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お江戸の女性ファッション

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竹久夢二は、明治末から昭和初期にかけて活躍、一世を風靡した詩画人です。大正の歌麿とも
言われているように、その作品には市井のくらしに根付いた喜びや悲しみが表わされ、一世紀に
近い時を経た今も人々の心を魅了します。美人画はもちろん、子供画や晩年は日本の山河を
多く主題としました。また、木版画の制作、楽譜や表紙装幀にも携わり、浴衣・半襟・手拭いなど
日々の生活に用いるもののデザインにも情熱を注ぎ、日本のグラフィックデザイナーの先駆者と
して多くの素晴らしい作品を残しました。

全国のあちらこちらに竹久夢二記念館、美術館なる物は、存在します。「大正浪漫」の画家と
して知られています。「大正浪漫」といえば、洋風でモダンといったイメージが浮かんできますが
実はそれだけが特質ではありません。大正と江戸、時代を越えながらも江戸文化は夢二の
美意識に影響を与えました。大衆のための生活芸術を掲げた夢二にとって、町人文化である
浮世絵版画、歌舞伎、浄瑠璃には、共鳴する部分も多かったと思われます。中でも、美人画を
得意とした夢二が浮世絵美人画に興味を示さなかったわけがありません。

全国の竹久夢二記念館、美術館を訪れると、浮世絵美人画を目にする事が出来ます。
この種の絵を見ていると、「大正浪漫」とは、又違った、夢二の、歌舞伎、浄瑠璃に共鳴して
一筆したためた当時を想像出来ます。

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秋草を背景にして佇む美人は、紅梅絣の単物らしい小袖を着ている。初秋の佇まい
ながら、まだ夏の名残を止めた姿であろうか。紅梅織は夏季の浴衣と同じ様に、
素肌に着るくつろ着として、幕末から、明治、大正と庶民の間で愛好された衣料で
あるが、柄ゆきによっては、町着としても、洒落着としても便利に着られた。
地質は平織で経緯の糸に太糸を入れて、うね織の様に、縞や格子模様が作られ、
肌触りの良い織物で、主に足利地方で生産されていた。

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この美女の下唇には、当時流行していた笹色紅が塗られています。高価な紅を沢山
縫ったのと同じ化粧効果をを出す為に、下地に墨を塗って、その上に紅を差すと、
緑色に蛍光発色したそうです。文化文政(19世紀前半)頃、上方から流行して
江戸でも流行ったが、江戸末期にはすたれたそうです。但し、上方では、
明治・大正期まで流行ったそうです。

この浮世絵の仙女香とは、江戸京橋の坂本氏が売り出した「白粉(おしろい)」で、
当時人気のあった歌舞伎の女形、三代目瀬川菊之丞(1789〜1800、「仙女」
と号した)からあやかって命名したものです。そして当時の広告媒体である浮世絵や
出版物を駆使した一大キャンペーンを行ったことで、有名です。どうしてこういう
ことが出来たかといいますと、この坂本氏、実は別の名を和田源七といい、絵入り
小説類の「改」を行う懸りの名主だったからです。

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江戸に水茶屋(平成で例えると、喫茶店)ができたのは寛文延宝(1661〜1680年)といわれている。
寺社の前をはじめとする盛り場に多く開店し、茶やダンゴなどを出した。当然、売上に貢献
しないわけにはいけない。それでこそ看板娘である。

茶托に載せた茶は、まもなく彼女をお目当てにやってきた男性客のもとへ送り届けられることだろう。
半身のみを大きくクローズアップして描き出すこの図は、水茶屋と呼ばれる休憩所の看板娘で評判を
浚った、寛政の三美人の一人、難波屋おきたという女性をモデルとしたものである。愛くるしい
表情で巷の人気を集めた彼女を目当てに、多くの江戸の男たちはこぞってこの水茶屋を訪れたという。
美人画で大首絵と呼ばれる半身像を描くことは、絵師歌麿の独創にかかるものである。歌麿は
寛政期に同種の美人画版画を多数発表して、一気に浮世絵界のスターダムにまでのし上がった。
表情を大写しにすることで女性の複雑な心理をも汲み取ろうとする彼の意欲的な美人画は、長い
浮世絵の歴史のなかでも随一の評価を得ており、以降の浮世絵美人画すべてに強烈な
影響を与えている。

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寛政の三美人とは、難波屋おきた、高島屋おひさ、菊本おはんの三人を
言うのであるが、人によっては、おはんを外し、この浮世絵のモデル、
宮本豊雛を加える人もいる。

いずれ劣らぬ美人ながら、宮本豊雛は、水茶屋娘では無く、宮本連の
名取り娘であった。美貌と言うだけで無く、宮本節も上手に語った
ところから、いっそうの人気を博したのであろう。芸名の 豊雛も
一代名人、宮本豊前太夫の名の一字を貰ったものらしい。

頭を藪っているのは、当時の女性が外出の折にかぶる帽子で、前で
止めている帽子針(平成で例えると、安全ピン)が印象的である。

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