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京都御苑内にある「縣井(あがたい)」と一條邸跡
京都御苑の北西の端に近く、乾御門から御苑の中に入ると、南側は、江戸時代までは一條家の屋敷地が広がっていました。
<一條邸跡>
この一角には、大きな銀杏の木がありますが、その手前の散策路を南に向かって歩くと、すぐに、「縣井(あがたい)」があります。
<縣井>
「縣井」は、かつて染井、醒ヶ井とともに京の三名水の一つといわれ、また、染井、祐井とともに、御所三名水の一つにも数えられてきました。
「縣井」のあるあたり一帯も、江戸時代までは一條家の屋敷地でした。
京都御苑の中でもこのあたりは宮内庁京都御苑事務所の裏側にあたり、少しわかりにくいところかもしれませんが、樹木の多い気持ちのいい散策路となっています。
1 場所↓
2 「縣井」のようす
3 由来
<説明板>
昔この井戸のそばには、縣宮(あがたのみや)という社があり、地方官吏として出世を願う者は、井戸の水で身を清めて祈願し、宮中に参内したといいます。
この付近は江戸時代まで五摂家の一つ、一條家の屋敷地内となっており、井戸水は明治天皇の皇后となった一條美子の産湯に用いられたともいわれています。
「大和物語」では病気を治す水とも紹介され、井戸とまわりの山吹の風情は、後鳥羽院などの歌にも詠まれました。
蛙なく縣の井戸に春暮れて 咲くやしぬらん山吹の花 後鳥羽院
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2010年06月12日
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