九州の山と沢 No1

九州の山と沢へ移転しました〜 http://blogs.yahoo.co.jp/yamaenoboru2117

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ヤマメ釣りの帰り、五木の久連子(くれこ)の古代の里に立ち寄ると、年に3回(毎年、8/15、9月第1日曜日八朔祭、11/3)しかない「久連子古代踊り」に思いもかけず出会い、結果良しの1日となりました。

●ここで五家荘(ごかのしょう)の由来を。。。

仁田尾(にたお)・樅木(もみき)・久連子(くれこ)・椎原(しいばる)・葉木(はき)の五つの集落を総称して五家荘という。
平安時代、藤原氏によって大宰府に流された(901年)菅原道真の子孫・左座家が藤原氏の追討を避けてこの地に入り、仁田尾と樅木に住む。
その後、壇ノ浦の合戦(1185年)に敗れた平清経の孫3人が逃れ来て緒方姓を名乗り、長男が椎原に・次男が久連子に、三男が葉木に隠れ住んだと言われています。

当時を偲ぶ有名なロマンスに、壇ノ浦の合戦で扇の的を射た那須与一の子、小太郎と扇を提示した女人、鬼山御前(玉虫御前)の話があります。
鬼山は平家の落人として五家荘に隠れ住んでいました。そこに平家の追跡を命じられた小太郎たちがやって来ます。源氏である小太郎に仲間を探されては困るので、鬼山は必死に彼らを押しとどめました。そしていつしか二人は恋仲になり、結婚して多くの子を育て幸せに暮らしたそうです。のちに鬼山御前は「乳(乳母)の神様」となり、五家荘の保口という集落に今でも祭られています。


写真左から
■久連子古代の里の案内板
「私達がくらす久連子は、通称五家荘と呼ばれる地域のひとつの集落です。壇ノ浦の合戦で敗れた平家の子孫が逃げのびて住みついたという言い伝えが残っています。

平らな土地に恵まれず、山の斜面を利用して木場を拓き、焼畑によるソバ、アワ、ヒエなどの雑穀や、小豆、大豆などの豆類や、イモ類などを主な食料として、お互いに助け合いながら、共に生きて来ました。
むらに、古くから伝わる久連子古代踊りは、私達の先祖が遠く京の都を偲びながら踊り始めたものです。1977年には、国の無形民族文化財に選ばれました。

また、古代踊りの笠は久連子鶏の尾羽でつくりますが、この鶏は、私達のむらにしか生息せず、1965年に県の天然記念物に指定されています。
四季折々に姿を変える豊かな自然に抱かれた久連子古代の里で、しばらくの間、ゆったりと流れる時間をお楽しみ下さい。」

■久連子古代の里全景  「おーい、電線〜邪魔だぞ〜」 電線曰く「電線の勝手でしょ〜」

■久連子神社  ここの狭い境内で古代踊りはありました。ここでも「おーい、電線〜邪魔だぞ〜」  電線沈黙。

■県の特別天然物「久連子鶏」  1時期2羽まで減るも、地元の人々の努力で現在は100羽以上に増えたそうです。

■800年の時を経た国の無形民族文化財、久連子「古代踊り」
久連子鶏の黒い尾羽を飾った笠をかぶり、鐘や太鼓を叩きながらゆったりと舞う哀愁漂う臼太鼓踊り。現在過疎化が進み、踊り手は65歳以上が多い。踊りは33種類あり1種類約15分程かかるので、全部踊るには1日かかってしまう。現在踊っているのは、そのうちの5種類。久連子鶏の尾羽を冠につけたのは、平家の落人が長い尾羽で顔を隠すためと言われています。尾羽は100年以上使い、長いもので40cm、ひとつの冠に400本ついています。

『久連子古代踊り』の一節 
「高き山」
高き山より思ひをかきゆやれ
思ひをかきゆやれなみのかず
思ばしゆめて夢見を見せて
つれなる君にをもかけよ
志のぶしゆぢに柳をうえて
いとど心にみだるるに

これは久連子古代踊りの冒頭の部分。源氏の追手から逃れ、山深い里に身を置く平家の心境がここから切々と唄われていく。
時代に翻弄されながらも、平家という誇り、品格を漂わせる歌詞が続く中m太鼓と鐘の音が叙情的な雰囲気を演出している。臼太鼓といえば、勇壮で豪快なものを連想するが、久連子古代踊りは、その鼓動や舞いに哀愁が満ちている。

