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山科川の土手でセンダンの花とタイサンボクの花が咲いています
 
 
 
5月後半から、京都では朝晩は涼しいものの日中は暑くなり、ひざしも強くなってきました。
 
山科川の土手を歩いていたら、センダンの木に淡い紫色がかった白い花が沢山ついているのを見つけました。
 
  咲いている花に近寄ってみると、とてもいい香りです。
 
よく見ると、タイサンボクも咲き始めています。
 
 
もうじき梅雨の季節になります。
 
花の移り変わりを見ていると、季節の移ろいがよくわかります。
 
 
山科川
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  センダンの花
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<センダン>
・ムクロジ目・センダン科の植物の一種。
 
・温暖な地域の、海岸近くや森林辺縁に多く自生する。背が高い上に、新芽・開花・実生・落葉と季節ごとの見かけの変化も大きく、森林内でも目立ちやすい。
 
5-6月頃に、若枝の葉腋に淡紫色の5弁の花を多数、円錐状につける。
 
・日本での別名としてアミノキ、オウチ(楝)などがある。
 
・「栴檀は双葉より芳し」(せんだんはふたばよりかんばし)の諺でよく知られるが、これはセンダンではなくビャクダン(白檀)を指す。
 
 
●タイサンボク(泰山木)
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<タイサンボク(泰山木)>
・モクレン科の常緑高木。
 
・北米中南部原産。花期は57月頃。葉の表面には光沢があり、裏面は毛が密生しており錆び色に見える。
 
・日本では公園樹としてよく植栽される。放置すると樹高20m以上にもなるが、よく分枝して剪定にも耐えるため、庭木として植えるところも多い。
 
・タイサンボクはアメリカ合衆国南部を象徴する花木とされ、ミシシッピ州とルイジアナ州の州花に指定されている。
 
京都の通称寺と敷地神社(通称「わら天神宮」)
 
 
 
京都ではお寺を通称名で呼ぶことが多く、金閣寺、銀閣寺も正式名称はそれぞれ「鹿苑寺」、「慈照寺」といいます。
 
今回は、金閣寺の近く、西大路通に面した通称「わら天神宮」と呼ばれる敷地神社を紹介します。
 
 
 
1 敷地神社(通称「わら天神宮」)
 
 
敷地神社は、昔から安産祈願の寺として、また、「わらの護符」の節の有無により男女どちらが生まれるか占うということが、伝えられてきました。
 
また、安産で生まれた子どものお宮参りやさらに進んで、受験の合格祈願についてもご利益があるといわれています。
 
境内に入ると、参道のつきあたりに向かって左側がわら天神宮、右側が六勝稲荷神社の社殿があり、六勝稲荷神社は試験合格の神として信仰を集め、入試シーズンには受験生達でたいへんにぎわうそうです。
 
 
 
 
<境内の様子>
・西大路通に面した鳥居
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●舞殿
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●社殿
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 わら天神宮(左)、六勝稲荷神社(右)
 
 
●わら天神宮
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●六勝稲荷神社
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●綾杉明神
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●八幡神社
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<沿革>
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・元々当地には、北山の神として葛野郡衣笠村に降臨した天神地祇が祀られていた。天長8年(831年)、この地に氷室が設けられ、その夫役として加賀国から移住した者が、崇敬していた菅生石部神社(敷地天神)の神を勧請し、北山の神の隣に祀って菅生石部神の母神の木花開耶姫命を祭神に定めたという。
 
・応永4年(1397年)、足利義満が北山殿(後の鹿苑寺(金閣寺))を造営するに当たり、参拝に不便になったことから、両社を合祀して現在地に遷座した。
 
・安産の神として信仰されている。安産御守として藁が授与されることから「わら天神」の通称があり、藁に節があれば男児、節がなければ女児が誕生すると言われている。
 
・摂社・六勝稲荷神社は試験合格の神として信仰される。
(フリー百科事典ウィキペディアより抜粋]
 
 
<練習問題>
(1)正式名は「( 1 )」。
 
(2)かつては北山の神と呼ばれて、北山天神の丘にあった。( 2 )の北山殿造営の時に、この地に移転。
 
(3)( 3 )の神
藁の御符。藁に( 4 )があれば男の子、なければ女の子が生まれるという。
⇒「わら天神」の名前の由来
 
【正解】
1
敷地神社
2
足利義満
3
安産
4
 
 
 
2 京都の通称寺
次の通称名で呼ばれる社寺がそれぞれ何という正式名なのか、いくつわかりますか?
 
