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山科川の土手で、ネムノキの花が咲いています
 
 
伏見区の六地蔵から石田にかけて、山科川の土手に、桜をはじめさまざまな木が植えられて、近年、その木が成長して四季折々の花が咲くのを見ることができるようになりました。
 
6月末近くになって、今年も淡紅色のネムノキの花が咲いています。
 
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<ネムノキ>
ネムノキ科(広い意味でマメ科)の落葉高木。別名、ネム、ネブ。
 
花は夏に咲く。淡紅色のおしべが長く美しい。香りは桃のように甘い。果実は細長く扁平な豆果。マメ科に属するが、他のマメ科の植物とは花の形が大きく異なる。
 
ネムノキ属は主として熱帯に150種ほどが分布し、温帯で広く栽培され、一部で野生化している。
 
和名のネム、ネブは、夜になると葉が閉じること(就眠運動)に由来する。漢字名の「合歓木」は、中国においてネムノキが夫婦円満の象徴とされていることから付けられたものである。
 (フリー百科事典「ウィキペディア」参照)
 
藤森神社とあじさいの花
 
 
 藤森神社は京阪電車墨染駅の北東、京都教育大学の西隣にあります。
 
 社伝によれば、平安遷都以前からある古社であり、三韓征伐から凱旋した神功皇后が、山城国・深草の里の藤森に「いくさ旗」を立て、兵具を納め、塚を作り、祭祀を行ったのが当社の発祥であるとしています。
 
 また、古来より勝運と馬の神様として信仰を集め、菖蒲の節句発祥の祭といわれる藤森祭と駈馬神事が伝わっています。
 
境内には京都では有数の規模を誇るあじさい園があり、6月中旬頃から7月にかけて3,500株に及ぶあじさいが見頃になり、このころには、多くの人が訪れます。
 
 先週の週末に訪れると、まだまだ見頃といったところでした。
 
 
 
1 場所↓
 
 
 
2 あじさい園で咲き誇っていたあじさい
 
・入口
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3 境内
 
●東側の入口の鳥居と参道
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●拝殿 
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●本殿
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 正徳2年(1712)に中御門天皇より宮中内侍所(賢所)の建物を賜ったもので,現存する賢所としては最古のものとされている。
 
 
●八幡宮社(重文)
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 応神天皇を祀る。足利義教によって造営された。
 
 
七宮社
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大将軍社(重文)
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 桓武天皇が平安遷都の折、王城守護のため四面に大将軍を祀った。その南面の守護神がこの社とされる。古来、この神は方除けの神として崇敬を集めている。
 
 現在の建物は室町時代の影響10年(1438)、時の将軍足利義教の寄進によるもの。
 
 
霊験天満宮
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祖霊社
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手水舎
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 この手水鉢の台石は、石川五衛門が、宇治の浮島十三重塔の上から5番目の石を持ってきたものだと、伝えられている。
 
 
旗塚
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 神功皇后が旗や武器を埋めた場所とされる。木をさすって、その手で身体のわるいところをさすると治ると伝えられている。
 
 
名水「不二の水」
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二つとない良い水という意。
 
 
絵馬舎
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祈願絵馬
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3 沿革
<説明板>
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・平安遷都以前に建立された古社。素盞鳴命、神功皇后、日本武尊など十二柱に及ぶ神々をまつり、洛南深草の産土神として崇敬されている。
 
・「菖蒲の節句」発祥の神社として知られ、菖蒲が勝負に通じること、毎年五月五日に行われる藤森祭で曲乗りの妙技で有名な「駈馬神事」が行われることから、勝運と馬の神社として特に信仰が厚い。
 
・また、日本書紀の編者であり、日本最初の学者である舎人親王を祭神としていることから、学問の神としても信仰されている。
 
・本殿は、正徳2年(1712)に中御門天皇より賜った宮中内侍所(賢所)の建物といわれる。
 
・また、本殿背後東にある八幡宮は応神天皇を祀り、西にある大将軍社は磐長姫命を祀る。どちらも重要文化財に指定されており、特に大将軍社は平安遷都のとき、王城守護のため京都の四方に祀られた社の一つであるといわれ、古来より方除けの神として信仰されている。
 
・本殿東の、神功皇后が新羅侵攻の際に軍旗を埋納したといわれる旗塚や、二つとない良い水として名付けられたという名水「不二の水」は有名である。
 
・六月の紫陽花が見事で、「紫陽花の宮」とも呼ばれている。
 
 
 
4 藤森神社の社地について
 
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』には、つぎの記載がある。
 
・藤森の地は現在の伏見稲荷大社の社地である。その地に稲荷神が祀られることになったため、当社は現在地に遷座した。そのため、伏見稲荷大社周辺の住民は現在でも当社の氏子である。
 
・なお、現在地は元は真幡寸神社(現 城南宮)の社地であり、この際に真幡寸神社も現在地に遷座した。
 
 
 
