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報恩寺と境内の桜

報恩寺と境内の桜
 
 
報恩寺は、堀川寺之内から東へ向かい、寺之内通を宝鏡寺の前を通って、最初の通りを南へ入って少し歩くと右手に報恩寺の山門が見えてきます。
 
・報恩寺参道入口
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 ここは通称「鳴き虎の報恩寺」といわれます。
 
・通称寺の会「鳴虎」の看板
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 庫裏の玄関にある。
 
 
通称「鳴虎」の由来については、文亀元年(1501)に後柏原天皇より下賜された猛虎の絵が描かれた掛け軸を、秀吉が所望して聚楽第に持ち帰ったところ、夜になると虎が鳴いて眠れなかったので寺に返したと伝わり、以降、「鳴き虎」として有名になったといわれています。
 
この絵は中国の画人四明陶佾(しめいとういつ)が描いたもので、虎が小川の水を飲み、その背後には松が描かれ、2羽のカワサギがとまっている中国伝来の図です。寅年の正月三が日に限り公開され、平成22年の正月に特別公開されました。
 
 
1 場所
 
 
2 境内
①山門と門前の石橋
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慶長7(1602)秀吉の侍尼・仁舜尼より門前を流れる百々川(どどがわ)の石橋が寄進され、そのときの橋の擬宝珠2個が現存している。
 
この石橋は桃山時代の石造美術として、本法寺の石橋とともに、貴重な遺産といわれる。
 
 
②稲荷社と桜
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山門を入ると、右手に稲荷社があり、鳥居の前の桜が満開。
 
 
③後西天皇第七皇女、賀陽宮の墓と桜
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 境内、つきあたりに大きな桜がありこの木も満開でした。
 
 桜の木の後ろに賀陽宮の墓があります。
 
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ここは、宮内庁が管理しています。
 
なお、フリー百科事典「ウィキペディア」によれば、賀陽宮は後水尾天皇の第八皇子で1666年に生まれ、1675年に亡くなっています。
 
 
③石塔と桜
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④客殿へ
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 桜の木に面して客殿への門があります。
 
庭が整備されています。
 
客殿は享和元年(1818)に再建。筑前の黒田長政が死去(1623)した部屋があるそうです。
 
⑤仁王像
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 玄関に向かって右手に置かれています。
 
 
鐘楼と通称「撞かずの鐘」と桜
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 奈良時代以来の古式を残す平安時代末期の梵鐘といわれ、国の重文に指定されています。
 
 高い笠形で、八角素弁小形の撞座(つきざ)2個が、龍頭の方向と直交しているなど、奈良時代以来の古式のもの。
 
 
●「撞かずの鐘」の故事
 報恩寺は西陣の一角にあり、その鐘は朝夕に撞かれ、一帯の織屋ではこの音で仕事を始め、そして終わっていた。
 
 ある織屋の仲の悪い丁稚と織女が夕の鐘の数を言い争った。
 
 本来は、百八煩悩を除滅するために、108つの1129つ撞かれており、織女の9つが正解だったが、姑息な丁稚は寺男に頼み、自分が主張した8つの鐘をつかせたため、織女は負けてしまった。織女は悲しさと悔しさのあまり鐘楼で首つり自殺をしてしまう。
 
 それ以来この鐘をつくと不吉なことが起こるため、厚く供養をし、朝夕撞くのをやめ、除夜と大法要のみに撞くことになったという。
 
 
  
3 沿革
・室町時代に建立。当初は八宗兼学の寺院として一条高倉付近にあり、法園寺または法音寺という天台・浄土兼学の寺だった。
 
・後柏原天皇の勅旨で、文亀元年(1501)、慶誉が堀川今出川の舟橋の地に再興、し、浄土宗報恩寺と改めた。
・天正13年(1585)、秀吉によって現在の地に移された。  
 
・慶長7(1602)、秀吉の侍尼・仁舜尼より門前百々川の石橋が寄進され、橋の擬宝珠2個が現存している。
 
・元和9年(1623)、徳川秀忠・家光上洛と相前後して筑前の黒田長政が入洛し、報恩寺を宿舎としたが、持病の発作により、客殿で死去。
 
享保15年(1730)、大火により類焼。本尊阿弥陀三尊像、仁王尊像、地蔵尊像や絵画、古文書等は難を逃れる。
 
・元文3年(1738)、本堂再建。
 
・寛保3年(1743)、安阿弥快慶作と伝える仁王尊像の修理完成。
 
・天明8年(1788)、大火により類焼。
 
・享和元年(1818)、客殿、玄関、内玄関を再建。客殿(方丈)に本尊阿弥陀三尊像を祀る。
 
※本堂と庫裏は再建されていない。
 
 
4 通称寺の由来
 
 豊臣秀吉が寺宝の「鳴虎の図」の掛け軸を気に入り、聚楽第に持ち帰っ
た。ところが、「鳴虎の図」の虎が夜毎吠えて眠れなかったため、寺に返し
たということに由来。
 
 
5 寺宝
 
①本尊:阿弥陀三尊像
鎌倉時代の名匠安阿弥快慶の作で、客殿に安置されている。
 
 
②鳴虎図(なきとらず)
 文亀元年(1501)後柏原天皇より下賜された虎の掛け軸で、中国 東北の山岳地帯で、虎が谷川の水を飲んでおり、背後には松が描かれ、2羽のカワサギがとまっている。
 