 
(問)次の通称で呼ばれるお寺の正式名称は何か。
 
1 真如堂
2 松ヶ崎大黒天
3 岩倉御所
4 小町寺
5 問答寺
6 大文字寺
7 永観堂
8 大石寺
9 腹帯地蔵
10
日野薬師
11 嵯峨の虚空蔵さん
12
 苔寺
13
 竹の寺
14
 花の寺
15
 鈴虫寺
16
 なりひら寺
17
 雪舟寺
18
 くろ谷
19
 日限地蔵
20
子安の塔
 
 
《正解とコメント》

1 真正極楽寺
真如堂は、当寺の本堂の名称。本堂の名称が寺全体の通称になったということ。
 
2 妙円寺
江戸時代の創建時に法華経の守護神として大黒天をまつり、現在も都七福神めぐりの第一番札所として、「松ヶ崎大黒天」と呼ばれ、信仰されている。
 
3 実相院
 室町から江戸時代にかけて、天台宗寺門派に属し、代々の住職は皇子・皇族が入寺して門跡を継いでいたことから。
 
4 補陀洛寺
 小野小町ゆかりの寺。小町の老衰像が祀られ、境内には小町の供養塔、姿見の井戸、深草少将供養塔などがある。
 
 
5 勝林院
 後に天台座主となる顕真が、やがて浄土宗の祖となる法然を招き、念仏について論議した「大原問答」が行われたことから。
 
 
6 浄土院
 毎年816日の大文字送り火の行事を行うために欠かせない役割を果たしていることから。
 
 
7 禅林寺
 永観律師が念仏修行中に、壇上から降りてこられた阿弥陀如来が後ろを振り返り「永観遅し」と先導されたという仏教説話から。
 
 
8 岩屋寺
 大石内蔵助ゆかりの寺。
 
9 善願寺
 本尊の地蔵菩薩坐像の着衣のようすが、妊婦の腹帯に似ているため。
 
 
10 法界寺
 本尊の薬師如来像は、胎内仏を収めていることから、女性の安産信仰が広まったことから。
 
 
11 法輪寺
 虚空蔵菩薩を本尊としており、虚空蔵菩薩は記憶力を増進する仏とされ、313日から2か月間、数え年13歳になった子女が智恵や福徳を授かるために参詣する「十三まいり」が広く行われ、親しまれてきたことに由来。
 
12 西芳寺
 約120種の苔が緑のじゅうたんを敷きつめたように境内を覆っている様子に由来。
 
 
13 地蔵院
 竹林で有名であることから。
 
 
14 勝持寺
 境内に約500本の桜があり、この寺で出家した西行法師ゆかりの西行桜が鐘楼の傍らにある。
 
 
15 華厳寺
 一年中鈴虫が鳴いていることから。
 
 
16 十輪寺
 平安時代の歌人で、「伊勢物語」の主人公在原業平の隠棲地として知られていることから。
 
17 芬陀院
 雪舟が作庭したと伝えられる庭があることから。
 
 
18 金戒光明寺
 法然上人が比叡山の黒谷で修行を終えて、承安5年(1175)に師の叡空から、この地にあった比叡山の白川禅坊を譲られ、念仏道場としたのに由来。
 
19 安祥院
 参詣者は自ら日数を決めて祈願すれば、必ず叶えられるとする信仰から。
 
 
20 秦産寺
 本尊の観音は安産にご利益があるとして、信仰されていることから。
 
 
西本願寺伝道院と石造の妖怪たち
 
 
西本願寺の御影堂門から堀川通を隔てて東へ向う道は正面通です。
 
この入口に西本願寺総門があり、ここから仏具屋さんが建ち並ぶ通りの先に、レンガ造りのドームのある建物が見えます。
 
この建物が西本願寺伝道院です。
 
もとは、明治45年(1912)に当時の真宗信徒生命保険株式会社の社屋として建築されたもので、昭和33年から昭和48年まで、大日本仏教慈善会財団(大正15年設立)のあそか診療所となり、同年から本願寺伝道院となり、現在に至っています。
 
昭和63年(1988)に、京都市の指定有形文化財に指定されました。
 
 
設計者は、京都では祇園閣などの設計をした伊東忠太です。
 
この建物はなかなか個性的な建物です。
 
設計者の伊東忠太は妖怪好きであったといわれ、柵の上柱の上には、面白い姿の石造の動物がいます。よくみれば、妖怪なのかそれとも怪獣か、と思えて、なかには舌を出した妖怪もいたりして、見ていてとても楽しい気持ちにさせてくれます。
 
