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西本願寺伝道院
西本願寺の御影堂門から堀川通を隔てて東へ向う正面道の入口に総門があり、ここから仏具屋さんが建ち並ぶ通りの先に、レンガ造りのドームのある建物が見えます。
この建物は、明治45年(1912)に当時の真宗信徒生命保険株式会社の社屋として建築されたもので、昭和63年(1988)に、京都市の指定有形文化財に指定されました。
設計者は、京都では祇園閣の設計をした東京帝国大学教授の伊東忠太です。
ここは、何年も前からブルーシートがかかり、修復工事が進められてきたのが、今年の春にようやく姿を現しました。
近寄ってみると、なかなか個性的な建物です。
また、妖怪好きであったという伊東忠太らしい、面白い姿の石造怪獣なども柵の上の柱に取り付けられていたりします。
1 場所↓
2 伝道院
①西本願寺境内から見た伝道院
②総門
③御前通と伝道院
④全景
⑤側面
⑥石造怪獣
3 由来
<説明板>
京都市指定有形文化財
本願寺伝道院
この建物は、明治28年(1895)4月に設立された真宗信徒生命保険株式会社の社屋として、明治45年に東京帝国大学教授伊東忠太の設計、竹中工務店の施工により建築されたものである。当初は「本館」のほか「付属室」、「倉庫」の2棟。「物置、人力車置場、便所」、「屋根付伝ひ廊下」が建っていたが、現在は「本館」のみが残る。
伊東忠太は明治41年、日本建築もこれからは石材・鉄によらねばならず、しかもその建築様式は欧化でも和洋折衷でもなく、木造の伝統を進化させることにより生み出さなければいけない、という「建築進化論」を提唱し、日本の建築界に大きな影響を与えた。 建物はこの「建築進化論」の考え方を明確に表現した作品で、外観は古典様式基づくものの、開口部まわりや軒まわり、塔屋の形態などにサラセン洋式、日本の伝統的な洋式が用いられており、日本の近代建築の発展を知るうえで貴重なものである。 昭和63年5月2日指定 京都市 4 伊東忠太
・明治〜昭和期の建築家、建築史家
・山形県米沢市出身。日本建築史を創始。建築界ではじめて文化勲章を受章
なお、フリー百科事典「ウィキペディア」によれば、伊東忠太は妖怪好きで、兼松講堂や震災祈念堂などには摩訶不思議な動物の彫刻が付けられているといい、また、もともと画家(漫画家)になりたかったということで、本格的な日本画や、妖怪などを描いた軽妙な漫画も多く残しているという。
●主な作品
<京都>
・祇園閣
・豊国廟
・平安神宮(共同設計)
・伝道院(真宗信徒生命保険株式会社社屋)
<関東>
・大倉集古館
・震災祈念堂
・築地本願寺
・東京商科大学兼松講堂 現・一橋大学兼松講堂
など
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京の近代洋風建築
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2011/6/7(火) 午前 5:51 [ おっさん ]
昔は、あそか診療所だったような記憶があります
2011/6/7(火) 午後 9:01
コメントありがとうございます。調べてみましたら昭和33年から昭和48年まで、大日本仏教慈善会財団(大正15年設立)のあそか診療所となり、昭和48年から本願寺伝道院となっています。
2011/6/8(水) 午前 1:15 [ みやこ鳥 ]