ブラックボードに義

ブラックボードとは黒板。義とは墨子が言った「人間として行うべき正しい道」。

山田さんを支える会

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全26ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

第36回「山田さんを支える会」は、
6月2日(日)、50名近い人々の参加を得て、
『なぜ、「君が代」を歌わないか』
増田俊道さん(豊島高校)が語る!歌う!“つどい”として行いました。
参加いただいた方々ありがとうございました。
 
増田俊道さんは、まず、「不起立COLOR」
「そこで立たないことは とても力がいるよ
波風立てられること 嫌う人ばかりで
でも 君はそれでいいの? 楽がしたかっただけなの?
僕をだましてもいいけど 自分はもう だまさないで
不起立から はじまることが たくさんあるんだよ
本当のことが見えてるなら その思いを僕に見せて」
を歌って、「君が代」で不起立したら仲間がいたし、
気持ちがラクになった、と歌のように、
「不起立から はじまることが たくさんある」と語りました。
 
次にジョン・レノンの「イマジン」の替え歌
「日の丸はいらない 君が代もいらない
元号も必要ない 天皇はただの人
ひとりでもそう思えば 簡単なこと さあ
夢かもしれない でもその夢をみてるのは
君ひとりじゃないし 仲間がいるのさ」
を歌って、自分が今まで歩んできた道、
つまり、小中学生、高校生、大学生の頃、
また、教員になってからをふり返って、
「なぜ、『君が代』不起立なのか」を語りました。
 
3番目の歌は「青空」。
「こんなはずじゃなかっただろ
歴史が僕を問いつめる
まぶしいほど青い空の真下で 青い空の下で」と。
そして、「今、してること」として、
ロックアクション、おもちゃ楽団、被爆2世としての活動を語りました。
 
4番目の歌は「No Union No Rights」の歌
「声を上げよう!つながり合おう!
つながりが世界を 変えられるのさ
o Union No Rights No Union No Rights
だまってても何にもはじまらない
だから No Union No Rights」と。
増田さんは、この4月から大阪教育合同労組の委員長として活躍中ですが、
組合で「団結して闘ってみよう」と語りました。
 
そして、最後に、「池北・豊島『君が代』処分を撤回させる会」
まっすんサポーターズ総会への参加をアピールがありました。
7月7日(日)2:00〜
豊中市千里文化センターコラボ(千里中央)2階集会場
(参加協力券1000円)
川口真由美さんと右田隆Withホカリンの歌&パフォーマンス
都合がつきましたら、ぜひ、ご参加下さい。

第36回 「山田さんを支える会」のお知らせ
〔日時〕 6月2日(日) 午後2時〜
〔場所〕  高槻市民会館 306号
〔内容〕  『なぜ、「君が代」を歌わないか』
増田俊道さん(豊島高校)が語る!歌う!
 
増田俊道さんは、2013年と2018年の卒業式の「君が代」で坐った。
2011年、当時の橋下大阪府知事が作った
「君が代」不起立3回でクビという「君が代」条例に抗して、
職務命令で「君が代」を立って歌えと強制されても、
「君が代」は歌えない、歌わないと坐った。
それで府教委から戒告処分を受け、
次は「免職することがある」と「警告書」まで受け取った。 
 
なぜ、「君が代」を歌えないか?歌わないか?
「さまざまなルーツの生徒がいる教育現場で、
同化を強いる強制には反対だという増田さん」。
「おかしいと思うのに何もしないのは
教師としての実践や生き方への裏切り。
抵抗してもいいことを伝えたい。
それが原爆のような戦禍を繰り返さないことにつながる」と語る。
(下の毎日新聞記事で)
そして、「不起立COLOR」を歌う。
 
増田俊道さんが歌う『不起立COLOR』
原曲は『サヨナラCOLOR』詞・曲:永積タカシ(ハナレグミ)( )が原詞】
 
そこで立たない(そこから旅立つ)ことは とても力がいるよ
波風立てられること 嫌う人ばかりで
でも 君はそれでいいの? 楽がしたかっただけなの?
僕をだましてもいいけど 自分はもう だまさないで
不起立(サヨナラ)から はじまることが たくさんあるんだよ
本当のことが見えてるなら その思いを僕に見せて
 
