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橋本遊廓跡探訪(1) 京阪電車の橋本駅のすぐ近く、旧道(京街道)沿いに、かつての遊廓として繁栄していた頃の建物がかなり残っています。 もともと、橋本は京と大坂を結ぶ街道筋の宿場として江戸時代から栄えたところでした。 明治維新後は一時衰退し、大正時代の京阪電車の開通とともに、再び繁盛し、昭和33年の赤線廃止まで一大遊廓として繁栄していました。 淀川を挟んだ対岸、西国街道の山崎との間には渡しが往来していました。その渡し場を示す道標も残っています。当時は大勢の客が渡し船に乗って遊びに来たといいます。 よく見ると、廃屋になっているところもあり、まるで昔の映画に出てくるような町並みがそのままの形で、静かに時の流れに身を任せながら、朽ち果てようとしているようです。 ここはまた、「鬼龍院花子の生涯」の最初のシーンで登場したところで、街道に面した建物群の裏側に沿って水路が続き、船から建物内への乗下船ができたことが想像されます。 このような町並みがあと何年残っていられるか、そう考えると、ぜひもう一度近いうちに訪れておきたいと思わずにはいられません。 平成18年夏に撮影した橋本の写真を、これから3回に分けてアップしますので興味をもたれたら、ぜひ現地へ訪れてみてください。 2 橋本の今 ≪第1回≫ 駅周辺・水路に面した町並み、趣ある銭湯のようす (1)旧歌舞練場跡 橋本駅のホームからも見えるこの建物は老朽化が激しい。 看板に書いてあった文字はなんだろうか。 内部の状況はどうなっているのか。 (2)対岸の山崎までの渡し舟への道標 遊廓跡の建物の裏側は水路(大谷川)に面しており、平行して淀川が流れている。渡し舟は昭和37年まで運行されていた。 (3)裏側を大谷川に面した橋本の町並み かつての繁栄を感じさせる。物干し台が良い味を出している。表は通りに面し、裏は川に面して、それぞれ出入りができたのだろう。 (4)アサヒスタイニー「やをりき」 駅前にある洋食のお店。「アサヒスタイニー」の看板がノスタルジック。まだ営業しているのだろうか。 (5)駅前にあるかつての雰囲気を残す二階建て 2階の木製の手すり、欄干、1階の格子戸の雰囲気がいい。 (6)銭湯「橋本湯」 かつて遊廓として繁栄した橋本の町並みの南のはずれにある。破風屋根の上に、「橋本湯」と屋号が彫られた屋根瓦が風格さえ感じさせる。 次回につづく。
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京の遊廓跡探訪
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