盛り土問題で揺れる豊洲新市場(写真:ロイター/アフロ)
  「豊洲新市場の盛り土問題」、正義の名の下の暴力的犯人探しが隠蔽や責任回避を誘発させる
「豊洲新市場の盛り土問題」について次々と事実が明るみになり、“関係者”とされる方たちのコメントも、続々と報じられている.
「技術会議はあくまでもどうやったら工事ができるかを考えるところであり、安全性の評価は専門家会議の役割だ。}(都庁の幹部)
「比留間元市場長、私の時代は全面盛土だった。地下空間の話はなかった。」
「岡田氏(次の市場長)、私の認識は全面盛土、捺印した特記仕様書はよく読んでいなかった。」(仕様書に地下空間はモニタリング空間として点検のため設けると明記してある)
「小池都知事が就任し、9月に入って外部から指摘があって問題を認識し、対応を検討していた。」(議会)
みなさん、自分の責任ではないと。み〜んな、み〜んな、責任回避のオンパレードだ。
 まぁ、これだけ連日連夜、「なぜ、こんなことが起こった? いったい誰の責任なんだ?」と騒がれれば、
オ、オレじゃないよ〜〜と、言いたくなる。“真犯人”に断定されたら、それこそ役人にとっては一巻の終わりだから。役人は責任回避の天才である。
しかし、問題が問題だし、都の説明を信じていた築地の方たちの心情を考えれば、責任追及は当然のこと。
 だが、ここ最近の世間の、集団リンチをも連想させる“犯人探し”といったら、グロテスクなまでに攻撃的。小池さんもこれは都庁の体質であり、現段階では責任者が隠れているといっている。
 
だが、「責任を追及すること」が何よりも大切で、ものごとを解決する、“悪者”探しが極めて重要と考える風潮には、私は少々辟易だ。
 

犯人探し」に熱中しても、問題の解決には近づかない

 そもそも大きな問題のほとんどは、いくつかの要因の積み重ねで起こるものだ。
誰かが意図的に操作したわけでも、誰かがさほど手を抜いたわけでもないのに、ちょっとした“歪み”が積もり積もって、想像もしなかったような大問題になることもある。
 しかも、その歪みには、関係者たちの心の在り様も含まれる。
 例えば、リーダーの発言を聞いたフォロワーが、発言をおもねって“忖度”し、妙な方向に進んでしまうことは多い。
「え?なんで? なんでそういう風になってしまったんだ?」といった事態に遭遇した経験は、だれにでもあるんじゃないだろうか?
 今回の築地問題でいえば、石原元都知事発言だ。

 先の「だまされた」発言の翌日、東京新聞の一面に「豊洲市場 石原氏、08年に地下コンクリ箱案に言及『ずっと安く早い』 」という文字が大きく踊り、それを発端に石原氏に注目が集まった。