 
1 場所↓
 
 
 
2 伝道院
 
  西本願寺総門から見た西本願寺の御影堂門
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  総門から見た正面通と伝道院
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③伝道院
 
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④石造の妖怪?
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 舌を出しているところが、とてもユーモラスです。 
 
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 象のような妖怪 
 
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 象のような妖怪 
 
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 竜のような妖怪
 
 
 設計者の伊東忠太は妖怪好きであったといわれていますが、おかげで伝道院の建物の周りは、妖怪ワールドです。
 
 
 
3 由来
<説明板>
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京都市指定有形文化財
 
本願寺伝道院
 
 この建物は、明治28年(1895)4月に設立された真宗信徒生命保険株式会社の社屋として、明治45年に東京帝国大学教授伊東忠太の設計、竹中工務店の施工により建築されたものである。当初は「本館」のほか「付属室」、「倉庫」の2棟。「物置、人力車置場、便所」、「屋根付伝ひ廊下」が建っていたが、現在は「本館」のみが残る。
 
 伊東忠太は明治41年、日本建築もこれからは石材・鉄によらねばならず、しかもその建築様式は欧化でも和洋折衷でもなく、木造の伝統を進化させることにより生み出さなければいけない、という「建築進化論」を提唱し、日本の建築界に大きな影響を与えた。
 
 建物はこの「建築進化論」の考え方を明確に表現した作品で、外観は古典様式基づくものの、開口部まわりや軒まわり、塔屋の形態などにサラセン洋式、日本の伝統的な洋式が用いられており、日本の近代建築の発展を知るうえで貴重なものである。
                                                     昭和63年5月2日指定
                                                             京都市
 
 
 
4 伊東忠太
・明治〜昭和期の建築家、建築史家
 
・山形県米沢市出身。日本建築史を創始。建築界ではじめて文化勲章を受章
 
 なお、フリー百科事典「ウィキペディア」によれば、伊東忠太は妖怪好きで、兼松講堂や震災祈念堂などには摩訶不思議な動物の彫刻が付けられているといい、また、もともと画家(漫画家)になりたかったということで、本格的な日本画や、妖怪などを描いた軽妙な漫画も多く残しているという。
 
●主な作品
<京都>
・祇園閣
・豊国廟
・平安神宮(共同設計)
・伝道院(真宗信徒生命保険株式会社社屋)
 
<関東>
・大倉集古館
・震災祈念堂
・築地本願寺
・東京商科大学兼松講堂 現・一橋大学兼松講堂
など 

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初夏の鹿苑寺(金閣寺) 
 
 
金閣寺は清水寺と並んで、京都では最も多くの観光客の訪れる寺院です。
 
ここは今から600年以上前の応永4年(1397)に、ときの将軍、足利義満が営んだ山荘・北山殿を、その死後、禅寺に改め、義満の法号をとって鹿苑寺と名付けたもので、正式には北山鹿苑寺と号する臨済宗相国寺派の別格本山で、相国寺の山外塔頭です。
 
北山文化の象徴として知られる金閣寺ですが、金閣(舎利殿)は昭和25年(1950)に焼失し、同30年(1955)に再建され、平成6年(1994)に古都京都の文化財として世界遺産に登録されたうちの一つです。
 
5月半ば、訪れました。鏡湖池の縁に沿って植えられたカキツバタの花がきれいに咲いていました。
 
金閣寺には修学旅行の生徒さんたちが沢山訪れていて、きらびやかな金閣を背に、思い思いの写真を写していました。
 
 
※場所
 
 
 
1 境内
<境内案内図>
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●総門までの参道と新緑
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●総門
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●鐘楼と新緑
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●金閣(舎利殿)と鏡湖池
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金閣は宝形造り、こけら葺きの三層の楼閣。
 
カキツバタが咲いていました。
 
 
①焼失と再建
昭和25年(1950)に焼失
昭和30年(1955)に再建
昭和62年(1987)に金箔張替、漆の塗替、天井画と義満像を復元。
 
 
②各層の名称と特徴
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一層:藤原時代の寝殿造風で「法水院」という。
二層:武家造の仏間風で「潮音洞」という。
三層:中国風の禅宗仏殿風の様式で「究竟頂」という。
 
