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本満寺の牡丹の花と八重桜
本満寺は、寺院が建ち並ぶ寺町通の上立売通から南にある日蓮宗六条門流の本山で、広宣流布山本願満足寺といいます。
ここは江戸時代には徳川家の祈願所でもあったという由緒ある寺院です。
境内には早咲きの大きなしだれ桜があり、ソメイヨシノよりも早く、西陣の妙覚寺や御所の旧近衛邸の桜が咲く頃に見事な花が咲くことで知られています。
しだれ桜の後は、ソメイヨシノ、さらに八重桜が咲き、ゴールデンウィークの頃には、境内の各所でさまざまな色の牡丹が咲き誇ります。
今年も牡丹の花見を堪能させていただきました。
1 場所↓
2 境内のようす
①山門
②庫裏の前の庭と牡丹
③本堂と本堂前の牡丹
④鐘楼
⑤七面大明神と八重桜
⑥浄行菩薩
⑦ナルコユリの花
3 山中鹿之助の墓
境内裏の墓地に、戦国時代の武将山中鹿之助と伝える墓がある。
山中鹿之助幸盛は戦国時代の武将で、尼子十勇士の一人として活躍。三日月に「願わくは我に七難八苦を与え給え」と祈った人として知られる。
・門前にある石碑
・山中鹿之助の墓
4 沿革等
・その後、後奈良天皇の勅願寺となる。
・徳川吉宗の病気平癒を祈願し江戸幕府の将軍家祈願所となる。
・その後、焼失、再建を繰り返し、現在地に移転。
・現在の本堂は昭和2年の再建。
・山内には塔頭が四院ある(法泉院、守玄院、一乗院、實泉院)。
5 練習問題
(1)山号:広布山。本尊:十界大曼陀羅・日蓮。
(2)沿革
応永17年(1410)に日秀(関白近衛道継の長男)が今出川 新町 の近衛道継邸内に造営。近衛殿内道場として繁栄。天文8年(1539)に現在地に移転。宝暦元年(1751)に日鳳が( 1 )の病気平癒を祈願して以降、徳川家の祈願所に。
(3)( 2 )の墓がある。
【正解】
1 徳川吉宗
2 山中鹿之助
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2010年05月16日
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