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洛北、鷹ヶ峯にある、しょうざんリゾート京都の紅葉
 
 
京都の洛北、鷹ヶ峯の紙屋川沿いに、しょうざんリゾート京都があります。
 
ここには、結婚式場やボウリング場、広い日本庭園、京の料亭や中国料理のお店のほか、染織工芸館もあります。
 
ここはまた、北山杉の美しい庭園など、四季の美しさを堪能できるところで、11月末に訪れた時には紅葉が素晴らしく、感動的でした。
 
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泉涌寺即成院と紅葉

泉涌寺即成院と紅葉
 
 
即成院は真言宗泉涌寺派総本山である泉涌寺の塔頭の一つで、泉涌寺への坂を上る途中にある総門の手前、左側にあります。
 
・泉涌寺総門
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寺伝によれば、その始まりは寛治元年(1087)に、藤原頼通の子で歌人、風流人として知られる橘俊綱の伏見の山荘に持仏堂として建立されたもので、伏見寺または即成就院と称したといい、その後、豊臣秀吉の伏見城築城にともない大亀谷(現在の伏見区深草大亀谷)に移転させられ、さらに明治初年の廃仏毀釈と現在地への移転を経て現在に至っています。
 
  本堂の裏には、屋島の合戦で知られる源義経の臣・那須与一宗高の墓と伝える平安末期の石造宝塔が祀られています。
 
即成院はまた、毎年10月第3日曜日に行われる「二十五菩薩お練供養法会」の行事で知られています。
  
  11月末に訪れたときには、境内の紅葉がきれいでした。
 
 
 
 
2 境内
山門
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地蔵堂
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●庫裏と紅葉
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●本堂と紅葉
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●紅葉と境内
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●那須与一の手洗い所
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・手水
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 江戸時代の享保二年の銘がある。
 
 
●『願いが的へ』(ガチャポンみくじ)
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  紙せっけんなどが入っている。
 
 
●伝・那須与一の墓入口
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  本堂の裏には、屋島の合戦で知られる源義経の臣・那須与一宗高の墓と伝える平安末期の石造宝塔が祀られている。
 
願い事を扇に書いて祈願する参詣者も多い。
 
 
●生け花(月輪未生流)
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3 木造阿弥陀如来像および二十五菩薩像(重文)
 
・阿弥陀如来を中心とする計26体の群像で、本堂内のひな段状の仏壇に4段に分けて安置されている。

・阿弥陀如来の左右には亡者を乗せるための蓮台を捧げ持つ観音菩薩像と合掌する勢至菩薩像が位置し、その他の23体の菩薩像の多くは楽器を演奏する姿で表わされる。
・阿弥陀如来と25体の菩薩が、亡者を西方極楽浄土へ導くさまを表現したもので、等身大の立体像で表わしたものは珍しいとされる。
 
26体のうち、阿弥陀如来像を含む11体のみが平安時代の作で、残りの15体は江戸時代の補作であるが、平安彫刻の様式を忠実に模して作られたと伝える。 
 
 
 4 二十五菩薩お練供養法会
毎年10月第3日曜に行われ、参詣者で賑わう。
即成院の本尊阿弥陀如来をはじめ二十五菩薩が極楽浄土の世界から現世に来迎し、衆生を救済して現世から極楽浄土の世界へ導かれる教えを具体化した仏教行事。
 
本堂を極楽浄土、地蔵堂を現世に見立てて、その間に架けられた長さ約60m、高さ約2mの橋(来迎橋)が架けられる。
 
来迎橋の上を、阿弥陀如来の化身である大地蔵菩薩を先頭に菩薩に仮装した25人の信徒らをはじめ、きらびやかな金襴装束をまとい、金色の面で菩薩に扮した稚児ら二十五菩薩の行列が、来迎和讃に合わせて、本堂から地蔵堂へ、地蔵堂から本堂へと練り歩く。
還列後は、本堂(極楽浄土)で観世音菩薩・大勢至菩薩・普賢菩薩による極楽の舞が行われる。
 
 
5 沿革
<説明板>
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・縁起によれば寛治元年(1087)に、藤原頼通の子で歌人、風流人として知られる橘俊綱の伏見の山荘に、持仏堂として建立されたもので、伏見寺または即成就院と称した。

・文禄3年(1594)、豊臣秀吉の伏見城築城にともない、大亀谷(現在の伏見区深草大亀谷)に移転させられた。

・明治初年の廃仏毀釈により明治5年(1872)にいったん廃寺となり、仏像(本尊諸尊)は当院の本山である泉涌寺の仮堂に移された。

・明治20年(1887)に泉涌寺大門付近に仮堂が建設されてようやく復興し、明治32年(1899)には泉涌寺塔頭の法安寺と合併、明治35年(1902)には、大門前から総門近くの現在地に移された。

・明治44年(1911)には阿弥陀如来及び二十五菩薩像が「法安寺」の所有として重要文化財(当時の国宝)に指定された。

・昭和16年(1941)、「即成院」の寺号が復活。  
   
 
6 京都検定の出題歴
平成19年度2
【問】
「藤原頼通の子で「伏見長者」と称された(  )も山荘を営んだが、山荘の傍らにあった光明院を持仏堂として阿弥陀如来と二十五菩薩を安置したという。この寺を起源とするのが(  )であり、現在は泉涌寺の塔頭となっている。」
 
【正解】橘俊綱、即成院
 
7 練習問題
(1)( 1 )ゆかりの泉涌寺の塔頭。

(2)沿革
 正暦3年(992)、源信が伏見に建てた光明院を、寛治年間(10871094)に藤原頼道の子、橘俊綱が伏見の山荘に持仏堂として移し、阿弥陀如来と二十五菩薩像を安置し、即成就院と称したのがはじまりと伝わる。明治35年に現在地に移転。

(3)本尊は阿弥陀如来。本尊と( 2 )は藤原時代の作で重文。

(4)( 3 )
10
月第3日曜におこなわれる。

(5)那須与一の墓
本堂の裏にある。
 
【正解】
1
那須与一
2
二十五菩薩坐像
3

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