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あけましておめでとうございます。
 
今年も、自宅近くにある醍醐寺の除夜の鐘をつきに行ってきました。
 
金堂の中はLED電球をつけているためか、薬師如来はじめ仏像の表情も良く見ることが出来、今年一年の無病息災を祈願し、鐘をついてきました。
 
醍醐寺の鐘をつくために、1か月近く前に三宝院で順番の予約をしてきたので、寒い中、あまり並ばずに済むことが出来ました。
 
≪金堂≫
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≪金堂と五重塔の間にある鐘楼で除夜の鐘≫
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今年一年が良い年でありますように!
京都・時代祭のようす(藤原時代、延暦時代)
 
 
葵祭・祇園祭とともに「京都三大祭」の一つとされる時代祭は、平安神宮の例祭で、今年で107回目を迎えました。
 
今回はこれまで3回にわたってご紹介した時代祭の行列に続く最終回ということで、藤原時代の「平安時代婦人列」と「神幸列」を中心とした延暦時代の行列をご紹介します。
 
見所は「平安時代婦人列」と「神幸列」です。
 
 
行列について
 
 時代祭の行列は8つの時代、20の列でそれぞれに時代を再現した衣装や道具を身につけた人々で行われます。その順序は、
 
・明治維新時代
   
・江戸時代
   
・安土・桃山時代
   
・室町時代
  
・吉野時代
   
・鎌倉時代
   
・藤原時代
   
・延暦時代
 
 
 行列が進むコースは、12時に京都御所建礼門前から出発し、堺町御門⇒烏丸丸太町⇒烏丸御池⇒河原町御池⇒河原町三条⇒三条神宮道を北に進み平安神宮へと向かいます。
 
参加者数は約2000人、行列の長さは2km、約3時間の行程です。
 
 
 平安神宮の公式HPには、「この祭りの真の意義は、この壮大な行列が神幸列にお供する祭列であるということです。つまり平安神宮のご祭神、桓武天皇と孝明天皇のご神霊に京都の市中を巡行していただき、市民の暮らしぶりを親しくご覧いただくことと、京都全市民が心を一つにゆくさきの平安を祈る祭礼、それが時代祭なのです。各行列はこのご神幸のお供をして行進するわけです。」と書かれています。
 
 
時代祭のようす(4)
 
≪藤原時代≫
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<平安時代婦人列>
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●巴御前
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木曾義仲の寵愛をうけ、義仲が没した後は尼になりました。『源平盛衰記』により巴の武装を現したもので、天冠をかぶり鎧を着け、太刀を帯に着けて長刀を持っています。
 
 
●横 笛
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建礼門院の雑司で、滝口時頼と恋におち、時頼が出家した後、嵯峨に彼を尋ねて行った時の姿を模したものです。
 
 
●常磐御前
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源義朝の夫人で、義朝亡くなった後、三児(牛若・乙若・今若)を連れて六波羅へ母子の赦免を願い出に向かう時の姿を模したものです。
 
 
●紫式部と清少納言
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紫式部は『源氏物語』の著者。清少納言は『枕草子』の著者。前者は女官の略装で、後者は正装女御装束です。
 
 
●紀貫之の女
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紀貫之は延喜時代の名歌人。村上天皇の時代、清涼殿の梅が枯れ、その代りに西京から移された梅が、偶然にも枝につけてあった女の歌から貫之の庭の梅と分ったという古事によるもので、当時の袿単小袖、濃紅の切袴を着け、手に梅の小枝を持っています。
 
 
●小野小町
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平安時代前期の女流歌人で、六歌仙・三十六歌仙の一人。出羽国の郡司小野良貞の娘で、才色兼備の女性といわれました。

 
●和気広虫
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和気清麿呂公の姉で法均尼といい、慈悲心が深く多くの孤児を養育したことから、孤児院の起源ともいわれています。

 
 
●百済王明信
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百済の氏族です。
 
 
 
≪延暦時代≫
 
<延暦武官行進列>
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<延暦文官参朝列>
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 延暦時代の公卿諸臣が朝廷に参上する状況を模したもの。
 
 
 
<神饌講社列>
 
 
<前列>
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<神幸列>
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・孝明天皇のご鳳輦
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・桓武天皇のご鳳輦
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 先のご鳳輦が西本殿の孝明天皇、後のご鳳輦が東本殿の桓武天皇で、宮司以下神職が前後につき従ってご神幸されます。
 
 ご祭神が京都の市外をご巡幸になって、市民の安らかな状況を親しくご覧になるのが時代祭なのです。各行列はこのご神幸のお供をして行進するわけで、全行列の中心としての意義を持つ列です。 
             (解説文は、平安神宮の公式HPより引用)
 
