ってしまいました。
一夜明けた昨日8日は断水と停電で、今朝まであとかたづけに
追われていました。
上は棚の上から落ちたPCのある部屋です。一夜明けた昨日は後片付けに追われていました。
3月11日の激震で何とか持ちこたえていた石蔵も4月7日の激震でついに崩落しました。
下はまだ復旧作業にも取り掛かれなかった再度の地震で
寺の本堂はめちゃめちゃに、我が家の墓にもついに隣家の墓石が倒れ
被害を受けてしまいました。
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