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京の六地蔵めぐり

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京の六地蔵めぐりと鞍馬口の上善寺(鞍馬口地蔵)
 
 
 
上善寺は、賀茂川に架かる出雲寺橋の近く、鞍馬口通に面した寺町通の北側のつきあたりにある浄土宗の寺院です。
 
 
 
 
上善寺は、京の六地蔵めぐりの一つで、地蔵堂に安置された「鞍馬口地蔵」は、平安時代の初め、小野篁が一度息絶えて冥途へ行き、生身の地蔵尊を拝して蘇った後、一木から刻んだ六体の地蔵の一つと伝えられ、毎年822日、23日は多くの参詣客でにぎわいます。
 
 
 
2 境内
山門
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「第一番六地蔵寺」の石柱が立つ。
 
また、山門のわきに、堺町御門の変で戦死した入江九一ら、長州人の首塚を示す「贈正四位入江九一外七名首塚」と彫られた石柱がある。
 
 
・山門から見た本堂
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②本堂
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  行基作と伝える阿弥陀如来像を本尊としている。
 
 
地蔵堂への参道に並ぶ露店と地蔵堂のまわりのようす
 
・露店
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・地蔵堂
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 小野篁作と伝える深泥池地蔵(鞍馬口地蔵)を安置
 
 
●「鞍馬口地蔵」
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  最初は木幡の里に祀られていたが、保元年間(115659)に深泥池(みどろがいけ)畔に移されて「深泥池地蔵」と呼ばれ、その後、明治時代に廃仏毀釈の嵐の中、現在地に移され「鞍馬口地蔵」と名を改めたと伝える。
 
 
・水供養
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・お幡を求める参拝者
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④大日如来石仏
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 鎌倉時代中期のものといわれる。高さ約1.6m。
 
 
 
●六地蔵めぐり
 
毎年822日〜23日、京都の街道の入口に安置された6カ所の地蔵尊
 
・桃山の大善寺(奈良街道)
 
・上鳥羽の浄禅寺(西国街道)
 
  桂の地蔵寺(丹波街道)
 
  常盤の源光寺(周山街道)
 
  鞍馬口の上善寺(若狭街道)
 
  山科の徳林庵(東海道)
 
を巡拝して、罪障消滅、無病息災、家内安全、五穀豊穣などを願う風習、伝統行事です。
 
 京都では、800年の伝統行事とされており、この日は多くの参拝客がこの6箇所の寺院を巡拝します。
 
 
<6地蔵尊の「お幡」>
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 6か所の寺院で求めた色とりどりのお幡をまとめて、一年間、門口につるした後、次の六地蔵めぐりの時に古いお幡を境内の綱につるして奉納します。
 
 
 
3 沿革
 
<説明板>
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・「千松山遍照院」という。浄土宗の寺院。
 
・貞観5(863)に比叡山延暦寺の円仁によって、現千本今出川の地に天台密教の道場として創建し、その後度重なる火災により荒廃。
 
・文明年間(146987)、盛信上人が衰微していた寺を再興し、その後、後柏原天皇の勅願寺として再び隆盛。
 
・文禄3(1594)現在地の鞍馬口寺町東入に移転し、その後、天台真盛宗から浄土宗に改宗。
 
・本尊の阿弥陀仏坐像は行基作と伝え、寛永11(1634)嵯峨今林蓮華清浄寺から移してきたものと伝える。
 
 
 
4 練習問題
・山号「千松山」。院号「( 1 )」
 
・本尊「阿弥陀如来」:( 2 )の作。
 
・沿革
貞観5年(863)、( 3 )が天台密教の道場として開創し、文明年間(146987)に再興、現称に。
 
文禄3年(1594)、現在地へ移転、のちに浄土宗に改宗。
 
・墓地
今出川家歴代の墓、禁門の変で戦死した( 4 )藩士らの首塚。
 
・地蔵堂の( 5 )地蔵
六地蔵めぐりの一つ。もとは洛北の深泥池にあったという。
 
【正解】
1
遍照院
2
行基
3
円仁
4
長州
5
深泥池

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