あいさつは危機管理
17 おわりに
17 おわりに
短いあいさつ言葉の「こんにちは」。子どもであっても簡単にいえる。だが、それだけに軽く見られてしまう。大事な役割があり、深い意味があるのに忘れられてしまいがちだ。
たった五文字にすぎないが、いまこそ見直されていい。
危機管理という面から、あいさつを考えてみた。すると、そこに先人の知恵がつまっていることがわかった。
しかし、いまほどあいさつがないがしろにされている時代はないとおもう。家庭、学校、職場そして街中で、きちんとあいさつをしている姿をあまり見かけない。軽く頭を動かすか、口の中でモゴモゴをつぶやくぐらいでお茶をにごしている。このぐらいでさえ、まったくあいさつをしないよりもましなのかも知れない。
地方を歩くと、道端に「地域づくりはあいさつから」というような看板が立っていることがある
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2010/2/8(月) 午前 7:31
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