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三条大橋と周辺の見どころ
三条大橋は中京区と東山区の境を流れる鴨川に架かる橋で、河原町三条方面と京阪や地下鉄の駅がある鴨川の東側を結ぶ橋として、多くの人たちに利用されています。
・三条大橋西詰から見た河原町方面
橋の東側のたもとには、待ち合わせのスポットとして関西では「土下座像」として広く知られている江戸時代の勤皇思想家、高山彦九郎の銅像もあります。また、さまざまなショップやレストランなどが入ったKYOUENなどがあり、祇園縄手方面も行くことができます。
三条大橋は昔の欄干を残した京都らしい情緒のある三条大橋ですが、この橋は、かつては東海道五十三次の起点・終点であり、重要な交通上の要衝でした。
今でも、欄干の擬宝珠のうち14個は天正のものといわれ、擬宝珠をよく見ると、刀傷が残っていたり、築造された頃の「天正」という文字が彫られていたり、橋のたもとに高札場跡があったりと、三条大橋周辺は見所が多いところです。
●橋の情景
・三条大橋から北方、御池大橋方面の眺め
※場所↓
●三条大橋の変遷
橋のたもとにある説明板には、
・この橋が本格的な堅固な橋となったのは天正18年(1590)で、豊臣秀吉の命により増田長盛を奉行として大改造を行った。
・擬宝珠は天正と昭和のものが混用されている。
・以後たびたび流失したが、幕府が管理する公儀橋としてすぐ修復された。
・元禄以来、たびたびの改造を経てきたが、昭和25年(1950)の改造によって今の姿に改められた。
・現在の橋の長さは74m、幅15.5m。
と書かれています。
なお、橋の西詰め北側には、高札場とされたところで、現在も天正年間の大改造の際に使用された石の柱が残されています。
●三条大橋からの景観
比叡山や東山、北山の眺めは四季折々の京都らしい風情を醸し出しています。 ≪東山三十六峰≫
京都盆地の東側に位置する南北12kmほどの山地の総称で比叡山から稲荷山までの三十六の峰々を言います。 東山の景色については現在ではビルが建っているため、三条大橋からは一部しか見ることができません。
このおだやかな山並を江戸時代の俳人で芭蕉の門下の服部嵐雪は
「ふとん着て寝たる姿や東山」
と詠んでいます。
●弥次・喜多像と撫で石
橋の西詰めには、十返舎一九の滑稽本「東海道中膝栗毛」の弥次さん喜多さんの像があります。
また、道中安全を祈願するための「撫で石」が置かれています。
●高札場跡
橋の西詰め北側は、高札場とされたところです。
●天正18年、日本初の石橋として架けられた時に、橋脚に使われた石柱
●三条大橋の擬宝珠の刀傷
三条大橋西側から2つ目の南北擬宝珠に刀傷らしい切り傷があります。これは幕末の池田屋騒動の時についたのではないかといわれています。
<関連事項>
●江戸時代の京の名所案内記、地誌 (1)中川喜雲:「京童」 ある法師が少年に案内させて京見物するというもの。 (2)浅井了意:「京雀」
(3)水雲堂孤松子:「京羽二重」
(4)黒川道祐:「雍州府志」
(5)秋里籬島:「都名所図会」、「都林泉名所図会」、「東海道名所図会」
<京都検定出題歴>
(1)平成19年度2級 「都名所図会」に続き、庭園のガイドブック「都林泉名所図会」を著したのは( )である。 (ア)秋里籬島 (イ)浅井了意 (ウ)水雲堂孤松子 (エ)黒川道祐 【正解】(ア)
(2)平成17年度2級
三条大橋の東側にあり、御所に向かって拝礼する像の人物は( )である。 (ア)高山彦九郎 (イ)桂小五郎 (ウ)近藤勇 (エ)十辺舎一九 【正解】(ア)
●お知らせ
今日も、ブログ「京都検定合格を目指す京都案内2」を更新していますので、ぜひこちらのほうへもお立ち寄りください。
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2012年03月14日
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