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先斗町の歌舞練場と蘭陵王の舞楽面の鬼瓦
先斗町は京都を代表する花街の一つで、四条通から三条通一筋下ルまで、鴨川と木屋町通の間を南北に走る、石畳の狭い通りに沿って、現在でも花街特有の町並みや飲食店が建ち並んでいます。
●先斗町
先斗町では明治5年(1872)以来、鴨川をどりが演じられ、秋には昭和5年から続く先斗町の芸妓による伎芸発表会である水明会が行われています。
この通りの北の端近く、先斗町歌舞練場があります。
※場所↓
●先斗町歌舞練場
●鴨川をどりのポスター
先斗町歌舞練場は、大阪松竹座(大正12年)東京劇場(昭和2年)、京都祇園の弥栄会館などを手がけて劇場建築の名手といわれた大林組の技師、木村得三郎氏による設計で、大正14年(1925年)に着工し、昭和2年(1927年)に完成しました。
先斗町側と鴨川に向いた屋根には、中国の蘭陵王の舞楽面を型取った鬼瓦があります。
●蘭陵王の鬼瓦(先斗町側)
蘭陵王は舞楽の主要演目の一つで、昔から各節会などでしばしば舞われています。
この鬼瓦は、先斗町の繁栄を祈念して守り神として据えたものと伝えられていますが、よく見ると頭上に龍がいます。
蘭陵王は川に棲む龍王の化身とも考えられ、雨乞いの舞いともいわれるそうです。
おもしろいのは、蘭陵王の両脇に鼓を添えたのはなぜか、という疑問。
ネットで調べても理由は分かりませんでしたが、もし、「ぽんと」町なので叩いて「ぽん」と鳴る鼓を据えた、ということなら、これを設計した人はさぞかしジョークの分かる人だったのでしょう。
などと、勝手に想像していたら、どうも奥の深い背景があるようです。
つまり、「音」は、古来より修正会、修二会などの法会において不可欠なものであり、魔除け、悪霊を払うことに 大きな意味を持っていたそうです。能の鼓もまた、そうした効果があると信じられていたからこそ、鬼瓦という魔除けのために置かれる瓦に能の鼓を持たせたのではないだろうか。そうだとすれば、瓦職人さんは能に造詣のある方で遊び心からこうした鬼瓦を作ったのではないか・・・。
(管理人の先輩からのアドバイスでした)
一つ一つ、何気なく置かれたように見えるものも、実は奥の深い背景があるもので、京都への興味は尽きることがありません。
≪先斗町について≫
(1)経過
・寛文10年(1670)に鴨川の大改修の新堤とともに生まれる。 ・正徳2年(1712)、一帯にお茶屋が登場、文化10年(1813)に公認。
(2)名前の由来
ポルトガル語のponta(「先」の意)に由来するという説が有力。 (3)町並みの保全
※先斗町は、「町並み保全地区」には指定されていない。 (4)伝統の歌舞会について
・先斗町 鴨川をどり 5月1日〜24日 尾上流
・祇園甲部 都をどり 4月1日〜30日 井上流 ・宮川町 京おどり 4月第一土曜〜第三日曜 若柳流
・上七軒 北野をどり 4月15日〜25日 花柳流 ・祇園東 祇園をどり 11月初旬 藤間流 ◎「都の賑い」(5花街による伝統芸能の披露)
毎年6月第三土・日曜日に行う。 (5)花街の始業式
・新年を迎えて芸・舞妓が一堂に会して精進を誓う行事。 上七軒は、1月9日に行う。
↓ 祇園甲部、祇園東、宮川町、先斗町は、1月7日に行う。 (6)水明会
水明会は先斗町の芸妓による伎芸発表会で、昭和5年から続けられている格式高い舞踊会。 平成23年は10月20日から4日間開催された。 (7) 提灯
紋章が千鳥紋なので、提灯の絵柄は千鳥。 |
京の花街
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