 石原氏は2008年5月31日の定例会見で、海洋工学の専門家が「もっと違う発想でものを考えたらどうだ」と述べているとし、土を全部さらった後、地下にコンクリートの箱を埋め込み
「その上に市場としてのインフラを支える」との工法があると「担当の局長に言った」と説明していた。石原氏は「私は建築の専門家じゃないから、専門的なことはわからないから話を聞いただけで指示などしていない」と言っている。
 当時は、670億円と見込まれた汚染対策費が1000億円を超えるとの見方もあり、石原氏は「もっと費用のかからない、しかし効果の高い技術を模索したい」と説明し、
専門家会議の座長が「新しい方法論を試すにはリスクが高い」と述べたことについて、「その人の専門性というのはどんなものか分からない。いたずらに金かけることで済むものじゃない」と反論したようだ。
 2カ月後の7月、専門家会議は敷地全体を盛り土にするよう都に提言。ところが、その翌月、都は工法を検討する別の有識者の「技術会議」を設置し、
その会議で、地下空間を設けて駐車場などに有効利用する公募案を候補の一つに選んだ。この公募案は委員の反対で不採用になったが、
「浄化作業のため」とする都の別の提案で地下空間案が設計に反映され、土壌対策費は最終的に858億円となった。
 この報道を受けてメディアはこぞって、“石原問題”を取り上げているけれど、ことの真相はいまのところまだ明らかではない。石原氏は、前述のように「指示はしていない」とインタビューに答え、
「都は伏魔殿だね」と言い残した。(朝日テレビ)
 しかし石原氏の発言が一連の騒動のなんらかのきっかけになった可能性は否定できないと思う。
ただ、東京新聞の第一報後の“関係者”たちの発言を聞けばわかるとおり、特定の個人を想定した“犯人探し”に熱中していると、問題の解決に近づかないどころか、遠のいていく。
 つまり、最も大切なのは犯人探しではなく、問題が起きたプロセスを明らかにして、いつどこでどんなことが起き、そのときそこにいた人たちは
、「どう考え」「どういう行動」をとったのかをつまびらかに検証することであっろう。
 問題に関わった人自身が、「ひょっとしたら自分に責任があるかも」という文脈で考え、渦中にいた人にしかわからない機微に触れた出来事を明らかにしていくことで、
真相に迫ることができ、それは、失敗から学ぶことにつながっていく。
 逆の言い方をすれば、最近のグロテスクなまでの“悪者”探しが、結果的に「失敗から学ぶ」機会を奪っているのだ。にわかには信じ難い問題が多発しているのも
、「責任を追及すること」が何よりも大切という潮流が災いしているのではあるまいか。
 
犯人探しが「隠蔽」を生む
 とはいえ、自分の責任を認めるのは容易ではない。人間は都合良く責任転嫁し、他のせいにできない状況になって、はじめて「自責」的になれる。
失敗ほど絶好の成長の機会はないのに、皮肉なことにそのチャンスを手にするのは、案外難しいのである。

 だが、大きな問題のほとんどは、いくつかの要因が絡み合って起こるため、リアル世界では、容易に “犯人”を仕立てあげることができる。

 そもそも「責任の所在を明らかにする」という考え方自体が「他責的」。「ひょっとしたら自分にも責任があるかも」と自分にベクトルを向ける機会を奪い、
「ミスをしないこと」が成功への近道で、仕事をする上で最もプライオリティの高い能力であるという共通認識を醸成する。
 仕事の高度化、対人処理の難しさ、成果主義によるプレッシャーというミスを誘発する危険因子が散在する今の職場で、「ミスのない」ことへの要求が過度に高まっていくのである。
 で、何が起こるか?隠蔽、である。「ダメやヤツと思われたくない」気持ちが隠蔽を生み、“運良く”隠したミスがばれずに済むと、ミスに対するモラルが下がる。
 車のスピード違反をしても警察につかまらなければ、違反を犯すことが平気になるのと同じように、次第にありえない大問題につながっていくのである。 
 こうやって考えていくと、犯人探しをし、「責任を追及すること」が何よりも大切という文脈で行動する社会が、いかに無意味かがわかる。
設計を担当した日建設計(世界一の大設計事務所)は、「テナントの意向を踏まえた設計をしているはずだ。
にもかかわらず、築地市場の事業者の皆さんが自分たちの意向が受け入れられていないと不満を持つのはどうしてなのか」。

今回新たに設置されたプロジェクトチームでは、業界団体の代表ではなく、個々の事業者に考えを聞く場を設ける方針だ。

さらにプロジェクトチームでは、「議論は全て公開し、資料もできるだけ開示する考えを持つ。現代は専門家の権威で皆さんが納得する時代ではない。
専門的なデータもできるだけオープンにして、リスクコミュニケーションを図っていく。プロジェクトチームも専門家も試される時代だという認識は持っていると思う」 と言っている。もっともな見解であるおおもう。
、自分達には一切の責任はなく、その経緯についての発言は憚れるというのだとしたらそれは技術設計という行為の根幹をなす主体性の放棄に他ならず、
それ故に、今回の態度は彼らの言う「設計会社」に成り下がったことを認めたことに他なるまい.。
 
