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妙心寺退蔵院と庭園「元信の庭」、「余香苑」としだれ桜
退蔵院は臨済宗大本山妙心寺の塔頭で、妙心寺三門の西側に位置しています。
ここは室町時代の創建で、初期水墨画の代表作といわれる、如拙の描いた国宝の『瓢鮎図』を所蔵することで知られています。
また、庭園は、室町時代の画家、狩野元信が築庭した枯山水の庭で、「元信の庭」と呼ばれる庭園と、中根金作が作庭し、昭和の名園と呼ばれる回遊式庭園「余香苑」があります。
今回は、4月半ばの庭園で、しだれ桜がひときわきれいだった頃の写真をアップします。
※場所↓
1 境内
①方丈(重文)
内部の襖絵は狩野光信の高弟であった狩野了慶の筆によるもので、桃山後期の優れた遺品とされる。(内部は通常非公開)
●国宝「紙本墨画淡彩瓢鮎図」(方丈前に置かれた模写)
(原品は京都国立博物館に寄託中)
室町水墨画の先駆者・如拙の作。如拙筆の確証がある数少ない作品の一つで、日本の初期水墨画の代表作の一つとされる。また、室町幕府4代将軍足利義持の命で制作されたものとされる。
つるつるの瓢箪でぬるぬるしたなまず(「鮎」は「なまず」の古字)を捕まえるにはどうすればよいかという、およそ不可能な問いかけを図示したものであり、禅の公案を絵画化したもの。
ことわざとして世俗的に解釈すると、その意味は、瓢箪で鯰を押さえるように、のらりくらりとして要領を得ないということ、また、骨折って功なく到底その目的を果たせないさまをいう。
●杉戸絵
3 庭園
(1)元信の庭
室町時代の画家、狩野元信の作と伝わる枯山水の庭園で、方丈の西に面して作庭。史跡名勝。「都林泉名勝図会」には狩野元信作庭と記載。「元信の庭」と呼ばれる。
・池の中央部に中島を配した亀島を、西側に三尊石、南西部に蓬莱島、手前に鶴島、北西部築山の奥には立石の段落ちの枯滝を組み、栗石を敷いて、渓流を表現している。
・中島の岬には2ヶ所の石橋が渡され、石組みの表現は豪華華麗の中に、閑静な趣きがある。
・枯滝・蓬莱山・亀島と石橋など多数の庭石が豪快に組まれている。
(2)余香苑
造園家で「昭和の小堀遠州」と称えられた中根金作が、昭和38年(1963)から3年の月日を費やして作庭した、昭和を代表する名園といわれている。
回遊式庭園で、桜、つつじ、藤、紫陽花など四季折々の花が美しい。
●しだれ桜
●山吹
●ボケ
●庭園「余香苑」
※中根金作が関わった京都市内の主な庭園
余香苑のほか、城南宮神苑「楽水苑」がある。また、御香宮神社の石庭復元も中根金作によって行われた。
●水琴窟
4 沿革
応永11年(1404)に越前の豪族・波多野重通が妙心寺第三世・無因宗因(むいんそういん)を開山として千本通松原に創建し、日峰宗舜(にっぽうそうしゅん)により妙心寺山内に移される。
一時期衰退するが、後奈良天皇の帰依が深かった亀年禅愉(きねんぜんゆ)により中興される。
(フリー百科事典「ウィキペディア」参照)
5 京都検定の出題歴
(1)平成16年度2級
【問】退蔵院の「瓢鮎図」(国宝)の作者は誰か。 (ア)如拙 (イ)周文 (ウ)雪舟 (エ)墨渓 【正解】(ア)
(2)平成18年度1級
【問】妙心寺の退蔵院にある如拙が描いた国宝の水墨画を何というか。
【正解】「瓢鮎図」
6 練習問題
(1)( 1 )の塔頭。 (2)沿革
応永11年(1404)に、波多野出雲守重通が、下京区千本松原に建立。開山は( 2 )。 応仁の乱で焼失後、現在地に復興。 |
京都の桜2012
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私が行ったときはしだれ桜つぼみで残念でしたが、
やはり咲くときれいですね。
通訳ガイドの試験には必ず画像問題が出るのですが、
瓢鯰図が出ました。
三室戸寺も中根金作でしたよね?
2012/5/2(水) 午後 0:54 [ Cherry ]
ほぼ毎日拝見しています。城南宮洛水苑の表記は正しいのでしょうか。楽水苑では
2012/5/4(金) 午前 8:04 [ jiji ]
「洛水園」ではなく、「楽水園」ですね。ご指摘ありがとうございます。
三室戸寺の庭園「与楽苑」も、中根金作氏の作庭によって、平成元年に完成したものですね。
これからもよろしくお願いします。
2012/5/6(日) 午前 7:28 [ みやこ鳥 ]