二層、三層とも漆塗の上に金箔を押してある。
 
 
●方丈
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●陸舟の松
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・鏡湖池の東側、方丈の北側に建てられている書院の庭に京都三松の一つに数えられている五葉松で、船の形をした「陸舟の松」がある。
・この五葉松は義満の盆栽から移植され、帆掛け船の形に仕立てられたものとされている。
 
 
 
2 庭園
・衣笠山を借景とした池泉回遊式庭園で、室町時代を代表する名園といわれる。
 
・金閣の前にある鏡湖池を中心として、葦原島など大小の島々や、当時の諸大名が石を献納してその名が付けられた畠山石や赤松石・細川石など、九山八海石とよばれる名石が配されている。
 
・国の特別史跡及び特別名勝に指定。
 
 
<散策路からの景色>
・銀河泉
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・巌下水
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・金閣寺垣
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・龍門滝
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・安民沢
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 西園寺家当時の遺構といわれ、中の島には「百蛇の塚」がある。
 
・白蛇の塚
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●茶室「夕佳亭」
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  萩の違い棚と南天床柱が広く知られている。
 
江戸時代の茶道家、金森宗和が好んだ数奇屋造りの茶席で、夕日に映える金閣寺が佳いということから、この名が付いた
 
 
 
3 京都検定の出題歴
(1)平成16年度2
金閣寺は、室町3代将軍足利義満が応永4年(1397)に造営した北山殿に始まる。義満の没後に禅寺となり、義満の法号から鹿苑寺と称した。通称の金閣は(11)のこと。(12)に臨んで建ち、一層は法水院、二層は潮音洞、三層は究竟頂という。境内には、金森宗和好みの茶席・(13)がある。
11)(ア)舎利殿 (イ)瑠璃殿  (ウ)亀山殿 (エ)衣笠殿
12)(ア)曹源池 (イ)黄金池  (ウ)鏡湖池 (エ)錦鏡池
13)(ア)郭公亭 (イ)夕佳亭  (ウ)八窓亭 (エ)清漣亭
 
【正解】(11)−ア (12)−ウ (13)−イ


(2)平成17年度2
世界遺産「古都京都の文化財」に登録されている寺社等は、文化財保護法に基づく国宝建造物もしくは特別名勝の庭園があるものに限られているが、国宝建造物がある寺院はどこか。
(ア)西芳寺  (イ)慈照寺 (ウ)天龍寺  (エ)鹿苑寺
 
【正解】(イ)
 
足利義満の山荘(後の鹿苑寺)に代表され、伝統的な公家文化と新興の武家文化の融合が特徴とされる文化の名称はどれか。
(ア)北山文化  (イ)東山文化 (ウ)天文文化 (エ)桃山文化
 
【正解】(ア)
 
次の「京都を舞台とした文学作品」と「その作家」の組み合わせのうち、誤っているものはどれか。
(ア)細雪・谷崎潤一郎
(イ)虞美人草・森鴎外
(ウ)古都・川端康成
(エ)金閣寺・三島由紀夫
 
【正解】(イ)


(3)平成18年度2
次の「寺院」と「国宝の建築物」の組み合わせについて、誤っているものはどれか。
(ア)清水寺−本堂  (イ)金閣寺−舎利殿 (ウ)大徳寺−唐門
(エ)醍醐寺−五重塔
 
【正解】(イ)
 
 
4 練習問題
(1)( 1 )文化の象徴として国内外に知られる名刹。
 
(2)( 2 )の山外塔頭。正式名称:( 3 )。山号:「北山」。本尊:聖観世音菩薩。
 
(3)沿革
足利3代将軍義満が、将軍職を子の義持に譲った後、西園寺公経の山荘跡に「( 4 )」と呼ぶ別邸をつくり、隠棲した。死後、義持が禅寺に改め、義満の法号にちなんで「鹿苑寺」と号するようになった。
( 5 )を勧請開山とする。寺名は義満の法号からつけられた。応仁の乱により荒廃したが復興された。
 
(4)通称の「金閣」は( 6 )のこと。創建時の金閣は昭和25年に焼失し、同30年に再建した。
 
(5)3層の楼閣の金閣は、初層「( 7 )」(宸殿造)、2層目「( 8 )」(武家造)、3層目「究竟頂」(唐風)と、3つの違った様式を調和させている。昭和62年に漆の塗り替え、金箔の張替え天井画の復元などが行われた。

(6)庭園
( 9 )を借景とした池泉回遊式庭園で、室町時代を代表する名園。金閣を映す( 10 )は西から大きく出島が突出し、池内に九山八海石などの名石を配する。国の特別史跡、特別名勝。

