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京都の桜2011

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本法寺と境内の桜

本法寺と境内の桜
 
 
上京区の堀川通と小川通に挟まれた寺之内の一角にある本法寺は、本阿弥光悦と長谷川等伯ゆかりの寺として知られています。
 
堀川寺之内から寺之内通を東に向かうと、宝鏡寺の東角を南北に貫く通りがあります。これが小川通です。
 
小川通を北へ向かうと、右手に表千家不審菴や、裏千家今日庵が続き、通りに沿って茶道具などを扱うお店があります。
 
・裏千家今日庵
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本法寺の入口の仁王門は、裏千家今日庵の向かいにあります。
 
仁王門をくぐると、右手に多宝塔を見て本堂まで参道が続いています。
 
本法寺は、日蓮宗の本山で、山号は叡昌山、本尊は十界曼荼羅です。
 
ここはまた、日親上人を開山とし、永享8年(1436)、京都綾小路東洞院に創立されましたが、以後、いくたびか寺地を移し、天正15年(1587)に豊臣秀吉の命により現在の地に再興されました。その際に本阿弥光悦は父本阿弥光二と共に私財を投入し、移転工事を監督したと伝えられています。
 
天明8年(1788)の天明の大火(別名「団栗焼け」)により、経蔵と宝蔵を除いて堂宇のほとんどを焼失し、現在の建物はその後に再建されたものです。
 
書院の東側に、本阿弥光悦作といわれる「三つ巴の庭」と名づけられた庭園があり、国指定名勝となっています。
 
また、長谷川等伯は能登の絵師として知られていましたが、父の死後、1571年、本法寺塔頭・教行院を頼って上洛し、千利休、本法寺10世の日通、大徳寺の春屋宗園らと親交を結んだと伝えられ、本法寺の墓地に長谷川等伯の墓があります。
 
ここでは庭園の拝観と併せて宝物館の拝観をすると、京都の三大涅槃図の一つといわれる長谷川等伯の「佛涅槃図」を間近に見ることができます。(通常はレプリカ)
 
 堀川寺之内かいわいには妙覚寺や妙顕寺、水火天満宮など、桜の見所としても知られた社寺がありますが、ここも境内に桜の木が多く植えられており、花見に訪れる人も多いところです。
 
 今年の境内の桜のようすです。
 
 
 
 
2 境内
堀川寺之内の北東側に境内が広がっている。本堂、開山堂、多宝塔、庫裡、書院、大玄関、唐門、鐘楼、経蔵、宝蔵、石橋、棟札は京都府有形文化財に指定されている。
 
 
≪境内の桜のようす≫
 
①仁王門(府指定文化財)
小川通に面し、裏千家今日庵の向かいに仁王門がある。
 
・仁王門前の桜
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・仁王門と桜
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・扁額「叡昌山」
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仁王門を入ると、西方の本堂に向かって参道が続き、本堂の手前に多宝塔がある。
 
 
③多宝塔
・参道と多宝塔、本堂
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・多宝塔と桜
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④本堂
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寛政9年(1797)の建立。
 
 
・本阿弥光悦筆の扁額
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⑤光悦翁手植えの松
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⑥長谷川等伯の像
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 長谷川等伯は上洛後、本法寺塔頭・教行院に寄寓し、千利休、本法寺10世・日通、大徳寺・春屋宗園らと親交を結んだ。
 
 
④経蔵
経蔵は本法寺の最古の建物の一つで、天正16年(1588)、10世日通により建立された。扁額は、江戸時代、1717年、本覚院宮(宝鏡寺第22代門跡・徳厳禅尼)筆による。
 
 
⑤開山堂
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⑥鐘楼
寛政8年(1795)の再建
 
 
⑦唐門
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⑧庫裏
拝観受付がある。
 
 
⑨書院
書院は、江戸時代、1829年に紀州家の寄進による。上段の間をはじめ18畳が三間ある。
 
 
⑩本法寺の墓地
本阿弥家一族や長谷川等伯らの墓がある。
 
 
 
3 摩利支天堂
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狛イノシシがいる。
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摩利支天とは、仏教の守護神の 一つであり、イノシシに乗っている。
 
 
 