5 年中行事 「藤森祭」55
①端午の節句に武者人形を飾る風習(菖蒲の節句)の起源、由来となる行事
朝からみこし3基が氏子内を巡行し、武者行列が練る。
 
②駈馬神事
一字書き、藤下がり、さか乗りなどの馬上妙技が披露される。
 
 
6 宝物殿
同神社に伝わる社宝に、宮司が集めた古今の武具を加えた百数十点の他、博物館も併設されている。
 
 
7 あじさい園
6月上旬から7月上旬。3,500株に及ぶあじさいが見頃になる。
 
 
8 京都検定の出題歴
①平成17年度1級
()菖蒲の節句発祥の神社といわれ、勝運と馬の神社としても知られている神社はどこか。
 
【正解】藤森神社
 
②平成19年度2
(問)「神社」と「花」の組み合わせ 誤っているものはどれか。
(ア)大田神社 ― カキツバタ  (イ)藤森神社 ― 蓮
(ウ)地主神社 ― 桜     (イ)長岡天満宮 ― 霧島つつじ
 
 建仁寺禅居庵摩利支尊天堂とあじさいの花
 
 
 建仁寺は四条通から花見小路を南へ歩いたつきあたりにありますが、その境内の南西端近くに、禅居庵という建仁寺の塔頭があります。
 
禅居庵は建仁寺境内から山門が開かれていますが、禅居庵の摩利支尊天堂へは、南側と西側に山門があって、直接お参りすることができます。
 
摩利支尊天堂境内には、狛犬ではなく、狛イノシシがいます。また、手水舎にもイノシシがいます。イノシシの像があちこちにあるのは護王神社みたいです。
 
ここでは、イノシシが尊天の使いとされています。
 
 
※場所↓
 
 
 
1 建仁寺禅居庵について
 
建仁寺の寺域の南西にある建仁寺の塔頭で、元(中国)の禅僧、清拙正澄禅師が鎌倉時代末期(1333年)に創建。
 
 
2 摩利支尊天
 
禅居庵の鎮守として祀られ信仰されている。ここには海北友松の代表作といわれる重文の書院襖絵(松竹梅図12面)がある。
 
 
●摩利支尊天堂
 
<周辺地図>
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①南側の山門
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②摩利支尊天堂
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③境内のイノシシの像
尊天の使いとして、境内にはあちこちで狛犬ではなく、狛イノシシやイノシシの置物、祈願絵馬が見られる。
 
・手水のイノシシ
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・狛イノシシ
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・イノシシとアジサイの花
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・イノシシとバラ
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3 沿革 
 
・開山の大鑑禅師は執権北条高時により、嘉歴元年(1326)秘仏摩利支尊天像を袈裟に包み、元の国より来朝し、翌年、当庵鎮守の摩利支尊天堂に祀った。
 
・現存する堂宇は天文16年に織田信長の父、信秀によって建立された。
 
(現地の説明板を参考にしました)
 
 
※摩利支尊天堂と摩利支天
・本尊は摩利支天というインドの軍神。
 
・日本三大摩利支天の一つ。
金沢の宝泉寺、東京の徳大寺並び称される。
 
・府指定文化財
 
<摩利支天>
・陽炎を神格化した女神で、七頭の猪に乗った三面六臂の本尊が祀られている。
・護身・得財・勝利などを司る神で、日本では中世の武士の間に広まり、江戸時代には民衆に広く信仰された。
・現在は開運を願って祇園花街の芸・舞妓や多くの人たちのお参りが絶えない。
 
青蓮院大日堂と素晴らしい眺望
 
 
大日堂は、京都市の将軍塚駐車場からさらに奥に入ったところにあります。
 
ここは青蓮院の飛地境内で、広い公園のような庭園と「将軍塚」があり、2か所の展望台からは京都市街地の展望が素晴らしいことで知られています。
 
<案内板>
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※場所↓
 
 
●山門
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 市の駐車場から、参道を経て、山門をくぐって境内に入ります。
 
 
●大日堂
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本尊は平安時代に作られた石造の大日如来です。
 
明治の初めに発掘されたという石仏は、風雨で削られたためか磨耗が激しい。
 
なお、大日堂は木造、寄棟造り、瓦葺で、お寺の方の話によると、もとは八坂神社の近くの中学校の講堂だった建物を移築したものだそうです。
 
 
 
●庭園と青もみじ
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●将軍塚
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桓武天皇が平安京の造営時、王城鎮護のため、高さ2.5mル程の将軍の像を土で作り、鎧甲を着せ鉄の弓矢を持たせ、太刀を佩かせて都のある西方に向けて埋めた所といわれていて、これがこの地を「将軍塚」と呼ぶ由来となっています。
 
この「将軍塚」は、国家の大事があると鳴動したという伝説が、源平盛衰記や太平記に書かれているそうです。
 
 
●展望台からの眺望
境内には北と西の二箇所に展望台があり、西展望台が主展望で、京都市街が眼下に一望できます。
 
①比叡山
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②金戒光明寺・吉田山
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③真如堂
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④賀茂川・下鴨神社の糺の森
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⑤京都御所
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⑥平安神宮
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⑦二条城
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⑧京都タワー
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京都ゑびす神社(恵美須神社)の珍しい参拝の仕方と名刺塚、財布塚
 