 毛の一本一本が描かれ、立体的に浮き出ており、右からと左から見るとで姿が違って見える。
 豊臣秀吉が気に入り、聚楽第に持ち帰り床に掛けて観賞していたが、毎夜、吠えて眠れずに、返されたものといわれる。
 中国の画人四明陶佾(しめいとういつ)の署名があり、宋か明の時代に描かれたものといわれる。
 寅年の正月三が日にのみ特別公開されている。

本法寺と境内の桜

本法寺と境内の桜
 
 
上京区の堀川通と小川通に挟まれた寺之内の一角にある本法寺は、本阿弥光悦と長谷川等伯ゆかりの寺として知られています。
 
堀川寺之内から寺之内通を東に向かうと、宝鏡寺の東角を南北に貫く通りがあります。これが小川通です。
 
小川通を北へ向かうと、右手に表千家不審菴や、裏千家今日庵が続き、通りに沿って茶道具などを扱うお店があります。
 
・裏千家今日庵
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本法寺の入口の仁王門は、裏千家今日庵の向かいにあります。
 
仁王門をくぐると、右手に多宝塔を見て本堂まで参道が続いています。
 
本法寺は、日蓮宗の本山で、山号は叡昌山、本尊は十界曼荼羅です。
 
ここはまた、日親上人を開山とし、永享8年(1436)、京都綾小路東洞院に創立されましたが、以後、いくたびか寺地を移し、天正15年(1587)に豊臣秀吉の命により現在の地に再興されました。その際に本阿弥光悦は父本阿弥光二と共に私財を投入し、移転工事を監督したと伝えられています。
 
天明8年(1788)の天明の大火(別名「団栗焼け」)により、経蔵と宝蔵を除いて堂宇のほとんどを焼失し、現在の建物はその後に再建されたものです。
 
書院の東側に、本阿弥光悦作といわれる「三つ巴の庭」と名づけられた庭園があり、国指定名勝となっています。
 
また、長谷川等伯は能登の絵師として知られていましたが、父の死後、1571年、本法寺塔頭・教行院を頼って上洛し、千利休、本法寺10世の日通、大徳寺の春屋宗園らと親交を結んだと伝えられ、本法寺の墓地に長谷川等伯の墓があります。
 
ここでは庭園の拝観と併せて宝物館の拝観をすると、京都の三大涅槃図の一つといわれる長谷川等伯の「佛涅槃図」を間近に見ることができます。(通常はレプリカ)
 
 堀川寺之内かいわいには妙覚寺や妙顕寺、水火天満宮など、桜の見所としても知られた社寺がありますが、ここも境内に桜の木が多く植えられており、花見に訪れる人も多いところです。
 
 今年の境内の桜のようすです。
 
 
 
 
2 境内
堀川寺之内の北東側に境内が広がっている。本堂、開山堂、多宝塔、庫裡、書院、大玄関、唐門、鐘楼、経蔵、宝蔵、石橋、棟札は京都府有形文化財に指定されている。
 
 
≪境内の桜のようす≫
 
①仁王門(府指定文化財)
小川通に面し、裏千家今日庵の向かいに仁王門がある。
 
・仁王門前の桜
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・仁王門と桜
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・扁額「叡昌山」
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仁王門を入ると、西方の本堂に向かって参道が続き、本堂の手前に多宝塔がある。
 
 
③多宝塔
・参道と多宝塔、本堂
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・多宝塔と桜
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④本堂
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寛政9年(1797)の建立。
 
 
・本阿弥光悦筆の扁額
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⑤光悦翁手植えの松
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⑥長谷川等伯の像
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 長谷川等伯は上洛後、本法寺塔頭・教行院に寄寓し、千利休、本法寺10世・日通、大徳寺・春屋宗園らと親交を結んだ。
 
 
④経蔵
経蔵は本法寺の最古の建物の一つで、天正16年(1588)、10世日通により建立された。扁額は、江戸時代、1717年、本覚院宮(宝鏡寺第22代門跡・徳厳禅尼)筆による。
 
 
⑤開山堂
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⑥鐘楼
寛政8年(1795)の再建
 
 
⑦唐門
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⑧庫裏
拝観受付がある。
 
 
⑨書院
書院は、江戸時代、1829年に紀州家の寄進による。上段の間をはじめ18畳が三間ある。
 
 
⑩本法寺の墓地
本阿弥家一族や長谷川等伯らの墓がある。
 
 
 