(7)( 11 )
金森宗和好み。金森宗和が造営したと伝えられる茶室。夕日に映える金閣が殊に佳いと言う事から名付けられた。「南天の床柱」、「萩の違棚」、「鴬宿梅」が有名。

(8)三島由紀夫や水上勉の小説で知られる。
 
【正解】
1
北山
2
相国寺
3
鹿苑寺
4
北山殿
5
夢窓礎石
6
舎利殿
7
法水院
8
潮音洞
9
衣笠山
10
鏡湖池
11
夕佳亭
 
 仁和寺で御室流華道全国挿花大会が開催されました
 
 
仁和寺は、平成6年(1994)に「古都京都の文化財」として世界遺産に指定された社寺のうちの一つで、右京区御室にある真言宗御室派総本山の寺院です。
 
ここは皇室とゆかりの深い、高い格式を誇る寺院で、「門跡寺院」の一つとして現在に伝わっています。「門跡寺院」とは皇族や摂家が出家する特定の位の高い寺院のことで、仁和寺は特に「宮門跡(親王門跡)」と称され、親王、法親王が住職として居住する寺院の一つでもありました。
 
また「御室御所」とも呼ばれていますが、その由来は平安時代に宇多法皇が出家後に住まわれたことから、そのように呼ばれてきたもので、明治維新以降は仁和寺の門跡に皇族が就かなくなったこともあり、「旧御室御所」と称するようになりました。
 
仁和寺の境内には「御室桜」と呼ばれる高さが3mほどと他の種類の桜と比べて背の低い遅咲きの桜が200株ほどあり、ここの桜は「日本の桜100選」に選ばれ、桜の名所として広く知られ、花の咲く4月半ば頃には多くの参拝者が訪れます。
 
仁和寺はまた、華道では宇多天皇を流祖とする華道御室流の家元でもあります。
 
513日、14日の2日間に渡って、境内で御室流華道全国挿花大会が開催されました。
 
 
 
※場所
 
 
1 御室流華道全国挿花大会
 
「きぬかけの路」に面した二王門の前に屋外席として展示があり、御殿の入り口の薬医門を入って、大玄関、白書院、宸殿、黒書院、大内の間、瑞雲・瑞祥の間、回廊に200点近くの挿花が展示されていました。
 
なかでも黒書院に展示された家元の作品は、究極の枯淡の境地とでもいうべき、素晴らしいもので、しばらく見入ってしまいました。
 
 
●駐車場に近い東門
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●勅使門
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●二王門と門前の作品
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●薬医門といけばな展の案内
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●大玄関
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●大玄関内の作品
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●黒書院に展示された家元の作品
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●宸殿
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●庭園
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2 沿革
・真言宗御室派総本山。正式名称を旧御室御所跡仁和寺という。山号は大内山。本尊は阿弥陀三尊。
 
・仁和4年(888)、宇多天皇が前年に崩御した父の光孝天皇の遺志をついで創建。宇多天皇は退位後、この寺で出家し、住居である御室を造られたので、別名御室御所とも呼ばれた。
 
・代々の法親王が門跡となり、門跡寺院の筆頭として仏教各宗を統括していた。
 
・その後、応仁の乱で衰退し、寛永年間に徳川家光の援助を受けて再興した。
 
・寛永年間の皇居建て替えに伴い、旧皇居の紫宸殿、清涼殿、常御殿などが仁和寺に下賜され、境内に移築された。(現在の金堂は旧紫宸殿)。
 
・明治33年、真言宗御室派として独立したが、大正14年、大覚寺、高野山と合同して古義真言宗となり、さらに昭和21年、分派して御室派の総本山となった。明治維新の際、純仁法親王が還俗して以来、皇族出身の門跡は断絶した。
   
 
3 京都検定の出題歴
(1)平成16年度2
「歌人」と「その歌人が詠んだ歌碑の建っている場所」の組み合わせのうち、誤っているものを選びなさい。
(ア)上田秋成・梨木神社 (イ)大田垣蓮月尼・神光院
(ウ)吉田兼好・仁和寺   (エ)与謝野鉄幹/晶子夫妻・鞍馬寺
 
【正解】(ウ)
 
 
(2)平成17年度2
仁和寺の通称「御室」は、創建した天皇が後に出家し、寺内に自らの御室(僧房)を建立したことに由来するといわれるが、その天皇は誰か。
(ア)嵯峨天皇  (イ)宇多天皇 (ウ)醍醐天皇  (エ)白河天皇
 
