ブラックボードに義

ブラックボードとは黒板。義とは墨子が言った「人間として行うべき正しい道」。

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今日は、積んでいた資料や何やかや見てみました。
その一つは、『同朋新聞』(真宗大谷派・東本願寺)8月号。
「原爆で生き残った負い目を抱えて」と題する
関千枝子さんのインタビュー記事。
 
1945年8月6日、広島に原爆をアメリカが落とした時、
関千枝子さんは、「当時、広島県立第二高等女学校の2年生」だった。
「その日、私のクラスは爆心地から1キロ強ところで
疎開地の後片づけ作業をしていて、全滅したのです。
私はその日、たまたま下痢をしていて、
爆心地から3キロほど離れた自宅にいたので、命拾いをしました。」
と言われる。
 
「自分だけ助かってすまないという気持ち」から、
「クラスメート一人ひとりについて、
生前の人柄や、6日からの足取りなど丁寧に」調べて
『広島第二県女二年西組』という本を書かれました。
 
その関さんは、8月15日、
「雑音だらけのラジオで敗戦を知り」
「日本は神国で絶対に負けない」という、「不敗の神話」や
「神風がふく、みな、うそだった。」「腹立たしかった」と言われる。
 
さらに、その晩、「朝鮮人が日本が負けたから喜んでいる」声がする。
それを聞いて、関さんは、
「『朝鮮は日本のような立派な国に併合されて喜んでいる』という
話しか教わっていなかったので驚きました。
違っている、今まで教わったことは何か違っている。
私はこの時、『国のうそ』に気づいたのです。」と言われる。
 
そして、「クラスメートだけでなく、
あの時、疎開地作業に行った少年少女たちは
みな靖国に合祀されています。
その合祀は、遺族の方々の運動で実現し、多くの方が
『お国が認めてくれた。これで犬死ではなくなった』と喜んでおられました。
『お国のため』、それは何なのだろう、と考えました。
 
私はあの時病欠していなければ、間違いなく靖国の祭神です。
私は『嫌だ!』と思いました。
私は少年少女たちの『死』を誉めたたえてほしくありません。」
私もそう思います。少年少女たちの無惨な死を追悼します。
だが、靖国に祀られ、誉めたたえられることは、
再び、「国のため」「天皇のため」の死を強制されることになるからです。
 
関千枝子さんは、最後に、
「歴史の教訓を見つめ、決してもう騙されないことが大切です。」
と言われています。戦争の足音がする今、この言葉をかみしめたいと思います。
 
そして、本願寺は西も東も、「騙された」のではなく、
率先協力して天皇の戦争に協力し、門徒を侵略戦争に動員した歴史を、
二度と繰り返してはならないと肝に銘じてほしいと思います。

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皇軍の兵卒は優秀 (愚直)、参謀は愚鈍。
耐えがたきを耐え、忍び難きを忍んで恣意の実現にまい進すれば、玉砕につぐ玉砕を重ねつつ南の島に雪が降る。

太平洋戦争初期に、フィリピンの米比軍はキング少将もジョーンズ少将も投降して、75000人以上の将兵の命を救った。
太平洋戦争後期に、日本軍は米空軍の飛来をゆるして、1945年3月10日未明、東京の下町の江東地区がB29約300機による空襲をうけ、死者10万をこす被害を出した。
日本人の指導者には、作戦の成否を予測する力はないのか。
人命の尊重はどのように考えられていたのであろうか。

2014/9/28(日) 午前 0:23 [ nog*t*ra ]


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