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水火天満宮と境内の「登天石」、「出世石」、「玉子神石」、「是より洛中」の石標など
水火天満宮は堀川紫明の南、上御霊通をはさんで、本法寺の北側にあります。
延長元年 (923) に醍醐天皇の勅願により水難火難除けの守護神として延暦寺の尊意僧正に勅命があり、菅原道真の神霊を勧請し建立したのがはじまりで、以前は同じ上京区の上天神町にあったのが、堀川通の拡張に伴って1952年に現在の場所に移転しました。
境内には、縁結び、就職祈願に霊験あらたかといわれている末社の六玉稲荷大明神社のほか、道真の霊が降り立ったといわれる「登天石」、近年出世した人が寄進した「出世石」、眼病に効くといわれる井戸水「金龍水」、安産祈願の石「玉子神石」、さらに「是より洛中」の石標などがあります。
ここの境内が一番華やいで見えるのは、境内の奥に植えられた紅しだれ桜が満開の頃ですが、花の時期が終わった静かな境内を、伝説の石や、石標など確認しながら歩いてみました。
今回初めて「玉子神石」と「是より洛中」の石標 を見つけました。
1 場所 ↓
2 境内
(1)堀川通に面した鳥居の周辺
①孝学堂跡の石碑
孝学堂は、江戸時代に天満宮宮司の孝道が境内に開設した学問塾跡。
②「日本最初水火天満宮」と書かれた石標
神社の公式HPによれば、ここは、「天皇の勅命にて神号を賜り、天満宮とした事」と、「初めて道真公の神霊を勧請した事」により、「日本最初の天満宮」であるとしている。
(2)堀川通に面した鳥居から見た境内
(2)拝殿・本殿
(3)南側、公園に面した鳥居の周辺
境内の南側は公園に面した柵に沿って手水舎から奥へ、「出世石」、「登天石」、鳥居を挟んで「金龍水」があり、その隣に末社の六玉稲荷大明神社がある。
①出世石
近年出世した人が寄進した石といわれている。
②登天石
延喜3年(903)、菅原道真公が大宰府で死去した後、都に天変地異が相次ぎ人々は道真の怨霊のなせるわざではないかという噂が広まった。そこで醍醐天皇は、道真が師と仰いでいた尊意僧正へ祈祷を依頼。勅命を受けた僧正が宮中に向かった。その途中、賀茂川が氾濫していた。このとき僧正は天に向かい神剣をかざし、川に向かって祈りをささげると急に水位が下がり、道真の神霊が石の上に乗って現れ、やがて昇天、雷雨も止んだという。この時、道真の神霊が乗っていた石が、水火天満宮の「登天石」だという。
元は現在地よりも西の上天神町にあったが、昭和27年に堀川通の拡張に伴い現在の水火天満宮に移された。
今では、火難水難除けの守り神として知られている。
③金龍水
眼病に効くといわれる井戸水
④「是より洛中」の石標
荷を載せた馬は、馬の口取り(馬子)が手綱を引いて歩くが、時には馬に乗ることもあったので、馬に乗ったままで洛中へ入ってはならないという意味。
この石標は江戸時代に交通安全のため市街地に入る時に下馬を命じたもの。
元禄8年(1695)、都への出入り口30箇所に木杭で作られたが朽ちたため享保2年(1717年)、石に作りかえられたといわれる。
なお、現在、同じ字体の同じ石標は京都市内に10本余り残っているという。
(4)東側、奥に建ち並ぶ末社の六玉稲荷大明神社、秋葉大神、白太夫社、弁財天、玉子神石
敷地の奥、拝殿の東端には、末社の六玉稲荷大明神社とその隣に末社の秋葉大神、白太夫社、弁財天、玉子神石が並んでいる。
①末社、六玉稲荷大明神社
②安産祈願の石「玉子神石」
末社に置かれている「玉子神石」は、妊娠5ヶ月目にこの石を拝むと安産になると言われている。
(5)祈願絵馬
3 沿革
・延長元年(923年)、醍醐天皇の勅願により水難火難除けの守護神として延暦寺の尊意僧正に勅命があり、菅原道真の神霊を勧請し建立された。
・以前は同じ上京区の上天神町にあったが、堀川通の拡張に伴って1952年、現在の場所に移転した。
(フリー百科事典「ウィキペディア」より転載)
4 京都検定の出題歴
●平成18年度2級
(問)「社寺」と「伝説」の組み合わせ。誤りはどれか。
(ア)八坂神社−忠盛燈籠 (イ)北野天満宮−道真の登天石 (ウ)珍皇寺−六堂の辻 (エ)十輪寺−業平の塩窯跡 【正解】(イ)
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