 
恵美須神社は建仁寺の西側の大和大路通沿いにあります。 
 
・大和大路通に面した鳥居
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ここは、鎌倉時代初期の建仁2年(1202)に栄西禅師が建仁寺を建立するに当たり、鎮守杜として創建されたと伝えられています。
 
現在では、西宮と大阪にある今宮神社と並び日本三大ゑびすの一つとされ、「えべっさん」の名で「商売繁盛」の守り神として親しまれています。
 
境内は1月の「十日ゑびす」と10月の「二十日ゑびす」の時には大勢の参詣客でにぎわいますが、普段は静かな境内で、のんびり散策できます。
 
 
ここは商売繁盛の神様というだけあって、名刺塚と財布塚という他ではあまり見られないものがあります。
 
境内に入って右手奥にありますから、見落とさぬようにしたいものです。
 
6月に入って訪れてみると、社務所の前に綺麗に咲いた花菖蒲の鉢が置かれていました。
 
・花菖蒲の鉢
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※場所
 
<周辺の案内図>
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1 境内
 
道路に面した鳥居をくぐると、正面に二の鳥居と拝殿が見えます。
 
 
●二の鳥居と拝殿
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・二の鳥居の福箕
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二の鳥居に福箕が掛けられており、ここにお賽銭を投げ入れ、うまくその中に入ると願いが叶うといわれています。
 
 
●拝殿
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ここでの参拝のしかたは、本殿の正面からお参りしてから、次に、左へ拝殿の横にまわって、横の板を軽く叩いてお参りすると願いが叶う、といわれています。
 
えびす様は長寿で耳が遠いため、こうやって参拝を伝えるのだと、昔からいわれています。
 
・正面
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正面でお参りをし、次に拝殿左側の奥に進みます。
 
・左側側面  
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ここには「この板をたたいてお詣り下さい」という掲示があります。
 
 
●名刺塚と財布塚
境内に入って右手奥にあります。
 
・名刺塚と財布塚
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古くなった財布や名刺の供養のため築かれたもの。
 
財布塚には寄進した松下幸之助の名前が見える。
 
平成22年は926日に名刺・財布感謝祭が行われる。
 
 
 
ふくよかな顔立ちのゑびすさま
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境内社「小松天満宮」「白太夫社」
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●岩本社
平安時代の歌人、在原業平を祀り、在原業平像は阿仏尼作ともいわれている。
 
 
2 沿革  
 
・健久2年(1191)に栄西禅師が宋より帰途についた際、暴風雨に遭い遭難しそうになったが、海上に恵美須神が現れ、その加護により難を免れたといわれ、建仁寺創建にあたり、境内に恵美須神を祀り、建仁寺の鎮守社としたのがおこりと伝えられている。
 
・応仁の乱後、建仁寺再建にあたって現在地に移したと伝わる。
 
・今もなお当地の産土神として人々の崇敬を受けている。
 
 
 
3 都七福神めぐり
 室町時代に京都で民間信仰として七福神信仰が興り、全国に拡がっていったといわれる。
 ゑびす神は七福神のうちで唯一日本生まれの神様といわれている。
 
 
   
4 十日ゑびす(初ゑびす)
 18日〜12日の5日間に渡って行われる。
 
商売繁盛、交通安全、家内安全のご利益を求める参拝者で賑わう。
 
18日  招福祭
 
19日  宵ゑびす祭
 
110日  十日ゑびす大祭(初ゑびす)
 
111日  残り福祭
 
112日  撤福祭
 
 
5 二十日ゑびす』(ゑびす講)
1019日〜20
・(初ゑびす)と対をなし、旧暦の920日(現在の1020日)に執り行われる。
20日は午後2時半より生間流包丁式が奉納される。
 
 
6 練習問題
(1)祭神:八重言代主神、大国主神
 
(2)沿革
・平安末期、( 1 )が宋からの帰路に暴風雨にあい、波間に( 2 )神を得て、船中に祀ると風雨が止んだ。帰国後、建仁寺境内に祭って鎮守社としたのが始まり
・応仁の乱後、建仁寺再建にあたって現在地に移したと伝わる。
 
(3)( 3 )まいりの一つ。商売繁盛、交通安全(海路安全)の神として知られる。
 
(4)行事
初ゑびす 18日〜12
1月8日 ( 4 )祭
 9日 ( 5 )
 10日 ( 6 )
   11日 ( 7 )
   12日 ( 8 )
 
二十日ゑびす 1019日〜21
 10月19日  ( 9 )
    20日  ( 10 )大祭
    21日  ( 11 )
 
境内でゑびす囃子を奏し、( 12 )流の式包丁が奉納される。
 
【正解】
1
栄西
2
恵美須
3
都七福神
4
招福
5
宵ゑびす
6
初ゑびす
7
のこり福
8
撤福祭
9
宵ゑびす
10
ゑびす講
11
のこり福
12
生間
 

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