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南禅寺大寧軒の特別公開
今年7月9日(土)から9月30日(金)まで、「京の夏の旅 文化財特別公開」が開催中で、南禅寺大寧軒はそのうちの一つです。
今回特別公開されている南禅寺大寧軒は、市営地下鉄 蹴上駅 から東に歩いて5分ほど、金地院の手前にあります。
南禅寺は、明治初期の廃仏毀釈までは広大な境内に数多くの塔頭が建ち並んでいましたが、廃仏毀釈と、他の多くの寺院と同じく上知令(上地令)によって古来より所有していた寺領の没収によって、境内の縮小や塔頭の統廃合を余儀なくされました。
やがて、没収されたかつての塔頭・子院の跡地は民間に払い下げられました。
この頃、琵琶湖からこの地に至る琵琶湖疏水が計画され、第一期工事が明治23年に竣工しましたが、当時、京都市や京都府は、この東山地区を風致地区として、将来の別荘地とする方針を取っていたそうです。
こうした背景があって、このあたりに山縣有朋が別邸無鄰菴を築き、野村徳七が碧雲荘を築き、茶道の家元藪内家第11代透月斎竹窓紹智が大寧軒を築くなど、多くの別荘・別邸群が誕生しました。
その庭園の多くは「植治」こと七代目小川治兵衛が、琵琶湖疎水の水を引き込み、作庭を手掛けていますが、ここ、大寧軒は、茶人・薮内紹智により作庭された落ち着いた露地風の庭となっているのが特色です。
※場所↓
大寧軒は、臨済宗南禅寺派大本山・南禅寺の塔頭であった「大寧院」が明治初期の廃仏毀釈の影響で廃寺となり、その後、茶道の家元藪内家に払い下げられ、明治末期に「大寧院」の跡地に藪内家第11代透月斎竹窓紹智によって造られた池泉回遊式庭園です。
ここは、最近再び南禅寺の所有となり、「大寧軒」として、通常非公開とされています。
この庭園は東山三十六峰の一つ、大日山(標高150m)を借景にした470坪の庭園で、優雅な曲線を持つ池が作られ、その奥から幅広い流れが池に注ぎ込まれています。
飛び石の打ち方や苑路などに趣向を凝らした露地風の庭園といわれています。
庭園には滝がありますが、これは、琵琶湖疎水の取水口の一つから導かれて庭園に取り込まれているもので、落差を利用した3mの滝となっています。
ゆるい流れの中には石造りの「三柱鳥居」が立てられていますが、この鳥居は、「京都三珍鳥居」の一つとして知られる右京区太秦の「木嶋坐天照御魂神社」(通称「蚕ノ社」)の鳥居を模したものといわれ、普通の明神鳥居を三角形に組み合わせたものです。
庭園には「環翠庵」という二畳台目の茶室があります。
また、庭園には、春日型、雪見型、織部型など様々な形の灯籠が配され、自然石を利用した手水鉢など珍しい石造物が点在しています。
特に庭石の一つ、玄武岩は、兵庫県の城崎温泉近くにある玄武洞(天然記念物)の柱状列石を運び込んだ庭石で、現在は搬出不可能な非常に珍しい銘石といわれています。
●入口
●庭園の様子
・中門
<庭園>
・三柱鳥居
この鳥居は、「京都三珍鳥居」の一つとして知られる右京区太秦の「木嶋坐天照御魂神社」(通称「蚕ノ社」)の鳥居を模したものといわれ、普通の明神鳥居を三角形に組み合わせたもの。
・玄武洞の玄武岩
柱状列石とよばれるもの。
・滝
琵琶湖疎水の取水口の一つから導かれて庭園に取り込まれているもので、落差を利用した3mの滝となっている。
●灯籠
・織部灯籠
・春日灯籠
・雪見灯籠
・「朝鮮灯籠」とよばれるもの
「朝鮮灯籠」 という一つの型があるわけではなく、朝鮮から渡ってきた灯籠、または朝鮮にある灯籠の写しということで、朝鮮灯籠とよばれているという。ただ、重厚で、中台が小さいことが共通しているといわれている。
・「利久灯籠」とよばれるもの
茶人、千利休とのかかわりはないという。
●さまざまな手水鉢
●茶室「環翠庵」
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2011年09月23日
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