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「清荒神」と八重桜
「清荒神」は荒神口通を河原町から西へ向かって50mほどのところにある、天台宗の寺院で、正式名称は「護浄院」といいます。
本尊の「三宝清荒神尊」は、火の守り神であり、「火の用心」「災難除け」の神様として、京都では昔から多くの町家でおくどさん(かまど)の上に、清荒神の「火の用心」のお札を貼って、お祀りしてきました
今でも節分の日には、境内は「火の用心」や「厄除け」のお札を求める参詣者で賑います。
また、境内の尊天堂内に安置される福徳恵比須神は、「京の七福神」の福禄寿として広く信仰されています。
4月末に訪れた時、境内の八重桜が満開ピーク過ぎといったところで、地面には花びらがじゅうたんのように散り敷いていながら、まだまだ花も残っていました。
なお、「清荒神」から「荒神口」の地名が起こったといわれています。
2 境内
(1)山門
①北側(荒神口通に面した山門)
②西側
(2)本堂
本堂は流造の神社風で、その前に石鳥居があり、かつての神仏習合の時代を感じさせる。 ・扁額
(3)境内東側にある南北に長い建物「尊天堂」
北から順に弁才天、福禄寿、洛陽三十三所観音巡礼第三番札所になっている准胝観音菩薩は、「仏母准胝尊」ともいわれる慈悲深い観音菩薩。慈覚大師作の不動明王、そして大聖歓喜天、薬師如来が祀られている。
①弁才天 ②福禄寿
尊天堂内に安置される福徳恵比須神は、もと禁裏(京都御所、堂上家)に奉安されていたが、明治維新に際し護浄院へ移された。
「京都七福神」の一つ。
②准胝観音
③不動明王と大聖歓喜天
(4)光格天皇えな塚
(5)延命地蔵
(6)手水舎
参拝者のための清浄水「無垢の井」
(7)寺務所
「厄除け開運の火箸」
3 境内の八重桜
4 本尊:「三宝清荒神尊」
火の守り神であり、「火の用心」「災難除け」の本尊として人々の信仰をあつめている。荒神尊は仏・法・僧の三宝を守護するところから三宝清荒神尊と名づけられた。 5 祈願絵馬
6 沿革
<駒札> ・今から1200年ほど前に、光仁天皇の皇子である開成親王が仏門に帰依し、自ら清三宝大荒神尊を作ってお祀りしたのが始まりで、当初は攝津勝尾山の清荒神にあった。
・その後、後小松天皇の勅により僧乗厳が醒ヶ井高辻(現在の下京区)の地に勧請し、始めて清荒神といわれた。
・その後、慶長5年(1600)、この地に移され、後陽成天皇自作の如来荒神尊七体を合わせて祀って、国家安泰、五穀豊穣、火難即滅、日常生活の平穏を祈願し、元禄10年(1697)に護浄院と院号を賜り 、今日に至っている。
・一般の家庭ではカマドの上に祀られ、火の守護神とされている。
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京都の桜2010
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京都にも、宝塚と同じく、清荒神さんが有るとは、薄々伺っていましたが・・丁寧な勘所を掴んだ記事で。
感心しました。
2010/5/12(水) 午前 2:14
清荒神さんといえば、宝塚にある荒神さん(清澄寺)が規模がはるかに大きく、歴史も古いのですが、京都の清荒神さんはもとは現在の箕面にあったのを、後小松天皇の頃、1390年に現在の京都市下京区に勧請し、さらに1600年に現在地に移転したそうです。
2010/5/12(水) 午前 7:02 [ みやこ鳥 ]