プロフェッション=職能人たれ!
汚染土壌の上に卸売市場を建設するためにはどのようにすべきなのか、
その社会的コンセンサスの形成や実行における設計技術設計者の果たすべき役割は極めて大きいものがあると思われるが、「設計会社」では所詮無理だったのだろうかと思わざるを得ない。
「建築家=プロフェッション」という考え方は現代ではさび付いてしまっているが、本来技術者は職能人としての誇りを持ち、世の中人のために自己犠牲をしてでも尽くすという姿勢は持ち続けたいと私は考える。
自ら責任を取るという毅然とした姿勢がないとこの問題も責任のなすりあいになる。地下空間を提案した設計者は「地下空間は、地下からの湧水のチエックのため、上部配管のメンテナンスのため有益で必要なな空間だ、
そのために小型トラクターも入るスペースとしてある。耐震的には上部の床と壁で十分安全だ(ともしそういうことであるならば)堂々と主張したら良い。そうでないことになったら責任はとるというべきだ。
設計者の職能人としての意識の欠如がこの問題をおかしなことにしている。
大手ゼネコン名ならば100億や1000億は弁償できるだろう。また損害保険にも入っているだろう(最も保険ではそんな金額は出ないが)真の職能人がいなくなったのは残念至極である。建築家としてそう思う。

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光冷暖

光冷暖の体験会のご案内をいただいて川崎にある「ライフ・イノベーション・センター」へ行った。
文字通り「生活を改革する革命的なシステム」の展示場である。1階の入り口に「光冷暖」の展示場がある。
光冷暖とは壁・天井・床さらに建具(ガラス窓も含めて)カーテンに至るまで、特殊セラミック塗装を行い、
夏は冷水(冬は温水)を通すラジエータの表面にもセラミック塗装をし、室内に放射複写されるエネルギー
(=電磁波)により体感温度をコントロールして、快適な冷暖房空間をキープするシステムである。
セラミック塗装は当初「岩盤浴」の岩を使用していたそうであるが、現在では科学的に調合した塗料と聞く。
空調器機の主流であるエアコンのように、送風によって空気を冷やしたり、暖めたりする冷暖房ではない。
冷温風がもたらすさまざまな不快感を解決し、かつ環境へ配慮した画期的な特許システムと思う.
私は7年前から数度体験したが,風を使わない冷暖房システムなので、エアコンの当たりすぎで感じる身体のだるさがほとんどない。
暑い・寒いといった部屋ごとの温度ムラが少なく、家全体を適度な室内環境に調節でき、優れた冷暖房システムと思う。
7年前最初の体験会で二枝社長から、遠赤外線が放射されていると聞いて,気功師でもある私は(中国太学功2級)
太学功の師[丁治紅]師が出す気の主成分が遠赤外線と聞いていたので、当時2級気功師であった自分も白い気が出せるようになっていたので、気を出してみた。
そして、室内に光冷暖による同じ白い気を確かに見た。私の師(丁治紅師)の出す白い癒しの気と同じであった。
太学功は、人を飛ばして見せたりする硬気功ではなく、丁先生は人を飛ばすこともできるが、それは気功の目的ではないとおっしゃり
、白い癒しの気を出して生徒の健康を増進させ、長生きを保証する気功法であり「宇宙のエネルギー=気」を体内にとり込む方法で、
細胞の質を高め、健康な体と元気な心身をつくる方法で、教室で先生が出す白い気を我々が受け取り、健康にいつまでも元気で
アンチ・エイジングで若々しく生きることができる。室内にある光冷暖の白い気は、光冷暖が真に健康に良いものであることを示している。
これは長生きできる冷暖房であると確信した。光冷暖二枝社長に乞われてこの話をしたこともある。今回も室内に幾条もの白い気を見ることができた。
電気代も安く経常費は安いがイニシャルコストは少々高い。ローン等種々工夫をしておられる。
病院や学校には最適であると思う。健康で快適な住環境を作り出す革命的な発明であると実感する。
安倍総理や著名建築家も注目し導入してておられる。海外でも注目されカナダ、香港はじめ東南アジアの国々にも普及し始めている。進出している。
 
