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泉涌寺(泉山)七福神めぐりと泉涌寺の楊貴妃観音像
 
 
先週、1月9日の成人の日に、泉涌寺山内で恒例の泉涌寺(泉山)七福神めぐりがありました。
 
 ・泉涌寺(泉山)七福神めぐりのポスター
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スタートは即成院(福禄寿)で、二番の戒光寺(弁財天)、番外の新善光寺(愛染明王)、西国札所になっている観音寺(恵美須神)、来迎院をまわり、泉涌寺の北側にある入口から境内に入ります。
 
この日は拝観無料になっていました。
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七福神めぐりの番外の楊貴妃観音は大門の近くにありますが、せっかくですから、楊貴妃観音だけでなく、重文の仏殿や舎利殿、霊明殿、月輪陵など、一通りまわってきました。
 
 東山にある泉涌寺は、皇室の菩提所で御寺(みてら)と尊称される、真言宗泉涌寺派総本山の寺院です。
 
境内は西に大門があり、幅の広いスロープを下ったところに仏殿、舎利殿、その奥に本坊、御座所、霊明殿が並んでいます。
 
舎利殿(左)と仏殿(右)
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●仏殿(重文)
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 寛文8年(1668)、徳川家綱により再建されたもの。内部は禅寺風の土間とし、柱、窓、組物、天井構架等の建築様式も典型的な禅宗様になる。本尊は運慶作と伝える過去・現在・来世を表わす釈迦・阿弥陀・弥勒の三尊を安置。
 
天井の龍の図と本尊背後の白衣観音図は狩野探幽の筆によるもの。
 
 
●舎利殿
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 仏殿の背後に建つ。もと御所にあった御殿を重層に改装したもので、仏舎利を安置する。天井には狩野山雪による龍の図がある。
 
 
●御座所
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 仏殿・舎利殿の背後に建つ。安政年間に建立され、明治天皇が使用していた旧御所の御里御殿を移築したもの。女官の間、門跡の間、皇族の間、侍従の間、勅使の間、玉座の間などがある。
 
 
海会堂(かいえどう)
御座所に接して建つ土蔵造の仏堂。屋根は宝形造。もとは宮中にあり、「黒戸」と呼ばれていた仏堂を明治元年(1868年)の神仏分離令を機に泉涌寺に移築したもの。かつての天皇、皇后、親王らの念持仏(守り本尊)20数体が安置されている。
 
 
●霊明殿
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 天智天皇と光仁天皇から昭和天皇(南北両朝の天皇も含む)に至る歴代天皇、皇后の尊牌(位牌)を安置する。現在の建物は明治17年の再建。
 
 
霊明殿のわきを回り込んで進むと、月輪陵がある。
 
ここには、四条天皇以来14代の天皇陵をはじめ、皇妃、親王陵墓など39の陵墓がある。
 
月輪陵・後月輪陵(25陵、5灰塚、9墓)
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ここには第87代四条天皇をはじめ第108代の後水尾天皇以降、第120代の仁孝天皇に至る天皇・皇妃・親王の陵墓があります。
 
なお、天皇は仏式の九重の石塔、后妃は無縫塔、親王は宝篋印塔で、少し離れてみると、九重の石塔の上のほうが見えます。泉涌寺が皇室の菩提寺であることが、ここに来るとよくわかります。
 
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 次は、霊明殿の前から、舎利殿と仏殿の南側にある池に沿って進むと、寺名の由来と伝えられる泉涌水の水屋形がある。
 
泉涌水の水屋形
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 泉涌水の水屋形の隣には、清少納言の有名な歌の碑がある。
 
 
●清少納言歌碑
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「夜をこめて鳥のそら音ははかるとも よにあふさかの関はゆるさじ」
 
ある日、清少納言のもとに藤原行成がやってきて、遅くまでいて帰った後で、中国の故事にならって、鶏の鳴き声で函谷関が開いたように、追い立てられて帰ったという手紙をよこし、その返歌とし清少納言が書いたもの。
 
 中国の函谷関ではなくて、京都郊外にある逢坂の関に置き換えて、夜のまだ明けないうちに、鶏の鳴き声をまねてだまそうとしても私には通じない、というような意味
 
清少納言は「枕草子」の作者として有名ですが、清少納言は晩年を現在の泉涌寺のあたりで暮らし、かつて仕えた中宮定子の眠る鳥辺野の御陵を拝しながら生涯を終えたと伝えられています。
 
 
次に、スロープを大門に向かって歩いていくと左手に浴室がある。
 
●浴室
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さらにスロープを上がっていくと大門がある。
 
 
●大門(重文)
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・扁額
イメージ 19慶長年間(江戸時代初頭)造営の御所の門を移築したもの。
 
・大門から見た仏殿
イメージ 20 通常は大門の脇に拝観受付があり、ここから境内に入る。
 
大門の手前に、楊貴妃観音堂への入口がある。奥まったところに楊貴妃観音堂がある。
 
 堂内に、中国・南宋時代の作である聖観音像(重文)を安置しています。
 
 この像は、玄宗皇帝が亡き楊貴妃の冥福を祈って造らせたものと伝え、通称「楊貴妃観音」と呼ばれています。
 
 なお、楊貴妃観音には、美人祈願のご利益があると言われています。
 
 ここが、七福神めぐりの番外になっています。
 
 
●七福神めぐりの日の楊貴妃観音堂
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※木造観音菩薩坐像(楊貴妃観音):重文
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《沿革》
 
・楊貴妃観音堂に安置される。建長7年(1255)俊芿の弟子湛海が仏舎利とともに中国・南宋から請来したものとされる。
 
・長らく100年に一度だけ公開する秘仏であったが、請来から700年目の昭和30年(1955)から一般公開されている。作風、材質など、明らかに日本の仏像とは異質で、寺伝どおり中国・南宋時代の作と考えられている。
 
・なお、舎利殿に安置される木造韋駄天立像と木造伝・月蓋長者(がつがいちょうじゃ)立像も南宋時代の作であり、楊貴妃観音像とともに1997年、重要文化財に指定されている。
(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用)
 
 
なお、泉涌寺には泉涌寺勧縁疏(国宝)など多くの文化財を所蔵し、国内最大の涅槃図は、3月の涅槃会にあわせて公開される。
 
 
《京都検定の出題歴》
(1)平成16年度2
泉涌寺の仏殿わきには百人一首で有名な「夜をこめて鳥のそらねははかるともよに逢坂の関はゆるさじ」の歌碑がたっているが、この歌の作者は誰か。
(ア)和泉式部  (イ)赤染衛門  (ウ)清少納言  (エ)紫式部
 
【正解】(ウ)
 
(2)平成16年度3
皇室とゆかりが深く、「御寺」と呼ばれ、皇室の香華院(菩提所)として知られている寺院はどこか。
(ア)仁和寺  (イ)泉涌寺  (ウ)東福寺 (エ)東本願寺
 
【正解】(イ)
 
(3)平成17年度2
泉涌寺は、皇室の香華院(菩提所)として知られるが、最初に御陵が造られた天皇は誰か。
(ア)二条天皇  (イ)四条天皇 (ウ)後光厳天皇  (エ)後小松天皇
 
【正解】(イ)
 

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