紅葉狩で五木へ、と思われている方々へ。
五木の道は1車線が多く、曲がりくねり、アップダウンするので、とにかく車酔いに要注意です。五家荘で車酔いしたら、景色どころではなくなり最悪です。
また紅葉シーズンは一方通行の道路規制が入りますので、事前に下調べを。規制がなくても、離合に時間がかかったりしますので、余裕を持って訪れてください。まさに九州の秘境です。

五木へヤマメ釣り

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今年のヤマメも3月に解禁になってはや半年が過ぎ残すところ1ヶ月。今年は3〜4回しか行かなかったので、ヤマメ釣りを始めて5年の中で一番少なかったことになる。今月は頑張って行かなくちゃ!スタコラサッサ>>>

今回は今年結婚した長女の婿殿(バス釣りの達人?)を同行、いつもの仲間2人と合わせ4人での釣り行となった。

ヤマメ釣りは場所(沢)取りの関係で、出発が山よりも格段に早く、なんと午前3時45分に我家を出発、一路、五木の某川へと向かったが、もう眠くて眠くて(ひょえ〜)
前回(お盆)の釣果が良かっただけに、多いに胸躍らせたものの、結果は4人で1匹。もう散々・無残・メタメタのガンガンガン。その代わり、沢の自然を多いに満喫し、マイナスイオンを腹、じゃなくて、胸いっぱい吸い込んできました〜(にこにこ)

写真左から
■秋の気配  モミジがほんのり紅葉し始めていました〜

■五木の某川  源流釣りに慣れているので、川幅のある沢は雰囲気が違ってどうも苦手。落ち込みや溜りがないと堪りません(爆)

■釣り上がった沢も、正面堰堤でThe End 手前の青年が婿殿です〜来年3月赤ちゃん誕生、皆、頑張ってるんだぁ(笑)奥が僕の友人で、大分出身の宮崎さんで熊本に住んでますぅ〜冗談みたいな本当の話。  
ここで球磨川漁協に向かって一言「年券6000円も取ってるのに、今年は放流してるのか〜〜〜〜」 それに答えて球磨川漁協曰く「腕の問題では?」⇒「ぎょ!(魚)」「きゃふん〜」

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下山してから、もちろんタデ原へ。悠々さん、完全にはまりましたぁ〜感謝!

写真左から
■アキノキリンソウ(キク科)  いよいよアキノキリンソウの登場です。このあとリンドウ・ヤマラッキョウで久住の秋は終わりを告げ、冬の久住へと移り行きます。キリンソウに花が似ているのと、秋に咲くのでアキノキリンソウ。ツクシボウフウ(セリ科)とツーショット!

■イタドリ(タデ科)  雌雄別株。写真は雌株、ということは赤花は雌株? ちーこさんへプレゼント!僕もかんざしに見えてきましたぁ〜

■マツムシソウ(マツムシソウ科)  花の写真はどうしても真上から撮ってしまいます。ということで咲いている姿はこんな感じです〜

■ノコンギク(キク科)  この手のキク科の見分け方は、うーん。。。難しいなぁ〜これって(ノコンギク)正解ですかね?

■オトコエシ(オミナエシ科)男郎花   黄花のオミナエシは時に見るが、オトコエシは僕にとっては珍しい。 

■キンミズヒキ(バラ科)  ミズヒキに花の付き方が似ていて、花が黄色なところからキンミズヒキ。

■ウドとミズヒキのツーショット   今年はウドをよく見たな〜
■ウドを真上からパチリ

■オタカラコウ(キク科)  先週はまだつぼみでした〜

■色鮮やかキノコ   雨が池から坊がつるへ下る途中で発見!色鮮やかな紅、きっと毒キノコでしょ〜 初見参! 名前ご存知の方〜教えてくださ〜い。

■先週のタデ原  ススキの穂は見当たりません〜
■タデ原のススキ  先週から一週間でタデ原一面にススキの穂が出ました。先週のタデ原の写真と見比べてください。

■オオマツヨイグサ(アカバナ科)  夕方から咲き始め、朝にはしぼんでしまう。夜を待って咲くので「宵待草」だが、名前は「待宵草」になった。この仲間はすべて外国から渡来したもの。現在空き地などで見かけるのは、ちょっと小ぶりのメマツヨイグサ(アレチマツヨイグサ)である。

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写真左から
■登山者岩  白口岳斜面にある、斜面を登る人にみえる大岩。その姿はナチスドイツ軍に追われ、荷物を積んだそりを引きながら逃れるロシア兵に思えてならない、なんでそうなるの〜(笑) 
■登山者岩のアップ  似てるでしょう〜 白口谷ルートからしか見ることはできません。

