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難波大助が父・作之進にあてた「長文の遺書」のつづきです。
一切は終わった。
私が共産主義者となり、
虐(しいた)げられたる多数無産者のために
死を決してまで事をなすに至ったのは、
あなたに負うところが頗(すこぶ)る多い。
この点はあなたは私の恩人である。
しかし労働者が資本家の御陰で社会主義者となったからといって、
資本家に毫(ごう、きわめてわずか)も感謝せざると同様に、
私は私の恩人に対して毫も感謝しておらぬから、そのおつもりで。
一切は終わった。
そうして息子の一人は
死刑の宣告を受けるべく牢獄の中に横たわっておる。
またしても息子は先祖の犠牲であった。
(あの極悪者をりっぱな家の籍に置くのはけがらわしい。
先祖のイハイに対して恐れ多い)
―かくして本家は数万円以上の財産家であるにもかかわらず、
分家は純然たる無産家
―その戸主の家は
監獄の鉄窓内の三畳の室という珍無類の現象が発生してきた。
我々はまるで人間の世界に住んでおるような心地がしない。
一切の奴共は人間たることを忘れ、
死霊という無形物に支配されておる傀儡(かいらい)である。
一切の奴共とは(りっぱな家)の一家一族を指していうのである。
しかし要するにとにかく
―私にとっての一切は終わったのだ。
終わった人間が今さら自分のことを
云々いったとて追いつく話ではない。
まだ終わらざる生きた人間が残っておる。
この残っておる生きた人間のために、
私は敢えて極悪邪道者たるの本性を発揮して
(りっぱな家)の戸主に対して毒つかざるを得ぬのである」。
(つづく)
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