3 摩利支天堂
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狛イノシシがいる。
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摩利支天とは、仏教の守護神の 一つであり、イノシシに乗っている。
 
 
 
4 庭園
(1)「十(つなし)の庭」
 
(2)庭園「三巴の庭」
書院前に作られた本阿弥光悦作とされる枯山水庭園。桃山時代風の豪放な庭
として国の名勝に指定。
 
庭の奥、東南隅部分に三尊石組の形式の滝石組が据えられている。滝から流れ落ちる水が、石橋の下をくぐって大海に出て行く様子を表しているようで、築山が大海に浮かぶ3つの島を表しており、それぞれの形が「巴の形」であるといわれている。
 
 
 
5 寺宝
桃山時代の画家長谷川等伯の絵画や関係資料を所蔵している。
 
・光悦の寄進状を添えた紫紙金字法華経(重文)
 
・長谷川等伯の「佛涅槃図」(同)
長谷川等伯が若死した息子の七回忌に奉献したもので、永禄2年(1559)の作、10×6m。通常は写しを展示。
 
 
6 沿革
 
<説明板>
イメージ 19・叡昌山と号し、日蓮宗の本山の一つ。
 
・永享8(1436)、本阿弥清信が日親承認を開基に請じて創建したのが当寺の起こり。
 
・はじめ四条高倉にあったが、天文5年(1536)法華の乱によって山徒に焼かれ、のちここに移った。江戸時代には後水尾天皇・紀州徳川家の保護を受けて繁栄し、中山法華経寺輪番にあたる上方三山の一つでもあった。
 
・現在の堂宇は江戸時代後期に再建されたものであるが、本阿弥光悦作庭の「巴の庭」は有名。
 
・当寺はまた本阿弥家の菩提寺であったことでも知られている。
 
・なお、開基の日親は、永享11(1439)、三代将軍足利義教に法華経受持を説き、「立正治国論」を著したため将軍の怒りに触れ、寺を焼かれ、投獄され、焼き鍋を頭に被せるなどの拷問を受け、改宗を迫られたが信念を変えなかったことから、後に鍋かぶり日親と称された。
 
 
 
7 本阿弥光悦について
・刀剣の鑑定、研磨、浄拭(ぬぐい)を家業とする京都の本阿弥光二の男として生まれる。今日では近衛信尹、松花堂昭乗とともに「寛永の三筆」の一人に位置づけられる書家として、また、陶芸、漆芸、出版、茶の湯などにも豊かな才能を発揮したとして高く評価されている。
 
・光悦は、元和元年(1615)、徳川家康から洛北鷹ヶ峯の地を拝領し、本阿弥一族や町衆、職人などの法華宗徒仲間を率いて移住し芸術村(光悦村)を築いたことでも知られる。光悦の死後、光悦の屋敷は日蓮宗の寺(光悦寺)となっている。
 
・また、光悦は俵屋宗達、尾形光琳とともに、琳派の創始者として、後世の日本文化に大きな影響を与えた。
(フリー百科事典「ウィキペディア」より参照)
 
 
8 長谷川等伯
・安土桃山時代の画家で長谷川派の祖・長谷川等伯(1539-1610)は、能登七尾に生まれた。画は、雪舟門弟等春の弟子・宗清に学び、熱心な法華信徒として仏画を描いた。

・父の死後、1571年、本法寺塔頭・教行院を頼って上洛し、千利休、本法寺10世・日通、大徳寺・春屋宗園らと親交を結んだ。1590年、仙洞御所障壁画は狩野派の圧力により中止となり、この確執により狩野永徳(1543-1590)は亡くなっている。

・水墨画の最高傑作「松林図屏風」(東京国立博物館蔵)、豊臣秀吉建立の祥雲寺・障壁画(現智積院蔵)などがある。
(フリー百科事典「ウィキペディア」より参照)
 
 
9 練習問題
(1)山号:叡昌山。本尊:十界大曼荼羅。
 
(2)沿革
永享8年(1436)に( 1 )が四条高倉に建立。同11年、「( 2 )」を著し、足利義教の怒りに触れ、投獄。焼けた鍋を頭にかぶせられ「なべかむり日親」と称される。
のち許され、当寺を再興。投獄中、本阿弥清信と知り合い、後に、当寺は本阿弥家の菩提寺に。天明8年の大火で類焼の後再建。
 
(3)庭園:「( 3 )」
国の名勝。( 4 )の作。三島をそれぞれ巴形にして配置。中庭には本阿弥光悦遺愛の手水鉢を据える。
 
 
(4)墓地
本阿弥一族、( 5 )らの墓がある。
 
【正解】
1
日親
2
立正治国論
3
三巴の庭
4
本阿弥光悦
5
長谷川等伯

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