4 庭園
(1)「十(つなし)の庭」
 
(2)庭園「三巴の庭」
書院前に作られた本阿弥光悦作とされる枯山水庭園。桃山時代風の豪放な庭
として国の名勝に指定。
 
庭の奥、東南隅部分に三尊石組の形式の滝石組が据えられている。滝から流れ落ちる水が、石橋の下をくぐって大海に出て行く様子を表しているようで、築山が大海に浮かぶ3つの島を表しており、それぞれの形が「巴の形」であるといわれている。
 
 
 
5 寺宝
桃山時代の画家長谷川等伯の絵画や関係資料を所蔵している。
 
・光悦の寄進状を添えた紫紙金字法華経(重文)
 
・長谷川等伯の「佛涅槃図」(同)
長谷川等伯が若死した息子の七回忌に奉献したもので、永禄2年(1559)の作、10×6m。通常は写しを展示。
 
 
6 沿革
 
<説明板>
イメージ 19・叡昌山と号し、日蓮宗の本山の一つ。
 
・永享8(1436)、本阿弥清信が日親承認を開基に請じて創建したのが当寺の起こり。
 
・はじめ四条高倉にあったが、天文5年(1536)法華の乱によって山徒に焼かれ、のちここに移った。江戸時代には後水尾天皇・紀州徳川家の保護を受けて繁栄し、中山法華経寺輪番にあたる上方三山の一つでもあった。
 
・現在の堂宇は江戸時代後期に再建されたものであるが、本阿弥光悦作庭の「巴の庭」は有名。
 
・当寺はまた本阿弥家の菩提寺であったことでも知られている。
 
・なお、開基の日親は、永享11(1439)、三代将軍足利義教に法華経受持を説き、「立正治国論」を著したため将軍の怒りに触れ、寺を焼かれ、投獄され、焼き鍋を頭に被せるなどの拷問を受け、改宗を迫られたが信念を変えなかったことから、後に鍋かぶり日親と称された。
 
 
 
7 本阿弥光悦について
・刀剣の鑑定、研磨、浄拭(ぬぐい)を家業とする京都の本阿弥光二の男として生まれる。今日では近衛信尹、松花堂昭乗とともに「寛永の三筆」の一人に位置づけられる書家として、また、陶芸、漆芸、出版、茶の湯などにも豊かな才能を発揮したとして高く評価されている。
 
・光悦は、元和元年(1615)、徳川家康から洛北鷹ヶ峯の地を拝領し、本阿弥一族や町衆、職人などの法華宗徒仲間を率いて移住し芸術村(光悦村)を築いたことでも知られる。光悦の死後、光悦の屋敷は日蓮宗の寺(光悦寺)となっている。
 
・また、光悦は俵屋宗達、尾形光琳とともに、琳派の創始者として、後世の日本文化に大きな影響を与えた。
(フリー百科事典「ウィキペディア」より参照)
 
 
8 長谷川等伯
・安土桃山時代の画家で長谷川派の祖・長谷川等伯(1539-1610)は、能登七尾に生まれた。画は、雪舟門弟等春の弟子・宗清に学び、熱心な法華信徒として仏画を描いた。

・父の死後、1571年、本法寺塔頭・教行院を頼って上洛し、千利休、本法寺10世・日通、大徳寺・春屋宗園らと親交を結んだ。1590年、仙洞御所障壁画は狩野派の圧力により中止となり、この確執により狩野永徳(1543-1590)は亡くなっている。

・水墨画の最高傑作「松林図屏風」(東京国立博物館蔵)、豊臣秀吉建立の祥雲寺・障壁画(現智積院蔵)などがある。
(フリー百科事典「ウィキペディア」より参照)
 
 
9 練習問題
(1)山号:叡昌山。本尊:十界大曼荼羅。
 
(2)沿革
永享8年(1436)に( 1 )が四条高倉に建立。同11年、「( 2 )」を著し、足利義教の怒りに触れ、投獄。焼けた鍋を頭にかぶせられ「なべかむり日親」と称される。
のち許され、当寺を再興。投獄中、本阿弥清信と知り合い、後に、当寺は本阿弥家の菩提寺に。天明8年の大火で類焼の後再建。
 
(3)庭園:「( 3 )」
国の名勝。( 4 )の作。三島をそれぞれ巴形にして配置。中庭には本阿弥光悦遺愛の手水鉢を据える。
 
 
(4)墓地
本阿弥一族、( 5 )らの墓がある。
 
【正解】
1
日親
2
立正治国論
3
三巴の庭
4
本阿弥光悦
5
長谷川等伯

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2011/4/26(火) 午前 6:08 [ おっさん ]


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