自分をつらぬくことは とても勇気がいるよ
だれもひとりぼっちには なりたくはないから
でも 君はそれでいいの? 夢の続きはどうしたの?
僕を忘れてもいいけど 自分はもう はなさないで
不起立(サヨナラ)から はじまることが たくさんあるんだよ
本当のことが見えてるなら その思いを捨てないで
 
不起立(サヨナラ)から はじまることが たくさんあるんだよ
本当のことは見えてるんだろ その思いよ消えないで
その思いを僕に見せて

イメージ 1



創作劇 『“激論”どんな命令でも従うべきか』
を見ていただいた方々の感想です
  出演者の皆様熱演でした。脚本も優れものでした。
 
  登場人物の「個性」をよくとらえた名演技でした。
「法令・条例」遵守一辺倒の内藤・稲葉裁判長に
「思想・良心の自由」と「個人の人権尊重」を対比して、
「職務」命令とはどんな役割を持つかをよく暴いていました。
間違った命令・法令が、
間違った戦争への動員を導き、3000万人を殺戮(さつりく)した。
個人が人を殺せば「殺人罪」が適用されるが、
「戦争」で大量殺人を犯しても、それは「名誉」となり、英雄扱いされる。
おろかな傲慢(ごうまん)な人間の行為を
止めさせるために“良心の教育”があるはず。
しかし、命令によって、それは破壊される。
 
  いろいろ考えさせられました。
裁判官のヒラメという問題はひどいとずっと思っています。
AI(エーアイ)裁判は正しいかも・・・。
我々はずっと仕事の内容を教育の場合、常に普遍的な価値、
例えば憲法に基づく教育という視点で行ってきたつもりです。
そのために上司に逆らうこともありだと考えてきました。
社会学的には役割距離という問題です。
劇は大変おもしろかったです。ご苦労様でした。
 
  脚本がよかった。稲葉裁判長の演技は最高です。
 
  「日の丸」「君が代」を所与の前提とするかどうか
による違いであることが、
2人の裁判長と山田・永嶋弁護士との間で浮き出てきたと思います。
また、内藤裁判長と稲葉裁判長の違いが出ていました。
おもしろかったです。
 
  アイヒマンの解説がよかった。とてもおもしろかったです。
ただし、ナチス・ドイツのことや裁判について
くわしく分からない者にとっては、少し難しかったかも?
    
  山田先生、永嶋弁護士の熱演、
内藤・稲葉両裁判長の怪演、皆様ありがとうございました。
進行役の田原総二郎さん、ご苦労様でした。
最高裁事務総局に支配される内藤裁判長、稲葉裁判長は、
韓国大法院の徴用工裁判の判決を見習って、
三権分立とは何かをよく考えることです。
さもなければ、中学生にもどって勉強し直せと言いたい。
瀬木比呂志氏の著書は、私でも読んで理解できる。
 
  「人は怒る時、最も個性的である」(三木清)と言いますが、
怒りを個性的に表現して、よく伝わってきました。
かけ合い、トーク劇、熱演ありがとうございました。
「日の丸」に敬礼し、「君が代」を斉唱することは、
天皇への崇敬の念を強制する、すなわち、「天皇教」の強制であります。
これを学校で行うことは、憲法の政教分離と
宗教的儀式・祝典等への参加を強制されないという憲法21条違反です。
この点を天皇代替わりの今日、強調していいのではないでしょうか。

この劇で一番言いたかったことを
永嶋弁護士と山田の台詞で紹介すると・・・
(山田)法令や命令に唯々諾々と従って、
ことの善悪を考えず、戦前の教師は教え子を戦場に送ったんだ。
山中恒さんは、「国の命令でありさえすれば、まちがっていようが、
ひたすら忠実に命令に従うことを至上とするのは奴隷の思想」
だと書いている。
教師に「奴隷の思想」を持てと言うのか!
「奴隷の思想」では子どもたちの前に立てないし、教育が教育でなくなる。
 
(永嶋弁護士)ハンナ・アーレントは、
「人間であることの」一番大事な「質」、
それは「思考する能力」「考えること」だと言った。
つまり、「善悪を区別する能力であり、美醜」、
つまり、美しいものと醜いものを「見分ける力」だと言ったんです。
自分がやっていることが、
「いいことか悪いことか」考えるということです。
そういう「思考する能力」、考えることはいらない、
教師はただ命令に従うアイヒマンであればいい、
と二人の裁判長は言われるわけですか。
 