■中岳山頂 1791m  九州本土の最高峰。昔は久住山の方が高かったとか。昔を知る人に聞くと、久住山は草山だったそうで、中岳に比べはるかに多くの登山者が訪れる為、いつの間にか土が削られ、流され、現在の姿になったそうです。それが故に中岳より低くなったそうです。

■眼下に白口谷  中岳山頂からの眺め。「あ〜あそこをさかのぼって来たんだぁ〜」と暫し感慨に浸る。

■眼下に東千里が浜  3つの浜の中で一番の草原。

■中岳から眺める天狗が城  普通は逆(天狗が城)から撮った写真が多い。

■御池  緑の湖面に映る山影とのコントラストがなかなか良い!
■御池  ちょっと角度を変えて。はい、チーズ パチリ!

■北千里が浜   正面が三俣山、ガスに包まれている。学生の遭難碑は、写真右の斜面の一角(岩)にある。合掌。

■北千里が浜を流れる小川が地下の伏流水へ。

■振り返れば久住山   北千里が浜、正面左奥が久住山

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先週、天候不良のため断念した白口谷からの中岳直登へ再挑戦すべく、今週も長者原から法華院へと向かいました。先週に比べ山にはすっかり秋の空気が漂い、肌寒くもありました。

★法華院温泉について(入り口の大看板に書かれている内容)
「この温泉は、標高1303mの九州では最も高い所に湧き出る温泉として知られ、泉質は単純硫化水素泉で、動脈硬化症や高血圧症などに効くといわれています。ここは、約500年前に天台宗の修験場として九重山法華院白水寺が建立され、修験僧の出入でにぎわい見たが、明治になると廃寺となり、本坊だけが残る由緒あるところです。現在は、雄大なくじゅうの山々が望める山の温泉宿として、山男の疲れをいやす秘湯が人気を集めています。

課題の直登ルートは突然ガスが出たため、またまた勇気ある断念(きゃふん)。ただ斜面を偵察すると、昔に比べ崩壊がいくつか増え危険度が増しているように思えたので、草木が枯れて見晴らしのよい来年春先に再挑戦することにしました。

今回のルートは長者原〜雨が池〜法華院温泉〜白口谷〜東千里が浜〜中岳〜北千里が浜〜すがもり越〜長者原で、結果的に結構ハードな歩きになりました。

総時間7:53(歩き5:55 休憩1:58) 中岳まで4:56(歩き3:39 休憩1:17) 下山2:27(歩き2:16 休憩0:11)

写真左から
■防災工事  ついに始りました。自然が破壊されることは悲しいことですが、生活を守る為には仕方ないですよね。今、三俣山には5個所、防災工事が入っています。

■雨が池  先週の光景はまぼろしに。奥が平治岳

■三俣山崩壊  最初は1箇所、それが今では3箇所にも!崩壊の間の緑部分が崩れたら山体崩壊になってしまう。そうならないよう願うばかり。

■三俣山崩壊  坊がつる側。坊がつるから南峰への直登ルート斜面が崩壊しませんように。。。この崩壊は直登ルートの右側。

■白口谷の途中から振り返ると、眼下に坊がつるの湿原が広がっていた。流れる川は鳴子川、奥は平治岳。

■白口谷  水量は少ない。以前、谷一面にベニドウダンが咲いていた光景が、目に焼き付いている。

■沢原と中岳  白口谷の右斜面が随分前に大崩壊して正規ルートは消失。現在のルートは一旦沢へ下って迂回、登り返してしてクリアーする。

■中岳のガレ斜面  10年近く前にこのガレ斜面をさかのぼり、上り詰める直下で左斜面へ逃げ、中岳山頂へ出たことがある。今回再挑戦と思ったが、以前に比べ崩壊個所が増えていたので、分岐点で突っ込むかどうか、結構考えこんでしまった。

■どうするか考えていたら、湧き出てきたガスにあっという間に包まれてしまった。なかなかガスが晴れなかったので、ここは無理せず断念することにした。勇気ある撤退・断念を学習すると、山登りも結果として随分、安全かつ楽になります。

■振り返れば白口谷  断念して正規ルートに戻り、暫く登って振り返ると、ガスが晴れているではないか!以前の僕だったら、ここで「え〜それはないよなぁ〜」と悔やみぼやいていたが、今は、あそこで断念したから晴れたんだと思うようにしている。またもしあのまま突っ込んでいたら、ガスは晴れなかっただろうと。

■長者原から硫黄山の噴煙   右が星生山、左が三俣山 いつみても雄大なパノラマ、ボラボ〜!

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