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好きな数字は、「3」と「6」と「7」です。らです。
意味が分からない…そこは「10」だろう…アーチャー的に考えて。 子供達は、4月の中旬頃から近射が出来るくらいに成長しました。特にK君は、自主的に山形市ア協会の練習にも参加していたので、10m-20mくらいの距離射も出来る様になっていました。 何とか山大生と中学生の練習時間をかぶらせない様に苦心しながら、山大での練習が続いていましたが、その状況も、限界が近づいていました。 山形市ア協会に連絡をとり、「これからは本格的に新入部員が練習を開始するので、中学生達が山大で練習が出来なくなるのは時間の問題。一刻も早くスポ少が出来ないと、中学生はアーチェリーが出来なくなる」と伝えました。 山形市ア協会からは、ようやくスポ少を立ち上げられる準備が整ったので、毎年5月に同協会が主催する天童総体の後、会議をする、と言われました。 それを受けて、僕は、子供達を同大会に参加させたい旨、自分も大会後の会議に参加したい旨、そして、自分をスポ少のコーチングスタッフに入れて欲しい旨を協会に伝えました。 今まで子供達のことを見てきた僕にとって、スポ少が出来たからと、子供達との縁が切れるのは嫌でした。子供達が一人前のアーチャーになるまでを見届けたい、という気持ちがありました。 子供達の目標も決まりました。5月中旬の天童総体での子供達のデビュー。NちゃんとK君を天童総体で大会デビューさせよう、と僕は決めたのです(中3のT君は、最後の中総体を優先させたい、という本人の意向があったので、勿論そちらに専念してもらいました)。 しかし、問題がありました。 大会の競技形式で、最も子供達が出場しやすい形式は、30MWでした。 もっと短い距離の競技を作って欲しい、と協会に相談しましたが、競技形式はずっと前から決まっていたことで、流石に変更は出来ない、とのこと。当たり前なことではありますが、僕としては非常に辛いことでした。 子供達の使う弓具は山大の練習弓にアクセサリーを付けたもの。 元々引き尺のあったK君は筋力もつき、強いポンドの弓を引ける様になっていたので30Mは充分射てました。 しかし、女の子、しかもかなり小柄で、筋力の無いNちゃんは、届いても精々20Mが精一杯。 Nちゃんの大会出場が危ぶまれました。 |
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