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橋本遊廓跡探訪(2) 京阪電車の橋本駅のすぐ近く、旧道(京街道)沿いに、かつての遊廓として繁栄していた頃の建物が、ほぼ原形のままで残っています。 もともと、橋本は京と大坂を結ぶ京街道の宿場として江戸時代から栄えたところでした。鳥羽・伏見の戦いでもこのあたりから幕府軍は大阪方面へ退却していきました。 明治維新後は一時衰退し、大正時代の京阪電車の開通とともに再び繁盛し、昭和33年の赤線廃止まで一大遊廓街として繁栄していたそうです。 淀川を挟んだ対岸、西国街道の山崎との間には昭和37年まで渡し船が往来していました。その渡し場を示す道標も残っています。当時は大勢の客が渡し船に乗って遊びに来たといいます。 よく見ると、廃屋になっているところもあり、まるで昔の映画に出てくるような町並みがそのままの形で、時代の流れから取り残されるように静かに時の流れに身を任せながら、朽ち果てようとしているようです。 ここはまた、「鬼龍院花子の生涯」の最初のシーンで登場したところで、街道に面した建物群の裏側に沿って水路が続き、船から建物内への乗下船ができたことが想像されます。 このような町並みがあと何年残っていられるか、そう考えると、ぜひもう一度近いうちに訪れておきたいと思わずにはいられません。 平成18年夏に撮影した橋本の写真を、前回に引き続き、今回と次回の3回に分けてアップしますので興味をもたれたら、ぜひ現地へ訪れてみてください。 2 橋本の今 ≪第2回≫ 趣ある町並み、凝った意匠のようす (1)町並み かつては京街道筋で賑わっていたことが信じられないような、ひっそり静まり返った町並み。所々造作が加えられているが、往年の雰囲気はまだよく残している。 特に2階のガラス窓や手すりなどの意匠が凝っている。 ・「たばこ」の看板もレトロ。 ・このコンクリートの柱は道路を挟んで残っており、鉄製のポールが取り付けられていたようで、かつては、おそらく歓楽街を示す看板でも取り付けられていたのではないか。 ・出格子、タイル、朱色の壁、一文字瓦、凝った透かし彫りなど、雰囲気満点。 (2)かつての「榮楼」 ほぼ原型のままと思われる。繁盛していた時代の建物はしっかりした造りになっていたのだろう。 京町家に共通して見られる一文字瓦も残っている。 防火用水と、「榮楼」の文字が、時代の流れを忘れさせてくれる。 (3)旅館「多津美」 建物の中もステンドグラスやアーチ型の入口など、往年の雰囲気を残している。 「淀川温泉」という文字があるが、このまま残して欲しいもの。 ・「多津美」のステンドグラス かつての遊廓の建物の特徴の一つ、ステンドグラス。 夜の照明のもとではどのように見えるのだろうか。 (4)かつての雰囲気を残す家 かつての遊廓の建物の特徴であるタイルと朱色の壁。朱色がはげかけている。 格子がいい。 (5)かつての店の名が書かれていた明かり (6)凝った意匠 (7)トタンが張られた家 建物自体は大きなつくりで、この建物の手前には建物が取り壊された跡があり、かつての入口付近にあったと思われるタイルが残っていた。 まさに、「夏草やつわものどもが夢の跡」である。 ※次回は、あちこちの建物に見られる美的・芸術的なセンスさえ感じられる凝った意匠を紹介します。
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