 
 
時代祭の起源について
 
明治28年(1895)に平安神宮が創建されたのち、神宮の管理と保存のための市民組織として平安講社が作られ、その記念事業として「祭り」が始められた。祭りを盛大にするため、東京奠都以前の京都の風俗を遡る時代行列が提案され、「時代祭り」と呼ばれるようになった。
 
初回は、創建されたばかりの平安神宮への参拝として明治281025日に行われ、その次の回からは、「祭神である桓武天皇と孝明天皇の二柱の御霊が、住まいであった御所から街の繁栄を見ながら行列のお供を従へて神宮へ行く」形となった。
 
 開催日も桓武天皇が長岡京から都を移し新しい都に入ったとされる日、すなわち京都の誕生日とも言える1022日となった。
 
 なお、祭り自体は1015日の参役宣状祭(行列の役柄任命)から、23日の後日祭までの期間行われる。
京都・時代祭のようす(吉野時代、鎌倉時代)
 
 
葵祭・祇園祭とともに「京都三大祭」の一つとされる時代祭は、平安神宮の例祭で、今年で107回目を迎えました。
 
例年、長岡京から平安京に遷都したとされる1022日に行われてきましたが、今年は10年ぶりの雨天順延となり、23日の日曜日に行われました。
 
京都新聞によると、京都御所や平安神宮前、沿道には、約5万人の見物客が訪れ時代絵巻を堪能していました。
 
 今回は前回に引き続いて、吉野時代と鎌倉時代の行列のようすをご紹介します。
 
「中世婦人列」が見所の一つです。
 
 
行列について
 
 時代祭の行列は8つの時代、20の列でそれぞれに時代を再現した衣装や道具を身につけた人々で行われます。その順序は、
 
・明治維新時代
    
・江戸時代
   ↓
・安土・桃山時代
   ↓
・室町時代
   ↓
・吉野時代
   ↓
・鎌倉時代
   ↓
・藤原時代
   ↓
・延暦時代
 
中心は御賢木(おんさかき)を先頭に、ご鳳輦(ごほうれん ご祭神の乗る御輿)を中心とした神幸の本列で、先のご鳳輦が西本殿の孝明天皇、後のご鳳輦が東本殿の桓武天皇で、宮司以下神職が前後につき従ってご神幸される。)
 
各行列はこのご神幸のお供をして行進するという形をとっています。
 
参加者数は約2000人、行列の長さは2km、約3時間の行程です。
 
 
 平安神宮の公式HPには、「この祭りの真の意義は、この壮大な行列が神幸列にお供する祭列であるということです。つまり平安神宮のご祭神、桓武天皇と孝明天皇のご神霊に京都の市中を巡行していただき、市民の暮らしぶりを親しくご覧いただくことと、京都全市民が心を一つにゆくさきの平安を祈る祭礼、それが時代祭なのです。各行列はこのご神幸のお供をして行進するわけです。」と書かれています。
 
近くで見ていた若者たちが「ガチ、コスプレ行列だ」と叫んでいましたが、素直に、「平安神宮の祭神である桓武天皇と孝明天皇の二柱の御霊が、住まいであった御所から街の繁栄を見ながら行列のお供を従へて神宮へ行くという祭り」なのだと見たいものです。
 
行列が進むコースは、12時に京都御所建礼門前から出発し、堺町御門⇒烏丸丸太町⇒烏丸御池⇒河原町御池⇒河原町三条⇒三条神宮道を北に進み平安神宮へと向かいます。
 
 
時代祭のようす(3)
 
≪吉野時代≫
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<楠公上洛列>
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・楠 正成
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<中世婦人列>
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●大原女(おはらめ)
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 洛北大原の婦人は古来、薪・炭等を頭にのせ、京の町へ売りに出る風習がありました。これは室町末期の大原女姿で、『七十一番歌合』その他の史料を考証した服装だとされています。
 
 
●桂 女(かつらめ)
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 洛西桂には古来桂包(かつらづつみ)といい、婦人の髪を包む風習がありました。この姿で街へ鮎や飴を売りに出たり、旧家には巫女として婚礼や出産に呪文をとなえに行きました。これを桂女と称したそうです。
 
 
●淀君
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 太閤秀吉の側室で浅井長政の娘。豊公の寵愛をあつめ、秀頼公の生母でもあります。
 本列は桃山時代を代表する豪華な打掛に間衣、下着、小袖に刺繍の帯をしめ、扇を持った外出姿です。
 
