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南禅寺と境内の紅葉
南禅寺は、山号は瑞龍山、正式名は太平興国南禅禅寺といい、正応4年(1291)、宋から帰国した無関普門を開山とし、亀山上皇の離宮を賜り、禅寺に改めたことにはじまるとされています。
ここは京都五山および鎌倉五山の上におかれる別格扱いとされ、日本の全ての禅寺のなかで最も高い格式をもつ臨済宗南禅寺派大本山の寺院です。
総門に並んで勅使門があり、勅使門から三門に向かってまっすぐに参道が続き、三門の先には法堂があり、法堂の奥に本坊・方丈があります。
ここはまた桜と紅葉の名所としても有名で、石川五右衛門の絶景かな…で知られる三門をはじめ、小堀遠州作の虎の子渡しの庭がある国宝の方丈や、琵琶湖疏水の水道橋である水路閣など見所が多く、年間を通じて多くの観光客が訪れています。
今年の紅葉のようすについて振り返ってみました。
※場所↓
1 市営地下鉄東西線蹴上駅から南禅寺へ
●ねじりまんぼ
明治時代に京都と琵琶湖を結ぶ琵琶湖疎水の「インクライン」をくぐるために作られたレンガ造のトンネル。強度を高めるために煉瓦を斜めに積んでいる。
トンネルの東西入口には第3代京都府知事であった北垣国道の揮毫で「雄観奇想」「陽気発処」と記されている。
●南禅寺へ向かう道の両側の紅葉
2 境内と紅葉
●総門
●勅使門
●三門(重文)と紅葉
・伊勢伊賀の領主藤堂高虎が、大阪夏の陣で戦没した藩士の霊を弔うため、寛永5年(1628)に建立寄進したもの。
・内部には徳川家康や藤堂高虎の木像を中心に一門の重臣の位牌、戦没藩士の位牌などを安置。
・石川五右衛門の有名なせりふで知られる。楼上から京都が一望できる。
・三門は、仏教の空門、無相門、無願門と云う三解脱を意味する。
・南禅寺の三門は日本三大門の一つに数えられ、「天下竜門」ともいわれる。
●佐久間灯籠
・三門に向って右前にある、高さ約6mの灯籠。
・戦国武将の佐久間勝之が寛永5年の三門落慶の際に奉納したもので、大きさでは東洋一といわれる。
●法堂と紅葉
慶長11年に秀頼の寄進により改築されたが、明治26年の火災によって焼失し、明治42年に再建。
●庫裏
●大玄関
●方丈
大方丈とその背後に接続した小方丈からなる。
≪大方丈≫
慶長期の御所建て替えに際し、天正年間に建設された旧御所の建物を下賜されたもので、寺伝では旧御所清涼殿を移築したとされる。なお、清涼殿ではなく女院御所の対面御殿を移築したものという説もある。
大方丈には狩野永徳・元信ら狩野派の絵師による障壁画があり、柳の間・麝香の間・御昼の間・花鳥の間(西の間)・鶴の間・鳴滝の間の各間にある襖や壁貼付など計120面が重文に指定。
・欄間の彫刻
●大方丈前の枯山水庭園「虎の子渡しの庭」
小堀遠州作といわれ、「虎の子渡しの庭」の通称がある。江戸初期の代表的な枯山水庭園として国の名勝に指定。
≪小方丈≫
大方丈に接続して建つ。寛永年間の建築で、伏見城の遺構と伝える。
内部に、狩野探幽の作と伝える襖絵「群虎図」があり、「虎の間」と呼ばれる。
●小方丈の石庭「如心庭」
●華厳の庭、六道の庭
●水路閣
境内を横切るローマ風の赤レンガのアーチ。
明治時代に琵琶湖疏水事業の一環として、その支線の一部として造られたレンガ造の水路橋。延長93.17m、幅4.06m、水路幅2.42mあります。
3 南禅寺の沿革
・臨済宗南禅寺派の大本山。正式名は太平興国南禅禅寺。
・正応4年(1291)、宋から帰国した無関普門を開山とし、亀山上皇の離宮を賜り、禅寺に改めたことにはじまる。
・足利義満のときに禅宗寺院最高の寺格、「五山之上」に列せられた。
・日本最初の勅願禅寺であり、京都五山および鎌倉五山の上におかれる別格扱いの寺院で、日本の全ての禅寺のなかで最も高い格式をもつ。
・武家からの信仰が篤いことから「南禅寺の武家面」と称された。
・‘黒衣の宰相’といわれた以心崇伝によって、応仁の乱で焼失した伽藍を復興。
4 京都検定の出題歴
①平成17年度1級
(問)寛永5年(1628)再建された南禅寺の三門は、誰の寄進によるものか。
【正解】藤堂高虎
②平成17年度3級
琵琶湖疎水の支流にある水路閣は、明治21年(1888)ローマ帝国の水道を参考に建築されたといわれるが、どの寺院の境内にあるか。
(ア)清水寺 (イ)東福寺 (ウ)知恩院 (エ)南禅寺
【正解】(エ)
③平成19年度3級
(問)足利義満によって「五山之上」の寺格を与えられた寺院はどこか。
(ア)相国寺 (イ)南禅寺 (ウ)天龍寺 (エ)万寿寺
【正解】(イ)
5 練習問題
①臨済宗南禅寺派の大本山。正式名:「( 1 )」。本尊:釈迦牟無二仏
②沿革
・前身:( 2 )天皇が大宮院(亀山天皇の母)の御所として造営した離宮( 3 )。
・開山は( 4 )。
・永仁元年(1293)の仏殿落成から法堂完成まで15年を費やす。
③京都五山
・建武元年に京都五山の第一位に。その後( 5 )により五山の
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2011年12月21日
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