【正解】(イ)
 
 
(3)平成18年度2
仁和寺の金堂(国宝)は、寛永年間に内裏の建物を移築したものである。その建物はどれか。
(ア)清涼殿  (イ)温明殿 (ウ)宜陽殿  (エ)紫宸殿
 
【正解】(エ)
 
 
(4)平成18年度3
次の「寺院」と「茶室」の組み合わせで、誤っているものはどれか。
(ア)西芳寺−湘南亭  (イ)等持院−清漣亭 (ウ)高台寺−夕佳亭
(エ)仁和寺−飛濤亭
 
【正解】(ウ)
 
 
(5)平成19年度2
次の「寺院」と「茶室」の組み合わせで、誤っているものはどれか。
(ア)等持院−清漣亭  (イ)仁和寺−飛濤亭 (ウ)青蓮院−好文亭
(エ)西芳寺−松琴亭
 
【正解】(エ)
  
 
4 練習問題
(1)真言宗( 1 )派総本山。山号は大内山。本尊は( 2 )。
 
(2)沿革
①仁和4年(888)、( 3 )が前年に崩御した父の( 4 )の遺志をついで創建。宇多上皇は昌泰2年(899)に東寺の益信を戒師として出家し、御室(僧房)を建てた。これが御室の地名の由来で、寺名は創建時の年号に因む。
 
②日本最古の門跡寺院
代々の法親王が門跡となり、諸宗の本山を統轄する最高位についた。( 5 )は、白河天皇の皇子で最初の法親王とされる。平安から鎌倉時代には真言宗広沢流の正系として隆盛したが応仁の乱で衰退し、寛永年間に( 6 )の援助を受けて再興した。
 
③明治33年、真言宗御室派として独立したが、大正14年、大覚寺、高野山と合同して( 7 )真言宗となり、さらに昭和21年、分派して御室派の総本山となった。明治維新の際、純仁法親王が還俗して以来、皇族出身の門跡は断絶した。
 
(3)仁和寺の建造物
①( 8 )
慶長18年造営の内裏紫宸殿を寛永年間の復興時に移築したもの。国宝。
なお、慶長年間に造営された内裏の遺構としては、御影堂が清涼殿の古材を用いており、本坊表門が台所門を移築したもので、ともに重文。
 
②五重塔
寛永21年建立。重文。 京都市 に現存する国宝、重要文化財の五重塔5基の中では( 9 )五重塔と建立時期が近く新しい。
 
③この他の重文指定の建造物
仁王門:寛永年間の建築。また、観音堂・中門・鐘楼・経蔵・御影堂中門・九所明神本殿など。
 
④著名な茶室:遼廓亭、飛涛亭
 
(4)彫刻
①( 10 )
金堂の本尊と伝えられ、もと金堂に安置され、現在は寺内の霊宝館に移されている。仁和4年(888年)創建時の本尊とするのが通説だが、和様化の進んだ作風等から見て、仁和寺創建当時のものではなく、10世紀頃の作とする見方もある。
 
②( 11 )
本坊北側にある霊明殿(仁和寺の歴代門跡の位牌をまつる堂)の秘仏本尊。1990年、国宝に指定された。
 
③( 12 )
平安時代前期の漆工芸品。蒔絵の初期の遺品として貴重。
 
④( 13 )・宝相華迦陵頻伽蒔絵ソク冊子箱(ソク=土へんに「塞」)
「三十帖冊子」は、空海が唐から持ち帰った写経の小冊子(サイズは縦横とも十数センチ)30冊で、一部に空海自筆を含む。古来、真言宗の重宝として尊重されている。付属の箱は朝廷から下賜されたもので、平安時代の漆工芸品として貴重である。
 
(5)( 14 )霊場
北西の成就山にある。四国の霊場を縮小したもの。
 
(6)「( 15 )」(名勝):境内(史跡)の背丈の低い桜。
 
(7)徒然草:「仁和寺にある法師」の話は著名。「方丈記」などにも登場する。

(8)世界遺産に登録。
 
【正解】
1 御室
2 阿弥陀三尊
3 宇多天皇
4 光孝天皇
5 覚行
6 徳川家光
7 古義
8 金堂
9 東寺
10 木造阿弥陀三尊像
11 木造薬師如来坐像
12 宝相華蒔絵宝珠箱
13 三十帖冊子
14 成就山八十八ヶ所
15 御室桜

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