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藤井斉成会有鄰館と武田五一
有鄰館は、岡崎の京都近代美術館から琵琶湖疏水をはさんだ南側の道路沿いにあります。
この建物は3階の窓の下には部分的にベランダを設け、屋上には中国風の朱塗りの八角堂があり、正面に大きな狛獅子がいるなど、とても変わった建物ですが、ここ岡崎の地に大正15年、武田五一の設計によって建設されました。
武田五一といえば、京大建築学科の初代教授で「関西建築界の父」といわれた人で、京都検定でも良く出題される建築家です。
なお、屋上の八角堂は展示品の一つで、有鄰館のHPには「中国の古材を使用」と紹介しています。 <外観>
ここは中国の古美術を中心とした私立美術館で、滋賀県五個荘出身の実業家で、のちの衆議院議員となった藤井善助(1873年−1943年、藤井紡績の創業者)によって設立されました。
また、収蔵品の中で全国的に有名になっているものがあります。それは、昔、中国で、科挙の試験の際に使用されたとされる、カンニング用の下着の実物が展示されているということです。その下着には全面に細かい文字でテキストを書き込んでいるそうで、いつか見てみたいと思っていたのですが、たまたま先日、日曜日の昼過ぎに美術館の前を通りがかった時に、「本日開館」と書かれた案内板がありました。
この美術館の開館は、毎月第一、第三日曜日の正午〜午後3時半までという、めったに開館しない美術館なので、通りすがりに見学できればラッキーだったのですが、この日は残念ながらその15分後に京阪三条に行く用事があったので、見学は次回ということにしました。
案内板に入口は西門から、と書いてありましたので、西門前まで行ってみると門の内側に建物の入口と青銅の燈籠などの古美術品が見えました。
1 場所↓
2 財団法人藤井斉成会有鄰館
(1)建物の外観
①正面のようす
大きな狛獅子がいます。
②龍のレリーフ
③西門と門内のようす
④案内板
(2)沿革
<説明板>
藤井善助(1873-1943)が収集した中国の美術品を展示し、あわせて学術資料として保存するために建設された美術館。
大正15年に、武田五一京都帝国大学教授の設計、大林組の施工により竣工。
外観は装飾が少なく、壁面は平滑な仕上げであるが、屋上には中国風の八角堂がのり、全体としては特異な印象を与える。
内部も、陳列室の折上格天井の各格間に東洋風の模様の布を張り、陳列ケースを中国風意匠とするなど、全体に陳列品にあわせた意匠でまとめられている。
この建物は近代的な民間美術館では東京の大倉集古館に次ぐ歴史を持ち、その建築遺構としては現存最古である。また、意匠的にも特色があり、昭和60年、京都市登録有形文化財に登録された。
※補足
・ここは中国の殷(商)から清まで各時代の青銅器、仏像、書画、陶磁器など多彩で、国宝 1件、国の重要文化財 9件を含む所蔵品を有している。
・珍しい収蔵品として知られているものは、科挙試の際に使用されたとされる、カンニング用の下着があること。
・有鄰館の公式HP↓
3 武田五一(明治5年〜昭和13年)
(1)プロフィール
フリー百科事典「ウィキペディア」には、次の記載がある。
・広島県福山市生まれ。
・関西を中心に活躍し、「関西建築会の父」ともいわれる建築家。
・ヨーロッパ留学で影響を受けたアール・ヌーボー、セセッションなど、新しいデザインを日本に紹介した建築家とも言われる。
・建築以外にも工芸や図案・テキスタイルデザインなども手掛けた。
・自身の作品のみならず、京都高等工芸学校(現・京都工芸繊維大学)図案科や京都帝国大学(現・京都大学)に工学部建築学科を創立し多くの後進を育成した。また、神戸高等工業学校(現・神戸大学工学部)の設立にも関与。
・フランク・ロイド・ライトとも親交があり、国会議事堂建設をはじめ多くのプロジェクトに関与している。
(2)京都市内にある武田五一の主な作品
・同志社女子大学ジェームス館
・京都市役所(東半分1927年、西半分1931年)
・島津製作所河原町別館(1927年)
・旧毎日新聞社京都支局(1928年)
・京都大学人文科学研究所東洋学文献センター(旧東方文化学院京都研究所)(1930年)
・同志社女子大学栄光館(1932年)
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