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京の庭園めぐり

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円山公園と「祇園小唄」歌碑とラジオ塔と祇園祭山鉾館
 
 
円山公園は、八坂神社の東、東山を背に、八坂神社、知恩院に隣接して広がり、年間を通じて観光客が多く訪れる公園です。
 
ここは歴史をさかのぼってみれば、もとは八坂神社、知恩院、安養寺、長楽寺の境内地で、公園として整備されたのは明治19年に京都府が円山一帯を公園地に指定してからです。
 
ですから、円山公園は 明治19年(1886)に開設した京都市内で最も古い公園であり、現在、国指定名勝となっています。
 
また、当時、著名な建築家であった武田五一が公園作庭の計画をまとめ、平安神宮神苑などの作庭で有名な小川治兵衛が池泉回遊式庭園を中心とした円山公園の造営を行いました。
 
その後、明治22年の市制施行とともに管理が京都市に移され、現在も京都市によって管理されています。
 
なお、円山公園の「円山」は、このあたりに広がっていた慈円山安養寺の「円山」からそう呼ばれるようになったと伝えられています。
 
 
円山公園を歩いてみると、中には祇園祭の山鉾を収蔵する山鉾館や昭和7年にNHK京都放送局が開局した時に、ラジオの普及のために作られたラジオ塔など、よく見たら歴史を感じさせるものもあって、興味は尽きません。
 
 
1 場所↓
 
 
 
2 園内
 
●園内の池
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●「祇園の枝垂れ桜」
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近年勢いが若干衰えているものの、満開の頃は風情があります。
 
なお、広大な回遊式庭園にはシダレザクラのほかにソメイヨシノなど約700本もの桜が咲き誇り、このあたりは京都随一の桜の名所といわれています。
 
 
●「祇園小唄」歌碑
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歌碑は、吉うたの2代目女将が関係者の協力のもと、昭和361123日につくられた。デザインは、洋画家の和田三造による。
 
祇園小唄は、お茶屋で芸・舞妓が舞い、また歌舞練場の舞台でも流れる古典的な名曲。作曲は佐々紅華。
 
<由来>
作詞家の長田幹彦が、昭和3年(1928)に、祇園のお茶屋「吉うた」で作詞したといわれている。その2年後に映画「絵日傘」の主題歌に使われ、それから大ヒットして歌われるようになった。
 
平成14年に第1回祇園小唄祭が行われた。
 
その記念として歌碑の側に説明板が立てられた。
 
 
※「祇園小唄」
 
作詞:長田幹彦
作曲:佐々紅華
 
1番)
月はおぼろに東山
霞む夜毎のかがり火に
夢もいざよう紅桜
偲ぶ思いを振袖に
祇園恋しや だらりの帯よ
 
 
平成15年以降は、京都伝統伎芸振興財団主催で毎年行われている。
 
※長田幹彦
「祇園夜話」、「青春時代」などの作詞で知られた当時のベストセラー作家。
 
 
●長楽館
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 ここはかつて明治時代の実業家で「煙草王」と称された村井吉兵衛の京都別邸として建てられた建物で、「長楽館」という名称は、伊藤博文が宿泊した際に付けられたそうです。
 
 内装はとても豪華で、ここでは贅沢なひと時を過ごすことができます。
 
 今ではレディースホテル・喫茶店として使われています。
 
 
●祇園祭山鉾館
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●ラジオ塔
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昭和7年にNHK京都放送局が開局した時に、ラジオの普及のために作られたもので、当時は毎朝、塔の前でラジオ体操を楽しむ姿が見られたという。
 
 
 
3 円山公園の開設までの経過
 
<説明板>
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・現在の円山公園一帯は、昔は一面真葛やすすきなどが生い茂り、真葛ヶ原と呼ばれていた。
 
・現在の円山公園の敷地は、もとは、主に八坂神社の裏庭と、時宗三山(安養寺、長楽寺、双林寺)の境内だった土地で構成されている。特に安養寺から召し上げられた敷地が広かったという。
 
 
・なお、「円山」の名の由来は「慈円山安養寺」による。
 
・このあたり一帯は明治初期に官有地とされ、現在の園地計画は武田五一がまとめた。
 
・明治19(1886)、京都府は円山一帯を公園地に指定し、同22年市制が施行されると同時に京都府から京都市の管理に移された。
 
・この後何度か拡張工事を行い、大正2(1913)に小川治兵衛の手により現在の中央に池を配した池泉回遊式日本庭園に造りかえられたのが現在の円山公園となっている。
 
・坂本龍馬と中岡慎太郎の銅像などもある。
 
・国指定名勝に指定されている。
 
 
 
4 七代目小川治兵衛
 
・近代日本庭園の先駆者とされる作庭家、庭師。通称「植治」(屋号)。
 
・植治は、明治初期、京都東山・南禅寺界隈に新たに形成された別荘地において、東山の借景と琵琶湖疏水の引き込みを活かした近代的日本庭園群(南禅寺界隈疏水園池群)を手掛けたことで名高い。
 
・明治27年、植治は並河靖之邸の七宝焼き工房に研磨用として引きこんだ疏水を庭園に引く。次いで山縣有朋の求めに応じて、庭園用を主目的として疏水を引きこんだ無鄰菴の作庭を行う。
 
・これを草分けとして、植治は自然の景観と躍動的な水の流れをくみこんだ自然主義的な近代日本庭園を数多く手がけて、それらを設計段階から資材調達、施工、維持管理まで総合的に引き受けていく。
 
・植治は、平安神宮・円山公園・無鄰庵(山縣有朋公邸)・清風荘(西園寺公望公邸)・対龍山荘(市田弥一郎邸)・等国指定名勝指定庭園の作庭、さらに古河庭園、平安神宮、京都博物館前庭、野村碧雲荘などや住友家(有芳園・茶臼山邸・鰻谷邸・住吉・東京市兵町邸)・三井家・岩崎家・細川家等数多くの名庭を残す。
 
・そのほか、京都御苑と御苑内御所・修学院離宮・桂離宮・二条城・清水寺・南禅寺・妙心寺・法然院・青蓮院・仁和寺等の作庭および修景も手がけた。
(フリー百科事典「ウィキペディア」より引用)
 

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