 
●藤原為家の室(阿仏尼)
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 有名な『十六夜日記』の著者で、子息為相(ためすけ)の領地争いのために鎌倉幕府に訴えて東下りした時の旅姿です。
 
 
●静 御前
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 源 義経に愛された妾で白拍子(平安から鎌倉期にかけて流行した歌舞を舞う遊女)、後に義経が謀反人として兄の頼朝に追われ奥州に落ちた後、捕えられて鎌倉に送られた。
 本列では白拍子時代の姿で、童女一人が従い、絹傘を差しかけています。
 
 
 
≪鎌倉時代≫
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<城南流鏑馬列>
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流鏑馬は平安朝以来行われた騎射の技で、馬場に3箇所の的を立て、射手が馬を馳せつつ矢つぎばやにこれを射るものです。
 承久3年(1221)5月、後鳥羽上皇は朝廷の威信回復をはかられ、流鏑馬に託して城南離宮に近畿10余国の武士1700余人を召し集められ、華美を競い武具を飾って盛大に行われたと伝えられています。
                   (説明文は平安神宮公式HP参照)
 
 
 
時代祭の起源について
 
明治28年(1895年)に平安神宮が創建されたのち、神宮の管理と保存のための市民組織として平安講社が作られ、その記念事業として「祭り」が始められた。祭りを盛大にするため、東京奠都以前の京都の風俗を遡る時代行列が提案され、「時代祭り」と呼ばれるようになった。
 
初回は、創建されたばかりの平安神宮への参拝として明治281025日に行われ、その次の回からは、「祭神である桓武天皇と孝明天皇の二柱の御霊が、住まいであった御所から街の繁栄を見ながら行列のお供を従へて神宮へ行く」形となった。
開催日も桓武天皇が長岡京から都を移し新しい都に入ったとされる日、すなわち京都の誕生日とも言える1022日となった。なお、祭り自体は1015日の参役宣状祭(行列の役柄任命)から、23日の後日祭までの期間行われる。
 
 
次回は、藤原時代の行列のようすです。
京都・時代祭のようす(安土桃山時代、室町時代)
 
 
時代祭は平安神宮の例祭で、葵祭・祇園祭とともに「京都三大祭」の一つとされています。
 
今年で107回目を迎えた時代祭は10年ぶりの雨天順延となり、昨日、23日に行われました。本来、長岡京から平安京に遷都したとされる1022日に行われてきましたが、今年の順延は10年ぶりとのことです。
 
京都新聞によると、京都御所や平安神宮前、沿道には、約5万人の見物客が訪れたそうです。
 
 今回は京都御所の建礼門近くで祭りのようすを見て、写真を撮影してきましたが、団体客を始め大勢の観光客が訪れ、時代絵巻を堪能していました。
 
 今回は前回に引き続いて、安土・桃山時代と室町時代、吉野時代の行列の様子です。
 
 
行列について
 
 時代祭の行列は8つの時代、20の列でそれぞれに時代を再現した衣装や道具を身につけた人々で行われます。その順序は、
 
・明治維新時代
 
・江戸時代
 
・安土・桃山時代
 
・室町時代
 
・吉野時代
 
・鎌倉時代
 
・藤原時代
 
・延暦時代
 
と時代をさかのぼって続き、参加者数は約2000人、行列の長さは2km、約3時間の行程となります。
 
行列は、「平安神宮の祭神である桓武天皇と孝明天皇の二柱の御霊が、住まいであった御所から街の繁栄を見ながら行列のお供を従へて神宮へ行く」という形をとっています。
 
そのコースは、12時に京都御所建礼門前から出発し、堺町御門⇒烏丸丸太町⇒烏丸御池⇒河原町御池⇒河原町三条⇒三条神宮道を北に進み平安神宮へと向かいます。
 
 
時代祭のようす(2)
 
≪安土桃山時代≫
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<豊公参朝列>
豊公の参朝のうちで、慶長元年5月の豊臣秀頼の初参台や翌年の元服の時の様子を表したもの。
 
お供をする大名は、その日だけに許された華麗な衣冠装束に武家風の太刀を付けている。
 
・馬が前に進もうとしない
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騎馬の大名は、前田玄以、石田三成、浅野長政、増田長盛、長束正家の五奉行を想定している。
 
 
●牛車
ビロウの葉で屋根を葺いた檳榔毛唐庇車(びんろうげひさしくるま)牛車。
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<織田公上洛列>
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応仁の乱より衰微した京都の復興ため、上洛する織田信長を表したもの。
 
