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西本願寺(正式名「本願寺」)の伽藍(1) 西本願寺は浄土真宗本願寺派の本山で、正式名は「本願寺」といいます。 本願寺の建物のうち、書院(対面所、白書院)、黒書院及び伝廊、北能舞台、飛雲閣、唐門が国宝に指定されています。 また御影堂と阿弥陀堂はともに重文に指定され、書院の庭園(特別名勝・史跡)は桃山文化を代表する枯山水様式の庭園とされています。 平成6年(1994)、「古都京都の文化財」としてユネスコの世界遺産(文化遺産)として登録されました。 2 沿革 (1)親鸞聖人の没後の文永9年(1272)、親鸞聖人の末女覚信尼が東山の現在の知恩院付近に廟を建て、聖人の木像を安置して御影堂としたのが始まり。 (2)その後、第3代覚如上人のときに本願寺と公称し、第8代蓮如上人の尽力により大教団に発展。しかし勢力の増大に伴い他宗派からの反発を買い、2度も破壊され、各地を転々とし、天正19年(1591)豊臣秀吉の寺地寄進により現在地の七条堀川に移った。 (3)慶長7年(1602)には徳川家康より寄進を受けた教如上人が東本願寺を建立したため、本願寺は東西に分かれ、当寺は西本願寺と呼ばれるようになった。 3 伽藍 <境内案内図> 建物の配置と構造は真宗建築の典型で、親鸞聖人像が安置されている御影堂(ごえいどう)が本堂(阿弥陀堂)よりも大きく造られている。 また、西に向かって拝むように建てられており、阿弥陀堂(本堂)、御影堂、御影堂門(山門)はいずれも東に向いている。 (1)阿弥陀堂門 阿弥陀堂門から見た阿弥陀堂 (2)阿弥陀堂 宝暦10年(1760)再建。東西42m、南北45m、高さ25m。中央に阿弥陀如来の木像、左右にインド・中国・日本の念仏の祖師七師と聖徳太子の影像を安置。 (3)経蔵 天海僧正の開版された『大蔵経(一切経)』を納めている。内部の構造は回転式の書架となっており、転輪蔵とよばれている。 (4)太鼓楼 本願寺の東北角にある宝暦年間に建築された重層の楼閣。内部に大きな太鼓があり、江戸時代には周囲に時刻を告げる合図となっていた。幕末、新選組は、本願寺を一時的に屯所として使用していた。 (5)御影堂(大師堂) 寛永13年(1636)建立。東西48m、南北62m、高さ29m。中央に親鸞聖人の木像、左右に本願寺歴代門主の御影を安置。重要な行事は、この御堂で行われる。 ・御影堂(大師堂)と大イチョウ ≪天然記念物「大イチョウ」≫ 樹齢約400年、「逆さ銀杏」とも呼ばれる。京都市の天然記念物に指定。 本願寺に火災があった時、この銀杏から水が噴き出して消し止めたという伝説から、「水吹き銀杏」とも呼ばれている。 (7)御影堂門から見た御影堂
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2009年08月31日
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