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近江商人と伊藤忠兵衛記念館
近江商人とは、ウィキペディアによれば、「主に鎌倉時代から江戸時代、明治時代、大正時代、昭和時代にかけて活動した近江国・滋賀県出身の商人。大坂商人、伊勢商人と並ぶ日本三大商人の一つである。」と書かれています。
その特徴は、本拠は近江国に置きつつ、遠隔地への行商により全国各地にその活動領域を広げて活動する広域志向の商人であること、といわれています。
明治以降に企業として発展し、今日の大企業の中にも近江商人の系譜を引くものが多く、現在の大手商社伊藤忠と丸紅の起源といわれ、近江商人の筆頭としてあげられる伊藤忠兵衛もその一人であり、ここ、犬上郡豊郷町に伊藤忠兵衛(1842-1903)が住んでいた屋敷が残り、記念館として一般公開されています。
1 記念館
※場所↓
●外観
旧中山道に面し、板張りの塀と、その向こうに「見越しの松」とよばれる松が見えます。
●内部
初代忠兵衛、二代忠兵衛が生活していた頃の形を残し、その愛用品をはじめ、多くの資料が展示され、「総合商社」への道を拓いたその足跡を紹介しています。
●庭園
●初代忠兵衛の沿革
2 三方良し(さんぽうよし)
近江商人の家訓として「売り手良し、買い手良し、世間良し」の「三方良し」が知られる。
近江商人の行商は、他国で商売をし、やがて開店することが本務であり、旅先の人々の信頼を得ることが何より大切であった。そのための心得として説かれたのが、この「三方良し」で、取引は、当事者だけでなく、世間の為にもなるものでなければならない、と説かれた。
●びわ湖検定出題例
【問】「三方良し」という近江商人の経営理念は、現在で言うCSR(企業の社会的責任)に通じる考えであると注目されているが、この理念を体現化した近江商人の社会貢献事業でないものは次のどれか。
①瀬田唐橋の架け替え工事 ②豊郷小学校校舎の建築工事
③逢坂山の道路工事 ④琵琶湖疏水の建築工事
【正解】④
日野商人の中井正治右衛門は瀬田唐橋の再建費を寄付し、中井源左衛門は逢坂山の東海道上に車石を設置する工費の一部を寄付した。
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