・立入宗継、羽柴秀吉、丹羽長秀、滝川一益、柴田勝家が続く。
 
 
 
 
≪室町時代≫
平成19年より「室町幕府執政列」と「室町洛中風俗列」が室町時代列として新たに行列に加わった。
 
<室町幕府執政列>
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・足利将軍
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・管領 細川氏
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・侍所所司 山名氏
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当時の武士の軽武装姿と、特徴的な風俗を表現。
 
 
 
<室町洛中風俗列>
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風流傘を中心に笛や鉦、音頭取り、子役による太鼓打ち等の「中踊り」と、小袖姿で竹製のささらを持って踊る「側(がわ)踊り」で構成される。
 
藤森神社の藤森太鼓保存会、深草郷神輿会、女神輿会の中から、有志が「深草室町風俗列保存会」を結成し、室町中〜後期に男性が女装して踊り、庶民の間に流行したという「風流踊り」を再現。
 
この風流踊りは全国各地に伝わって様々な芸能を生み、江戸時代以降の盆踊りの原型にもなった。
 
 今年の行列では、今年新調された黒色のビロード地に金糸の刺繍をあしらったマント姿の“南蛮人”が室町時代の町衆が楽しんだとされる「風流(ふりゅう)踊り」を再現した「室町洛中風俗列」に登場した。
 
 
 
京都・時代祭のようす(明治維新時代、江戸時代)
 
 
時代祭は平安神宮の例祭で、葵祭・祇園祭とともに京都三大祭の一つとされています。
 
・時代祭
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時代祭は、長岡京から平安京に遷都したとされる1022日に行われてきましたが、昨日1022(土曜日)が雨だったため、今日、23日に行われました。
 
 京都御所の建礼門近くで祭りのようすを見て、写真を撮影してきましたが、団体客を始め大勢の観光客が訪れていました。
 
 
 
●行列について
 
 時代祭の行列は8つの時代、20の列でそれぞれに時代を再現した衣装や道具を身につけた人々で行われます。その順序は、
 
・明治維新時代
 
・江戸時代
 
・安土・桃山時代
 
・室町時代・吉野時代
 
・鎌倉時代
 
・藤原時代
 
・延暦時代
 
と時代をさかのぼって続き、参加者数は約2000人、行列の長さは2km、約3時間の行程となります。
 
行列は、「平安神宮の祭神である桓武天皇と孝明天皇の二柱の御霊が、住まいであった御所から街の繁栄を見ながら行列のお供を従へて神宮へ行く」という形をとっています。
 
そのコースは、12時に京都御所建礼門前から出発し、堺町御門烏丸丸太町烏丸御池河原町御池河原町三条三条神宮道を北に進み平安神宮へと向かいます。
 
 
●時代祭のようす(1)
 
≪明治維新時代≫
 
<維新勤王隊列>
明治維新・維新勤王隊列の鼓笛隊は官軍の山国隊で、明治28年の第1回から大正時代までは生存していた旧山国隊の隊士とその子弟が行列に参加していたが、大正10年からは、新たに維新勤王隊が新設された。
 
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<維新志士列>
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・中岡慎太郎
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<七卿落ち>イメージ 31
 
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・近衛忠煕
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≪江戸時代≫
 
<徳川城使上洛列>
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徳川城使上洛列は、大礼や年始などの際に親藩または譜代の諸侯が城使として上洛したものを再現したもの。行列の先頭には、槍持、傘持、挟箱などの奴振りがみられ、いわゆる大名行列の形をとっている。
 
 
<江戸時代婦人列>
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・和宮 
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・太田垣蓮月 
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池大雅の妻 玉蘭
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・吉野太夫
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・出雲阿国
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※次回は、安土桃山時代から・・・・・・
 
 
 
●時代祭の起源について
 
明治28年(1895年)に平安神宮が創建されたのち、神宮の管理と保存のための市民組織として平安講社が作られ、その記念事業として「祭り」が始められた。祭りを盛大にするため、東京奠都以前の京都の風俗を遡る時代行列が提案され、「時代祭り」と呼ばれるようになった。
 
初回は、創建されたばかりの平安神宮への参拝として明治281025日に行われ、その次の回からは、「祭神である桓武天皇と孝明天皇の二柱の御霊が、住まいであった御所から街の繁栄を見ながら行列のお供を従へて神宮へ行く」形となった。
開催日も桓武天皇が長岡京から都を移し新しい都に入ったとされる日、すなわち京都の誕生日とも言える1022日となった。なお、祭り自体は1015日の参役宣状祭(行列の役柄任命)から、23日の後日祭までの期間行われる。
 

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