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聖林寺と国宝の十一面観音菩薩立像
・聖林寺
聖林寺は奈良県桜井市の市街地の南方の多武峰山麓の高台にある真言宗室生寺派の寺院です。ここは国宝の十一面観音立像を所蔵することで知られています。
寺伝によれば、和銅5年(712)に妙楽寺(現在の談山神社)の別院として藤原鎌足の長子・定慧(じょうえ)が創建し、平安時代に興福寺の僧兵に焼かれて衰微した後、鎌倉時代に再興されたと伝えています。
聖林寺の本堂に安置されている本尊の彩色子安延命地蔵菩薩坐像は、江戸時代の元禄期に文春諦玄が但馬の国の石工に命じて作らせた巨像で、その霊験あらたかなことから、昔から安産と子授けの祈願に訪れる人も多いそうです。
本堂から廊下を伝って観音堂に行くと、今では天平彫刻の傑作としてあまりにも有名になった十一面観音立像(国宝)が安置されています。
この像は、明治の神仏分離令を前に慶応4年(1868年)に大神神社の神宮寺であった大御輪寺から移されたものです。なお、大御輪寺は明治期以降、大直禰子(おおたたねこ)神社となって建物が現存しています。
聖林寺境内から北方に三輪山や箸墓古墳をはじめ大和盆地東側を見渡すことができ、はるかな時の流れを感じることができます。
※場所↓
1 境内
2 本尊・石造地蔵菩薩坐像
子安延命地蔵と称され、子授けの地蔵として親しまれている。
3 木心乾漆十一面観音立像(国宝)
・大神神社の神宮寺であった大御輪寺から移された客仏。像高約209cm。木彫りで像の概形を作り、その上に木屑漆(こくそうるし、漆に木粉等を混ぜたもの)を盛り上げて造像する木心乾漆像で、奈良時代末期の作。
・明治時代に来日した哲学者、美術研究家のアーネスト・フェノロサがこの像を激賞したことで知られるようになった。
・和辻哲郎は著書『古寺巡礼』でこの像を天平彫刻の最高傑作とほめたたえている。
●祈願絵馬
4 境内からの眺望
5 沿革
聖林寺の近世までの歴史は不明の部分が多いが、妙楽寺とともに、大神神社とも関連が深い寺院であったと思われる。江戸時代には性亮玄心(しょうりょうげんしん)が三輪山の遍照院を移して再興したという。
江戸中期には現在の本尊・子安延命地蔵菩薩像が造像され、安産・子授けの祈祷寺としても栄える。この地蔵像は元禄期(1688 - 1703)に、文春諦玄という僧が、女性の安産を願って各地に勧進し造立したものである。
明治の神仏分離令を前に慶応4年(1868)に大神神社の神宮寺であった大御輪寺(だいごりんじ/おおみわでら)より十一面観音菩薩立像が移された。
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2011年12月29日
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