さらに言えば、「思考ができなくなると、平凡な人間が残虐行為に走る」。
それが「悪の凡庸さ」だと、ハンナ・アーレントは言ったんです。
アイヒマンに代表される「私は命令に従っただけ」という
「悪の凡庸さ」がナチスのユダヤ人虐殺をもたらしたんだ、と。
あなた方裁判官は、教員を「悪の凡庸さ」に引き込もうというわけですか。
              
(田原総二郎)考えることをしない教員が、
子どもたちの教育にあたるというのは、困るんだ。
どう考える?裁判官の二人は。(略)
・・・・・
(田原総二郎)最後にひと言ずつ言ってもらって終わることにしよう。(略)
(山田)宮川選手が言った、監督に命令されたからといって、
「自分の意思に反することはすべきでない」、
自分の頭で考えて行動すべきだ、
ここに人間としての「良心」を大事にした生き方があると思います。
 
そして、教育というのは、
「何が正しいか」「人間としていかに生きるべきか」、
これを追求する、考えるというのが一番大事なこと。
教師自身が考えることを放棄して、教育は成り立ちません。
「奴隷の思想」ではダメなんです。
 
何も考えるな、命令に従って「君が代」を立って歌えなんていう命令は、
二人が判決でなんと書こうが、
「思想・良心の自由」に対する直接の侵害です。
そんな命令に従え、「君が代」の踏み絵を踏まないと再任用取消だ
とした裁判官は、いずれ歴史の中で断罪されるでしょう。
 
(永嶋弁護士) フランスの詩人、ルイ・アラゴンは、
「教えるとは、希望を語ること。学ぶとは、誠実を胸にきざむこと」
と詩に書いているんですね。
命令に従え、従わないと処分だ、
「君が代」の踏み絵を踏まないと再任用もしないとなれば、
教師の「思想・良心」は踏みにじられ、教師は希望を語れなくなります。
「思想・良心」を亡ぼして、教育が立ちゆくか、希望が語れるか、
このことをみなさんに考えてほしいと思います。

《激論のテーマ》
田原総二郎を司会として、山田と永嶋弁護士、○○・××両裁判長の間で、
どんな激論を闘わせたのか、そのテーマを次に上げてみますと・・・
 
  2018年の5月の日大アメフト部の悪質タックル問題。
「相手のクォーターバックをつぶしてこい」
という内田監督の指示、いや、あの命令をどう思うか?
  宮川泰介選手の謝罪の記者会見をどう思ったか?
 
  昨年5月31日の『天声人語』では、
渡部良三さんの『小さな抵抗』という本を引用して、
日本軍の捕虜刺突の命令と日大アメフトの悪質タックルの命令は
「重なる部分を感じてしまう」と書いていたが、
日本軍の捕虜刺突の命令をどう考えるか?
 
★ 裁判官の世界で「有無を言わさぬ命令」はあるのか?
★ 二人の裁判長は、
瀬木比呂志さんの『絶望の裁判所』(講談社現代新書)を読んだのか?
  「裁判官は、最高裁と事務総局に従属」してるとか、
「ヒラメのように最高裁をうかがってる」とか、
瀬木比呂志さんは書いているが、その話は本当?ウソ?どっち?
 
  教育の現場での「有無を言わさぬ命令」について訊いてみよう。
  「日の丸」や「君が代」について、どう考えるか?
  「君が代」は歌えないと言ってる教員に
「君が代」を歌えと、なんで命令できるのか?
★ 「君が代」を立って歌うのは、教師の職務なのか?
★ 「君が代」を歌うのが服務規律なのか
 
★ 「君が代」の職務命令は、
日大アメフトの悪質タックルや天皇の軍隊の捕虜刺突の命令と同じく、
「悪質」な命令ではないのか?
  ハンナ・アーレントが言った「思考する能力」、
いいことか悪いことか考えることはいらないのか?
教師はただ命令に従うアイヒマンであればいいのか?
  ナチスの法律に従って、命令に従って、
アウシュビッツに何百万人ものユダヤ人を
貨車で運ぶ「仕事」をしたアイヒマンも「正当」だと言うのか?
 
これらのテーマにそって、山田と永嶋弁護士、
○○・××両裁判長の間で具体的にどんな激論が闘わされたのか、
今となっては劇を見てもらうしかなかったと言うしかありません。

全26ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事