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西陣の智恵光院と牡丹の花
今出川智恵光院の交差点から南へ、智恵光院通をしばらく歩いていくと、通り名のもとになった智恵光院があります。
<山門>
ここは西陣にある浄土宗の寺院で、天明の大火による焼失後再建され、小野篁作と伝えられる六臂地蔵像や本尊の快慶作と伝えられる阿弥陀如来像などが伝わっています。
智恵光院の庭は四季折々の花がきれいで、とりわけ早春のしだれ梅は知られていますが、かつては「西陣の牡丹寺」とも呼ばれていたそうで、今でも本堂に向かって左手に、牡丹が植えられ、4月末に訪れた時には、きれいな花を咲かせていました。
なお、ここは観光寺院ではないので、静かに参拝して、それから境内の花を見せていただきたいものです。
(1)沿革
・「称念山平等寺」と号する浄土宗の寺院。
・永仁元年(1293)鷹司家の始祖、関白鷹司兼平が自家の菩提寺院として、如一国師を開山に請じ創建したのが当院の起り。
・その後、聞益上人により院内に要終院、芳秀院、智福院、吟松院の4院を建立し、京師七光院の一つとして隆盛を極めた。
・その後、享保15年(1730)年の西陣焼けや天明8年(1788)の両大火で被災し、漸次再興された。
・第二次世界大戦中、強制疎開により塔頭4院が廃寺になり、現在の規模に縮小された。
4 境内
現在の建物は天明8年の大火以降に再建されたもの。
(1)本堂
本尊は、快慶作と伝えられる阿弥陀如来像を祀る。
本堂の前に、牡丹の花が咲いている。
<本堂前の牡丹の花>
ここは、かつては「西陣の牡丹寺」といわれていたという。
<本堂前のシャクナゲの花>
(2)地蔵堂
小野篁作と伝えられる六臂(ろっぴ)地蔵像を安置。
六臂地蔵尊は京都の中心地と言える烏丸今出川辺りにあった神宮寺に奉安され、その後、同院に奉遷されたと伝えられている。
六臂地蔵尊は、仏教で死後いずれかに転生するとされる地獄道、餓鬼道、畜生道、修羅道、人道、天道の全てを救う力を一体の像に込めて、小野篁が彫り上げた6本の腕を持つ地蔵尊とされ、この六臂地蔵尊を拝めば、京都の全ての六地蔵尊に巡礼するのと同じ功徳があるといわれている。
・地蔵堂とツツジの花
(3)智徳弁才天
・金ぎょく龍王神
弁才天堂の前に置かれた変わった石造物です。
(4)智恵姫稲荷
(5)鐘楼
(6)獅子頭守護石
よく見ると、獅子頭に似ています。
※智恵光院の庭と戦時中の西陣空襲
お寺の方の話では、しだれ梅の植えられている土の下には、戦時中に掘られた防空壕が残っていること、戦時中の強制疎開でお寺の前の通りは広くなったこと、また、B29による西陣の空襲の際には、このすぐ近くに焼夷弾が落とされ、50人ほどの犠牲者が出たという。
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2010年05月13日
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