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人類は地球を救えない


 
世界の人口は発展途上国を中心に爆発的に増加している。世界規模で人口を減らすべき
 
という考え方は決して非人道的ではない。現在100年前の10億の人口が60億に増えてしまっている。
 
人が多すぎるからものすごい格差がすでにできている。人間は生まれた以上誰もが豊かな生活を望みます。
 
ところがいま毎日何万人の子供が餓死しています。先進国に住んでいるのは世界の10%の人々に過ぎない。
 
生活水準の向上は環境破壊に直結している。この100年で人々の生活レベルは各段に向上しました。
 
地球の許容量を超える勢いでレベルアップしました。環境破壊は「人口を減らせ」という地球からのメッセージ
 
だと思います。それなのに、愚かな人間たちは姑息な、手先の環境対策しか取りません。そして愚かにも≪地球
 
を救おう≫≪地球にやさしく≫などとナンセンスなシュプレヒコールを続けています
 
地球は人間ごとき勝手な輩に救ってもらおうなどとは思っていません。
 
生物が生まれて30億年、恐竜が1億6千年生きたのに愚かな人類は30万年で滅びようとしています。生あるものは必ず滅びます。
 
最も短いシュミレーションでは人類の滅亡は100年後だそうです。それなら火星科土星へ行こうというわけには参りません。もう少し賢くなって
 
もう少し生きる道を探しましょう。人間は決して「万物の霊長」などではないのですから。
 

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原発のゴミの処理


 
原発はよく「トイレの無いマンション」などと言われている。使用済み核燃料の処置ができていないのだ。
この処置方法にに2通りあることはご存知でしょう。燃え残っているウランの内「燃えないウランがプルトニウムに代わる。
 
高レベルの核廃棄物をガラスと一緒に「ガラス固化」してステンレス容器に固めこみこのプルトニウムとウランを取り出して再処理して使おうと考えた国がある。
 
日本もその一つ。ところが最終的に処理場が決まったのはフィンランドとスエーデンだけ。地下1000メートル位の深いところに埋めて捨てている。
 
アメリカもフランスも日本もイギリスも処理場がない。国民に反対されて決まらないのだ。日本では茨城県の東海村と青森県の六ケ所村にガラス固体化処理場があるが、どちらもうまくいってない。
 
非常に放射能が高いのでロボットを使っているが人間が近づいたら熱て即死してしまう。埋めた地下から放射能が漏れて、地下水を通して地上に上って生物に悪影響を与える。
 
放射能が半減するのに、プルトニウム239は2万4000年、ウラン235は7億年、ウラン238は45億年と言われている。気が遠くなる数字である。
 
核兵器はウラン235が大部分で、原発はウラン238が大部分である。とにかく人間は「トンデモナイモノ」を作ってしまったということである。
 
ウラン濃縮を日本は原子力と呼び、他の国は核開発と呼ぶ。原発を続けるということは核開発をやっているのだということをはっきり認識しなければならない。まやかしはいけない。
 
人は一人一人が自分の足で立ち、自分の頭で考え、ジブの生き方を正しく物事の真実を知って選べる世界を作ることが本当に必要だと思う。
 
エネルギーをたくさん使えば幸せなんだと思っている人は考え直してほしいと思う。

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地球温暖化阻止


「経済発展を優先することから一歩譲って経済的に貧しくとも地球環境に負荷をかけない清貧で健康な生活を満足する社会を目指すのはいかがでしょうか。
暖を取るためのエネルギー源は自給自足のバイオマスに求め、石油などの地下燃料からエネルギーの脱却こそ、二酸化炭素の排出量の規制につながる。
脱地下燃料による科学技術の発展を目指し、自然との共生の中に人類の住処を見つける考えが重要であり、人間のエゴをいつまでも引きずることがあってはならない。
地球のバイオリスムを理解し、自然に生かされる人間社会こそがユートピアである。物を無駄にせず、捨てるという消費思想を止めて、これまでのライフスタイルを変更することが重要であると思う。
元来、日本文化には鎮守の杜(もり)を大切にする自然への畏敬の念がある。
自然を大切にする持続可能な技術を開発して、世界のリーダーシップを取ることを願考えよう。

経済大国を維持するための競争から降りてでも、地球温暖化を防止するための技術開発に賛同しよう。。
 

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