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かつて栄華を極めた藤原氏一門の陵墓と「藤原氏塋域」の碑
 
 
京都の南東の郊外、宇治市木幡の丘陵地には、藤原道長をはじめ、基経や時平、頼通など、かつて栄華を極めた藤原氏一門の陵墓が数多く点在しています。
  
宮内庁は、藤原氏出身の皇室関係者の37か所の陵墓について、「宇治陵」として管理しています。
 
木幡駅近くにある1号陵は総遙拝所とされ、ここに「藤原氏塋域」と彫られた石碑があります。
 
今では丘陵地の奥まで宅地開発が進み、住宅街の中に、雑木林のように残って柵で囲まれている所も、近寄ってみると、こうした陵墓だったりします。
 
こうした宇治陵について、地元の人たちもあまり知られていないようですが、こうした丘陵地に点在するどこかの陵墓に、藤原冬嗣、基経、時平、兼家、道隆、道長、頼通、師実といった歴史に名を残した人たちが眠っているのです。
 
 
   
 
2 宇治陵(1号陵。総遙拝所)
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JR木幡駅の北側にあります。
 
 
 
●「藤原氏塋域」の碑
総遙拝所のそばに「藤原氏塋域」の碑が建てられています。
 
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 「塋域」は、辞書で調べると、「えいいき」と読み、墓地、墓所という意味です。
 
この碑には、藤原冬嗣、基経、時平、兼家、道隆、道長、頼通、師実の8人の名前が刻まれています。
 
  JR奈良線・京阪宇治線 木幡駅 付近から北東に広がる丘陵は、かつて栄華を極めた藤原氏摂関家の墓地が造られたところです。
 
 このあたりは明治10年(1877)、当時の宮内省によって調査が行われ、藤原氏出身の皇室関係者17陵3墓を「宇治陵」とし、塚は1号から37号まであり、1号陵を宇治陵全37か所のすべてを束ねた総遙拝所としています。
 
 個々の被葬者の陵墓への参拝は、丘陵に点在するそれぞれの陵墓に出向かなければなりません。
 
 どの陵墓がだれのものか、については、37号墓は光孝天皇の在位時の関白藤原基経の墳墓、35号墓は醍醐天皇の在位時の左大臣藤原時平の墳墓と伝えられ、北に少し離れた丘陵を登りつめた32号墓か33号墓が道長墓と伝承されているそうです。  
 
●丘陵に広がる住宅地の中にある陵墓(右側)
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 このあたりでは、住宅が広がる中、林のまわりにフェンスがあるところは、良く見ると「宇治陵」の一つだったりします。
 
 点在する「宇治陵」の中に、道長の墓と考えられている陵墓もあり、今度、時間がある時にじっくり探索してみたいものです。
 
 

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