|
京都の乃木神社の正月風景
乃木神社は、大正5年に明治天皇に殉死した乃木希典を祀る神社として、薩摩藩出身の財界人である村野山人によって明治天皇陵(伏見桃山陵)の南の麓に創建されました。
村野山人は、南海、京阪、山陽など各鉄道の経営に携わり、「関西の鉄道王」とも呼ばれた人で、明治天皇の大葬に京阪電車の会社代表として参列し、乃木夫妻の殉死を聞いて強い衝撃と感銘を受け、乃木希典の1周忌に会社の職を辞し私財を投じて、乃木将軍の人となり・日本人の心を後世に伝えることに尽くそうと考え、明治天皇陵の麓にこの乃木神社を建立しました。(以上、フリー百科事典「ウィキペディア」より)
境内には、少年時代を過ごした長府の乃木旧邸が復元され、また、日露戦争のときに司令部として使用された民家が移築されるなど、乃木将軍ゆかりのものを見ることができます。
ここは、今では乃木将軍の生涯にあやかってか、「勝利」を強く意識した絵馬・名水などがあり、受験合格祈願などで人気の神社の一つとなっています。
2 正月の境内のようす
樹齢3000年の台湾ヒノキを使って建てられたという神門から境内に入ると、中央に本殿まで続く参道があり、左手には宝物館、記念館、乃木旧邸(復元)が建ち並んでいる。
社殿は、正面が乃木希典、静子夫妻を祀る拝殿・本殿があり、向かって右側に山城えびす神社がある。
①神門
・神門から境内を見る
②手水
創建した大正5年の表示がある。
③日露戦争日本海海戦(明治38年)で活躍した軍艦吾妻の主錨
④宝物館
将軍の書画、武具など遺品数100点を保存。
⑤記念館
⑥長府乃木旧邸
⑦お地蔵さん
⑨乃木の名水「勝水」
⑩絵馬
「○○に勝つ」という「○○」は自分で書く。
⑪山城えびす神社
乃木神社創建から7年後の大正12年に「静魂七福社」(しずたましちふくしゃ)として創建され、乃木静子夫人の御霊と七福神が合祀の形で祀られた。
その後、乃木神社創建90年を期に、静子夫人の御霊は乃木神社本殿へ遷され、七福神のなかで唯一日本の神様であるといわれている「えびす様」を祀る「山城えびす神社」として創建した。
3 乃木神社の沿革
フリー百科事典「ウィキペディア」には、次のように書かれている。
・大正5年(1916)9月に創建。
・建立の中心となった村野山人は薩摩藩(鹿児島県)出身で、豊州の門司鉄道をはじめ、摂津、山陽、南海、京阪等の各鉄道の取締役を歴任した人物である。
<村野山人銅像>
・村野は、明治天皇の大葬の際に京阪電車の会社代表として参列。その場において乃木夫妻の殉死を聞いて強い衝撃と感銘を受けた。そして、乃木希典の1周忌に会社の職を辞し私財を投じて、乃木将軍の人となり・日本人の心を後世に伝えることに尽くそうと考えた。それが明治天皇の陵の麓に神社を建立し、精神の高揚を図ることであった。
|
全体表示
[ リスト ]






