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出世稲荷神社と豊臣秀吉と出世鈴
出世稲荷神社は、JR・地下鉄の二条駅から千本通を北へ約200mのところにあります。
この神社の起源は、かつて豊臣秀吉が、聚楽第の造営の際に稲荷社を勧請し、聚楽第の邸内社として創建されたことに遡り、「出世稲荷」の号は、後陽成天皇が聚楽第に行幸し、稲荷社に参拝した際に秀吉に因んで授けたと伝えられています。
創建以来、出世開運の神として大名・公家の開運出世祈願の社として栄え、寛文3年(1663)の聚楽第取り壊しを機にこの地に移され、江戸時代中期には隆盛を極めたそうです。
境内の奥に鎮座する末社「三石社」は福石、禄石、寿石の三石を祀り、勝負事の神として信仰を集めています。
なお、「出世稲荷」という社名から、出世を祈願する現代人にも人気で、なかでも社務所で売られている「出世鈴」は特にご利益があるといわれ、買い求める参詣人の行列がマスコミにも取り上げられていました。
2 境内のようす
①石鳥居と参道
・石柱
②狛犬と本殿
狛犬は新門辰五郎寄進と伝える。
③手水鉢
④本殿
・「出世社」の扁額
本殿には6代目清水六兵衛作の神像、堂本印象の‘登り竜’天井図がある。
⑤末社「三石社」(福石、禄石、寿石)
⑥末社「水天宮」(右側)
3 人気の「出世鈴」
右側は「出世御守」
4 沿革
・豊臣秀吉は幼いころから稲荷神を信仰しており、天正15年(1587)、聚楽第の造営の際に稲荷社を勧請。聚楽第の邸内社として創建された。
・翌年、後陽成天皇が聚楽第に行幸し、稲荷社に参拝。その際に秀吉に因んで「出世稲荷」の号を授けた。 ・以来、出世開運の神として大名・公家の開運出世祈願の社として栄えた。 ・寛文3年(1663)、聚楽第取り壊しを機にこの地に移された。 ・江戸時代中期には隆盛を極めたという。 ・現在、社殿の規模は小さくなったが、今も人々の信仰は変わらない。 5 練習問題
(1)豊臣秀吉が( 1 )内に建立し、廃絶後に現在地へ移建。
(2)社名は( 2 )の出世にちなむ。 (3)三石社(末社):三個の石を神体とし、( 3 )の神として知られる。 【正解】
1聚楽第 2秀吉 3勝負事 |
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2011年02月10日
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