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京都御苑と苑内の紅葉
12月8日朝、京都府内の山間部に初雪が降り、紅葉シーズンも下鴨の糺の森を残してほぼ終了しました。
今年も京都はどこでも紅葉が美しく、それぞれ印象深いものがありました。
京都の紅葉のうちでは京都御苑内の紅葉もきれいでした。そこで、今年の京都御苑の紅葉のようすをご紹介し、あわせて、京都御所・京都御苑の歴史について振り返ってみたいと思います。
1 場所↓
2 今年の京都御苑の紅葉
・寺町御門
・清所門
3 京都御所の変遷について
(1) 内裏の変遷
①平安京当初の内裏
・現在の千本丸太町付近に。内野児童公園内に、大極殿跡を示す碑がある。
②里内裏
・たび重なる類焼のため、天皇は公家の邸宅を借りるという状況。
③内裏跡の変容
・荒廃して、内野と呼ばれるようになった。 ・「今昔物語」には妖怪奇談の舞台として登場。
④土御門東洞院内裏の定着
・元弘元年(1331)9月、持明院統(のちの北朝)の光厳天皇が、里内裏である土御門東洞院で即位し、さらに明徳3年(1392)後亀山天皇が三種の神器を後小松天皇に渡して以降、南北両朝が統一。 ↓
土御門東洞院内裏が長く皇居として定着。
(2)御所の改築、拡充
①織田信長、豊臣秀吉の時代
・それぞれ改築が行われた。
②徳川幕府の時代
・元和6年(1620)の徳川和子(東福門院)の後水尾天皇への入内の前年に、大規模拡張工事を行った。 ・天明8年(1788)の京都大火後、老中松平定信による内裏造営が行われた。
(「大内裏図考証」に基づき、古制にならって復元。)
(3) 事実上の東京遷都(明治2年)
①御所周辺の宮家、公家屋敷が取り壊され、苑地になった。
②御苑は昭和24年(1949)に国民公園として厚生省の所管に。さらに同46年、環境庁の発足とともに、同庁の所管に移り、その後、環境省へ。
3 京都検定出題例
(1)平成16年度2級
【問】京都御所について、誤っているものを選びなさい。
(ア)元弘元年(1331)、後醍醐天皇が、里内裏の土御門東洞院殿で即位して以後、同所が皇居として定着した
(イ)安政2年(1856)、江戸幕府は前年に消亡した内裏を再建しているが、現在の京都御所はこの時期にほぼ整った
(ウ)承明門から紫宸殿に向かって左手に橘、右手に桜が植えられている (エ)外周の正面の門(南門)が建礼門、裏門(北門)にあたるのが、朔平門である
【正解】(ア)
(2)平成17年度2級
【問】平安京の天皇の居所である内裏は、火災でたびたび焼失し、再建までの間、一時的に公家の邸宅を借用した。これを何というか。 (ア)里内裏 (イ)仮内裏 (ウ)大内裏 (エ)町内裏
【正解】(ア)
(3)平成18年度2級
【問】京都御所は天明の大火で類焼し、寛政元年(1789)から翌2年にかけて再建された。この工事を指揮した幕府老中は誰か。 (ア)阿部正弘 (イ)井伊直弼 (ウ)松平定信 (エ)水野忠邦
【正解】(ウ)
(4)平成19年度1級
【問】京都御所について、150字以上200字以内の文章で書きなさい。
(現在の京都御所の前身となった里内裏、正門、正殿の各名称、寛政再建時の責任者となった幕府老中、慶応3年(1867)に徳川氏の処分が論議された有名な会議名は必ず含むこと)
【解答例】
京都御所は、14世紀前半の里内裏である土御門東洞院殿にはじまる。正門を建礼門、正殿を紫宸殿という。寛政元年(1789)から翌年の再建工事では、老中松平定信が中心となり、有職古実家の裏松固禅が著した「大内裏図考証」に基づき古制にならって復元された。現在の建物は安政2年(1855)の再建によるものが多い。慶応3年(1867)王政復古の大号令が発せられた夜、小御所会議が行われ徳川慶喜の処分が決定された。
(5)平成19年度2級
【問①】元弘元年(1331)、光厳天皇が即位した里内裏で、現在の京都御所の前身となったのはどれか。
(ア)二条富小路殿 (イ)土御門東洞院殿 (ウ)三条烏丸殿
(エ)大炊御門高倉殿 【正解】(イ)
【問②】寛政元年(1789)から翌2年にかけて行われた京都御所の造営は、古制にならって復元することが第一とされた。その際参考にした「大内裏図考証」の作者は誰か。
(ア)伊勢貞丈 (イ)二鐘亭半山 (ウ)裏松固禅 (エ)喜田川守貞
【正解】(ウ)
4 練習問題
(1)内裏の変遷
①平安京当初の内裏
現在の千本丸太町付近にあったとされる。内野児童公園内に、( 1 )を示す碑がある。
②( 2 )
たび重なる類焼のため、天皇は公家の邸宅を借りるという状況であった。
③内裏跡の変容
荒廃して、内野と呼ばれるようになった。「( 3 )」には妖怪奇談の舞台として登場。
④( 4 )内裏の定着
元弘元年(1331)9月、持明院統(のちの北朝)の( 5 )天皇が、里内裏 である( 6 )で即位し、さらに明徳3年(1392)後亀山天皇が三種の神器を
後小松天皇に渡して以降、南北両朝が統一。
↓
( 7 )内裏が長く皇居として定着。
(2) 御所の改築、拡充
①織田信長、豊臣秀吉の時代
それぞれ改築が行われた。
②徳川幕府の時代
・元和6年(1620)の徳川和子(東福門院)の( 8 )天皇への入内の前年に、大規模拡張工事。 ・天明8年(1788)の京都大火後、老中( 9 )による内裏造営。
(「大内裏図考証」に基づき、古制にならって復元。)
(3)事実上の東京遷都(明治2年)
①御所周辺の宮家、公家屋敷が取り壊され、苑地に。
②御苑は昭和24年(1949)に国民公園として厚生省の所管に。
③同46年、( 10 )の発足とともに、同庁の所管に移り、現在は環境省の所管となっている。
【正解】
1大極殿跡 2里内裏 3今昔物語 4土御門東洞院 5光厳 6土御門東洞院 7土御門東洞院 8後水尾 9松平定信 10環境庁 |
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2010年12月12日
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