遍路

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町石道から高野山

昨秋妻が逆打ちで四国遍路を終えたので、高野山お礼参りに付き合って来ました。前回は、かつらぎ町側から登ったので今回は、九度山からの町石道を忠実に辿って見ました。

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1/20日 夕方九度山駅に着く。昨年の真田丸で人気が出たのでしょう 乗って来た電車、駅舎、街中みんな赤一色でした。

翌21日 夜明けを待って出発する 昨夜は台風並みの強風と雨でしたが一夜明けると少し風は残っているものの天気はまずまず。
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慈尊院:弘法大師が816年に草創 のち讃岐より大師の母がここに滞在しこの地で亡くなったそうです。高野山は女人禁制で登る事が出来なかったとの事でここは「女人高野」と呼ばれています。大師の母(玉依御前)の御廟である弥勒堂に参拝する。
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慈尊院から少し階段を登ると町石道の起点である「180町石」がある
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丹生官省符神社(にうかんしょうぶじんじゃ)ここから世界遺産の道に入って行きます。
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暫く急な道を登ると展望台に出る 蛇行した紀の川と九度山町、橋本市方面が一望できる。(165町付近)
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九度山名産の柿畑の中を歩く。道端にはみかんの無人販売所があった。この時期買う人がいるのだろうか?
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六本杉:この付近より少し雪が現れる(136町付近)
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二つ鳥居でブランチです。宿で用意してくれた柿の葉寿司を戴きます。鯖、鮭、椎茸のセットです。(120町付近)

笠木峠、矢立と歩き40町石より昨春歩いた道に出る。
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36町石 一緒に並ぶ石仏が可愛い
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30町石を過ぎる頃より周囲一面の雪景色となって来る 踏みしめると「キュッ、キュッ」と音がする。
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最後の急坂を登るといきなり大門に飛び出す。ゴールでは無いが感動しました。(ここの脇に6町石)
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大門の金剛力士像です 迫力ありますね。
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町石道終点の1町石です。壇上伽藍の手前に建てられていました。
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壇上伽藍の金堂、根本大塔に参拝し一の橋より御廟に入りました。(この後は写真なし)雪の御廟は深々と冷えて荘厳な雰囲気の中 静かにお参りをしました。それ程宗教心のない私ですが何故か身が引き締まる思いでした。
平安の昔より多くの参拝者に歩かれてきた歴史ある道を歩く事が出来幸いでした。

遍路ころがしを逆打ち

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やぼ用があって11/3日より3連休を取っていたのですが事情があり全てフリーとなってしまいました。こうなりゃ暫く沈黙していた遍路歩きしかありません。妻とどこに行こうか相談の結果 遍路ころがしを逆打ちしようと決定!


11/3日菜園の草取りをして午後から自宅を出発 今回は、22番 平等寺から19番立江寺を歩いてきました。

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4日早朝、平等寺から出発しました。前日平等寺に参拝し近くの道の駅「わじき」で車中泊 この日は、平等寺さんにお願いして駐車場の隅っこに車を置かせて戴きました。
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久し振りの歩き遍路です。早朝のコスモス畑の脇を気持ち良く歩き大根峠を越える。
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21番 太龍寺の山門に着きました。
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太龍寺の本堂 以前来た時は、台風の被害により補修中で仮の参拝所でお参りしたので初めて本堂でお勤めをしました。
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ここの天井画は圧巻です。

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太龍寺から遍路道を下り那賀川に架かる水井橋まで降りて来ました。ここは、太龍寺と次に向かう鶴林寺のコルですね(標高は50mです。)我々はここを鶴龍のコルと勝手に呼ぶことにした。水の蒼と川原の白が目にまぶしい!

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鶴龍のコルから再び山道を登り20番 鶴林寺に参拝する。2羽の鶴が出迎えてくれました。
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逆打ちなので裏側から入り山門を出て行く 山門には仁王様では無く1対の鶴様がにらみ?を効かせています。会釈をして次に向かう
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鶴林寺から少し遍路道を下ると大きく蛇行した勝浦川が望める場所に出る
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更に下ると水呑大師 すぐ脇には湧水あり 順打ちでは登りの苦しい所です。
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この日は勝浦町の「さかもと」に泊まった。廃校になった小学校を改装しています。我々の部屋は図書室でした。

5日7時宿を出発 この日は、立江寺に向かって勝浦川沿いに歩きました。
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宿から10km程で19番立江寺に着く
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立江寺の本堂です。大師が刻んだ延命地蔵さんがご本尊となっています。2度目ですが何故か新鮮な気分で参拝しました。

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近くの立江駅から牟岐線で新野駅に移動 平等寺に置かせて戴いた車を回収する。
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岡山への帰路 訳ありで1番霊山寺に立ち寄りました。

前回このルートを順打ちで歩いた時は天気が今一だったのですが、今回は好天に恵まれ沿道の自然を満喫しながら楽しんで歩けました。遍路道の難所を遍路ころがしと言います。遍路ころがしのランクは、一に焼山二にお鶴三に太龍と呼ばれています。
今回の歩きで妻の決心が付いたようです。2度目の歩き しかも逆打ちをやるそうです。こちらは、バックアップするしかないですね。
4/3日 かつらぎ町の宿を7時過ぎに出発 泊まった宿から高野山までは15km程ですが、この日は午後より雨の予報が出ていたため先を急ぎます。ルートはR480号、花坂より町石道を歩き大門に入りました。

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計画では花坂手前の矢立より町石道に入る予定でしたが入口が分からずそのまま国道を歩く 国道脇の休憩所で一休みです。
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国道と町石道が交差している花坂に到着 やっと目的の道に入る事が出来ました。
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さすがに高野山への道です。町石(丁石〜109m置きに建てられた距離標識)も五輪塔で構成されて立派です。
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土の道は疲れた足腰に優しい! 最後の急坂を登ると!

