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[ nog*t*ra ]
2014/9/28(日) 午前 0:23
[ 元寇を学び日本を護る ]
2014/7/13(日) 午後 1:41
済州島の抗蒙遺跡
高麗(朝鮮半島)人の最後の対モンゴル激戦地、缸坡頭里(ハンパドゥリ)
高麗・元宗14年(1273)、麗蒙連合軍に対抗して戦った三別抄は江華島と珍島で 相次いで敗れ、最後の激戦地となった済州島に渡り、プルグンオルムに二重土城 を築いたが、これが現在の済州・缸坡頭里(ハンパドゥリ)だ。
全長6kmにわたる 土城(高さ5m、幅3.4m)であり、石で築いた内城800m及び宮址、役所、各種防 御施設を取り揃えた要塞であった。
しかし1273年4月、缸坡頭里は遂に陷落し、 三別抄は最後の1人まで抗争しながら玉砕の道を選んだ。三別抄の流した血が オルムの土を赤く染め、その時からこのオルムは「プルグン(赤い)オルム」と呼ば れるようになったと伝えられている。
現在は昔の名残を見つけることができる土 城が部分的に残っている。その他にも蝶番、瓦、池跡などの様多くの遺跡が発見 されており、缸坡頭里内の展示館に展示され、歴史教育の場として活用されている。
また、入口にある抗蒙殉義碑は三別抄の愛国精神を称えている。
済州島には朝鮮半島がモンゴルの侵略を戦った最後の遺跡
[ 元寇を学び日本を護る ]
2014/7/13(日) 午後 1:40
済州島の抗蒙遺跡
高麗(朝鮮半島)人の最後の対モンゴル激戦地、缸坡頭里(ハンパドゥリ)
高麗・元宗14年(1273)、麗蒙連合軍に対抗して戦った三別抄は江華島と珍島で 相次いで敗れ、最後の激戦地となった済州島に渡り、プルグンオルムに二重土城 を築いたが、これが現在の済州・缸坡頭里(ハンパドゥリ)だ。
全長6kmにわたる 土城(高さ5m、幅3.4m)であり、石で築いた内城800m及び宮址、役所、各種防 御施設を取り揃えた要塞であった。
しかし1273年4月、缸坡頭里は遂に陷落し、 三別抄は最後の1人まで抗争しながら玉砕の道を選んだ。三別抄の流した血が オルムの土を赤く染め、その時からこのオルムは「プルグン(赤い)オルム」と呼ば れるようになったと伝えられている。
現在は昔の名残を見つけることができる土 城が部分的に残っている。その他にも蝶番、瓦、池跡などの様多くの遺跡が発見 されており、缸坡頭里内の展示館に展示され、歴史教育の場として活用されている。
また、入口にある抗蒙殉義碑は三別抄の愛国精神を称えている。
済州島には朝鮮半島がモンゴルの侵略を戦った最後の遺跡
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