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高野山入口の大門に出て来ました。

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そのまま歩いて 壇上伽藍に参拝しました。(中門と根本大塔)

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続いて金剛峯寺に参拝 一度見たかった大伽藍でした。豊臣秀次切腹の柳の間の前では「無念だったろうな!」と心で声を掛ける
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大広間で茶菓のお接待を受ける 隣に座っていたオランダよりの参拝者と交流する(妻と同じ職業の方々でした。)

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一の橋より奥ノ院に入り御廟に向かう 両側には名立たる武将、全国の戦国大名のお墓が建っている(あまりにも有名なので細かくは省略)

御廟でここに眠るお大師さんに 四国歩き結願のお礼をして読経しました。ここでは何も願い事などはしません 丈夫に産んでくれた両親に感謝の気持ちのみを報告しました これにはお大師さんも戸惑ったかな?

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納経所で最後の一筆を戴きました。納経帖、軸、白衣全てが埋まりました。

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御廟に参拝後 中の橋側に出て一の橋に戻った時に 昨日一緒に歩いた堺さんに再会しました。ご兄弟3人での参拝でした。もう会えないと思っていましたが...お大師さんのお蔭でしょうか 納め札を交換してお別れした。



駆け足の高野山参りでしたが、これで5年掛けた歩き遍路が終了しました。これと言った決意も無く漠然と始めたのですが、次第にのめり込む歩く楽しさ 人と出会う楽しさ また歩く苦しさ 四国の四季の素晴しさ そしてその雄大さ!何もかも新鮮でした。四国に産まれ 子供の頃よりお遍路さんを見ていましたが、自分の足で歩いて見て初めて四国の良さを体得する事が出来ました。
4/1日〜3日 高野山に行って来ました。

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霊山寺にお礼参りをした後 徳島駅まで歩いていたのでここからスタートです。山陽線、瀬戸大橋線、高徳線を乗り継いで9時40分着
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この日は、朝から雨模様で雨具を装着して徳島港に向かう(ここまでの10日程はずっと好天だったのですが...)
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徳島城址も雨でしっとりとしています。
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徳島港までは30分位と思っていましたが、意外と距離があり フェリーの時間5分前に大汗をかいて到着!途中で最短の道を聞いたお巡りさんに礼はいいから「急げ!」と言われてしました。ありがとう御座いました。

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2時間の船旅で和歌山港に着く
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和歌山港からは調べておいた国道24号、県道14号の[大和街道]を歩く
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嘉家作(かけつくり)地区の桜並木の道を行く この珍しい地名は懸け造りと言う地形を利用した建築様式より名付けられたそうです。この日は、岩出市の宿に泊った。

4/2日 昨日の雨が嘘のような晴天となりました。
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桃の花も満開です。
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車は多いのですが道の両側はのどかです。
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紀の川市粉河より紀の川沿いの自転車道に入る ここで同じように四国遍路を終え 歩きで高野山に向かう方に出会いました。我々と同じ区切り打ちで4年掛けた歳月も同じでした。笠田の道の駅までご一緒させて貰いました。久し振りの歩きで私も、妻も足腰に痛みが来ていましたが お互い話をしながら歩くと痛みも忘れてあっという間に笠田に着きました。九度山に向かう堺さん(大阪府堺市の方)とここでお別れする。
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菜の花(からし菜かも知れません)も満開です。
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笠田から国道480号[西高野街道]に入る 藪椿の落花が道を彩る

2日目は、かつらぎ町のかつらぎ温泉に泊まった。頑張って高野山まで歩きたかったのですが、宿がどこも満杯で取れませんでした。いい季節の土曜日なので仕方ありませんね 和歌山港からここまで50km程 花の咲き誇る道を気持ち良く歩いてきました。明日は、いよいよ高野山に参拝します。
2/12日 この日は、先が長いので6時に宿を出発する。昼間は17℃位になる予報がでていたが、朝はやはり寒い。夜明け前の引田から大坂峠入口の讃岐相生駅に向けて歩きを開始する。

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交通量の多い国道11号線を歩いて30分程で「大坂峠」入口に着く お地蔵様にご挨拶をして山道に入って行く
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「大坂峠」は江戸から昭和初期にかけて阿讃の物流の要だったようです。牛馬による運搬のため明治初期に再整備されたそうで普通車が通れる程広い
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峠手前にお不動尊が祀られている。
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県境を通過し阿波に入る。

この「大坂峠」帰宅して分かったことですが、有名な心霊スポットだそうです。峠に立つ女性の幽霊、並行する県道に現れる首なしライダー、ピッタリくっついて追いかける無人の車等が出るようです。(怖!)幸いこのような方には出会わず急坂の峠を降りた。
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峠から降りて来るとこの道しるべに出会う。右近道と言う文字に誘惑されそうになりましたが、我々は予定していた左の卯辰越の道に入る

卯辰越の道は県道41号線となっていて意外と車の通行量が多い 長いアスファルト道が10km程続く 今日二つ目の峠越えは試練の道でした。
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卯辰越を降りていると野猿の集団が現れました。(数が多いので一寸緊張!)人だけの道では無いので刺激しないようにアイコンタクトで通過する
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霊山寺手前の「大麻比古神社」に参拝しました。阿波の一宮です。
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やっと霊山寺に到着しました。
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ここまで無事歩けたお礼を込めて少し力を込めて読経させてもらいました。我々は時間を掛けての区切り打ちでしたが、通しで歩いてこられた方は感激一入なんでしょうね。
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この日の目的地 徳島駅に17時到着しました。今度はここから海を渡り「高野山」に向かいます。

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